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視線 ~14~

Category*『視線』
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「ねぇ、花沢類。あの子だけど…」
「ん?」
「あたし達がカフェに入る前から、あの辺りにいなかった?」

ベンチはカフェから数十mほど離れた位置にあった。日差しを遮るものはない。
次の目的地に向かうため、先程歩いてきた道を戻る際、あたしはその子に気付いた。

つばの広い帽子をかぶった小さな女の子だった。
疲れているのか、ベンチに深く背を預けていて、その表情は見えない。
カフェに入る前に見たのは、この辺りをウロウロと歩き回っている姿。
それが同じ子だったら、優に40分はここにいたことになる。



「…覚えてない」
「あの、あたし、ちょっとあの子の様子見てきていいかな。迷子かも…」

あたしはベンチに駆け寄り、目線の高さまでしゃがんで、そっと声を掛けた。

「一人でどうしたの? お母さんは?」

女の子がぱっと顔を上げる。
その顔はまだあどけなく、小学校に上がっている年齢には見えなかった。
帽子の下でもはっきり分かるほど、その顔が赤い。
そして、ふっくらとした頬を濡らしている涙…。

「……ママ……」
「ママはどこ?」
「いない…ママ…」

べそべそと女の子が泣き出す。
あぁ…やっぱり迷子だぁ…。

「一緒に探してあげる。ここは暑いからあっちで話そう?」

とりあえず日陰に誘導して話を聞こうと思い、優しく手を引くと、女の子はそのままあたしの腰に飛びついてきた。そして、わんわん泣かれる。
あたしは汗ばんだ小さな背を撫でてやった。

かわいそうに。
一人きりで、よっぽど心細かったんだね。



「牧野、連れておいで」

後ろから花沢類の声がした。
あたしは女の子を抱き上げると、建物の木陰に運んだ。

花沢類が買ってきてくれたスポーツドリンクを、女の子は喉を鳴らして飲んだ。
その間、科学館のパンフレットをうちわ代わりにして扇いであげる。
顔の赤みがゆっくりと引いていき、少し元気を取り戻した様子だった。

女の子は、なかじま ゆかちゃん。
幼稚園の年中さんだけど、まだ4歳。
お母さんと他の兄弟と遊びに来ていて、いつの間にかはぐれてしまったらしい。

周囲をウロウロしたようで、ゆかちゃんの歩いてきた方向ははっきりしなかった。
遊んでいた施設名も分からなかったため、この子をどこに連れて行けばいいのか、あたし達は悩むことになった。



「派出所に連れて行こう。いろいろなネットワークを持ってるだろうから」

花沢類の提案に従い、ゆかちゃんの手を引いて派出所に行くけれど、残念ながらまだ迷子の届けは出ていなかった。

「ご苦労様でした。ゆかちゃんのことは私達にお任せください」

警察官のおじさん達に礼を言われて促され、派出所を出ていこうとすると、駆け寄ってきたゆかちゃんにスカートを引かれて泣かれた。
どうやら人見知りがあるらしい…。


「ママが来るまで一緒にいるからね」
「うん…」

シクシクと泣き続けるゆかちゃんを座って抱っこして、優しく励ます。
両手でぎゅうっとしがみつかれると、胸の奥の方で疼くものがあった。
お母さんはさぞかし心配されているだろうなぁ…。

ここでどれほど待つことになるか分からず、あたしは花沢類に言った。
「約束があるでしょう。先に帰っていいよ」と。
だけど彼は首を振り、あたし達の傍にいてくれた。


歌を唄ったり、くすぐりごっこをしたりしながら、派出所で待つこと1時間と少し。
ゆかちゃんがようやく笑顔になってきた頃、血相を変えたゆかちゃんのママが、警察の連絡を受けて迎えに来てくれた。
ゆかちゃんのママにも泣かれて、たくさんお礼を言われた。




ゆかちゃん達と別れるよりも前に、デートの時間はタイムアップを迎えていた。
今日は夕方から用事があると予め聞いていたのに。
それでも迷子騒動で、花沢類は約束の時間に遅れることになってしまった。
迎えのリムジンの中で平謝りすると、彼は何でもないことのように応じる。

「遅刻させて、ごめんなさい」
「牧野は悪くない。残ったのは俺の意志だから」
「置いて帰ってくれてよかったのに…」

車がなくても、交通網が発達している場所だ。
『帰りは何とでもなるから、もう行って』
あたしは何度もそう言ったけど、花沢類は結局最後まで付き合ってくれた。


「彼女を置いて帰る彼氏なんて、嫌だろ?」
「そんな風には思わないよ。大事なことを優先してほしいから…」
「なら、間違ってない」

彼は笑う。力強く。

「牧野の方が、大事」

その一言は、今日感じてきたモヤモヤを帳消しにするくらいの威力があった。
それで思わず言っていた。

「あたしも、花沢類が大事だよ…」

言ってしまってから、顔が熱くなるのを感じた。

「一緒だね」
「うん…」



繋いだこの手から、あたしの想いのすべてが伝わればいいのに。
あたしが、どれくらい花沢類のことを好きなのか。

好きだよ。
本当にね、大好きなんだよ。






いつも拍手をありがとうございます。ちょっとずつ前進している二人です。
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