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Category第1章 紡いでいくもの
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考えても、考えても、東夫人との最初の出会いをあたしは思い出せなかった。
―いつだろう? どこで出会ったんだろう?
約束の日が近づくにつれて、あたしはズルをしたくないと思いつつも、ヒントが欲しくて美作さんに連絡を取った。ラウンジにいるから来いと指示され、いつものようにカフェテリアの中にある彼ら専用のラウンジに出向くと、偶然三人ともが揃ってあたしを待っていた。
「よぉ」
あたしに気付いた美作さんが右手を挙げる。
あたしは両手を合わせて、謝罪の意を示した。

「ごめんね、美作さん。…ホンっと失礼な話なんだけど、東夫人のこと、あたし思い出せないの…」
「そりゃ、そうだろ。牧野はその時それどころじゃなかったからさ」
返ってきた返事に、あたしはギョッとする。
「…って、え? 美作さんは知ってるの?」
「知ってるも何も。俺達も司もその場にいたんだよ」
あたしはますます混乱して、ソファに座って頭を抱え込む。
「ヒ、ヒントを…」
「情けない奴だなぁ。いまのも十分ヒントだろ」
呆れたような西門さんの声がして、あたしはますます居たたまれなくなる。

―あたしの方は大変な状況で?
―直接は会っていなくて?
―F4も近くにいて?

キーワードを寄せ集めれば、何か見えてくるものがあった。
そもそもF4とあたしが一緒にいることなんて、学校じゃなかったらなんかの集まりでしかないよね…。
どんな状況だろ? 一緒に遊んだことなんて、ほとんどないし…。
「…あ…」
―まさか。

「思い出したか」
「…まさかと思うけど、TOJの会場に東夫人がいた…とかいう?」
「ご明察!」
美作さんがパチンと指を鳴らした。
―あぁっ、なんてことなのっ。

略称TOJは、正式名称をティーン オブ ジャパンという。英徳高校と永林高校の女生徒、各学年一名ずつが代表として出場するミスコンテストのことだ。
あたしに箔をつけさせたいという道明寺の勝手な思惑で、出場するには不適格なあたしを推薦し、無理やりコンテストに参加させたのは、あたしが高校2年生の時のことだ。
歴代のクイーンは、道明寺の姉である椿さんや、あの静さん…。もう話を聞くだけで、チンチクリンなあたしなんてお呼びじゃないって思えたのに。
実際に贔屓だ、ズルだという非難も浴びた。そりゃ当然の声というものだろう。

紆余曲折があって、あたしは準優勝をし、特別賞を受賞した。
抹消してしまいたい記憶の中に、東夫人との出会いが隠されていたなんて…っ。
夫人は観客席からそれを見ていたのだろう。
もしかして審査員の中にいた? いやいや、まさかね…。
あたしは恥ずかしさにひたすら悶え苦しんだ。

「…牧野、具合悪い? もの凄く面白い顔色してる」
のんびりと花沢類の声がして、あたしは恨めしそうに彼を見た。
「だって、…東さんがあたしの黒歴史を知ってると思ったら、恥ずかしくて死にそうなんだもん…」
「ぷっ。黒歴史なんだ」
花沢類が吹き出す。
―あんな晒し者、黒歴史以外の何物でもないでしょうがっ!
「まぁな。特別賞はまぐれもいいとこ…」
「そんなこと、あたしがよく分かってるわよっ」
西門さんに向けて勢いよく拳を振り下ろすと、彼は笑って見切りそれを避けた。
…ま、本当に殴る気なんてなかったけど。


「ヒントをありがとう。美作さん。…これでちゃんと心構えをして夫人のアトリエに行けます」
次の講義の時間が迫っていたあたしは、気を取り直して立ち上がろうとした。当日事実を知って赤面するよりは、いま知っておく方が何倍も良かった。
「…いつ行くの?」
花沢類が問うので、あたしは上げかけた腰をもう一度ソファに落とした。
「今週の土曜日の午後だよ」
「俺も行ってみたい。アトリエ」
何に興味を持ったのか、彼が唐突にそう言い出したので、あたしは思わず美作さんに目線を送っていた。東夫人の了承もなしに、勝手にあたしが返事をしてもいいものか迷ったのだ。

「俺がばあさんに聞いておいてやるよ。でも類なら大丈夫だと思うぞ」
「ありがと、美作さん。…直接電話するのはまだ勇気がいって」
質問せずとも察してくれる美作さんの気遣いに感謝する。あたしは礼を言い、足早にラウンジをあとにした。
その後、東夫人から了承がもらえて、花沢類と一緒にアトリエに出向いたのは爽やかな秋晴れの昼下がりのことだった。



東夫人は、あたしと花沢類の訪問を歓待してくれた。夫人との出会いについては、TOJの会場で、ということで間違いなかった。少しだけ美作さんにヒントをもらったと正直に話したあたしに、夫人は朗らかに笑んだ。
「あのときの審査員の中に懇意にしている方がいてね。招待されて審査員席の後ろに座っていたの。表彰式が終わって、あなたは審査員の方々に丁寧にご挨拶なさっていたけれど、その近くにわたくしもいたのよ」
夫人はもう一つ明かしてくれる。
「最初の審査で、出場者に選んでもらった服の数点は当社の商品だったの。覚えているかしら? あなたが袖を通したのも実はそうだったのよ?」
あたしは、夫人の種明かしにただただ頷くだけだった。

あの時の緊張はいまでも忘れることができない。それと同時に、あたしは審査の直前に服を誤って破いてしまったことも思い出していた。
「あのときはすみません。…素敵なデザインだったのに、控室でひっかけて破いてしまったんです…」
「そうらしいわね。あとで、あきらさんから事情を聞いて納得したの。気にしないでね…。あとの審査も見ていて思ったのよ。あなたには臨機応変に場に順応する力があるんだと」
あたしはひたすらに恐縮する他なかった。


それから、アトリエの中をゆっくり見学させてもらった。ひと言で言えば、あたしは今までにないほどの鮮烈な感動を、彼女の作品群から受けた。幼い頃に憧れた世界のすべてがそこに集約されていたのだ。
東夫人は過去の作品をあたしに見せ、触れさせ、そのときのコンセプトを丁寧に説明してくれる。数々のファッションショー、コンテスト…、そして、受賞の記録。
あたしは花沢類の存在も忘れて、彼女の話を聞くことに没頭した。それほどまで気分が高揚することは、生まれて初めての経験だった。



「喜んでいただけてよかったわ」
「本当に勉強になりました。ありがとうございました!」
あたしは感極まって、少しだけ目を潤ませてしまう。あたしは、東夫人の仕事に、彼女の作品にすっかり魅せられていた。
自分の好きなことに心血を注げられることへの羨望も感じた。そこにはきっと生みの苦しみがあることも分かっていたけれど、それ以上に生みの喜びも大きいに違いないと思ったのだ。

「牧野さんさえもしよかったら、時間のあるときにこれからもアトリエにいらっしゃらない?」
「…えっ?」
「あなたが学業やお稽古事でお忙しいことは分かっています。…それでもデザインにこれだけ興味があるのなら、新しい知識を取りこむこともきっとあなたの刺激になると思うの」
あたしは咄嗟には答えられなかった。困惑して思わず花沢類を振り返ると、彼は真剣な目であたしに頷いた。
「…俺はいいと思うよ。そんなに楽しそうな牧野、初めて見たし」
陽だまりのような温かい笑顔で、花沢類はあたしに言う。
「本当に興味があることを学ぶのは、逆に息抜きにもなるんじゃない? だってあんた、稽古事は必要に迫られて頑張ってるだけで、好きなことじゃないだろ?」

―せっかくF3に時間を割いてもらっているのに。
彼にそう思わせてしまっていたことに、あたしは申し訳なさを感じた。
「ごめんなさい…」
「ん? 何を謝るの?」
花沢類の透明なビー玉のような瞳が小さく見開かれる。
「…あれだけ協力してもらっていながら、それを好きなことだと言えないことが申し訳なくて…」
「あぁ。そんなの気にしなくていいのに。…俺も教養の時間は嫌いだったし。それに俺らが好き好んでやってることを、あんたが気に病むことはないよ」
東夫人がそんなあたし達の会話を穏やかに見守っていた。



それから、あたしは月に1~2回のペースでアトリエに顔を出した。そのための時間を捻出するのには骨が折れたが、それでもあたしはいつでもわくわくしながらそこに通った。
実質的には東夫人は後進に道を譲り、仕事の一線を退いている。時折必要に迫られて新作を発表したり、何人かのお弟子さんを指導するくらいで、悠々自適な隠居生活なのだと彼女は笑った。それでも一生この仕事に携わっていきたいと凛とした声で告げる彼女が、あたしにはものすごく眩しく映った。


あたしは、その頃から、東夫人のことは八千代先生と呼ぶようになった。著名なデザイナーであるにも関わらず、八千代先生は基礎の基礎から、懇切丁寧に、時に厳しく、あたしに指導してくださった。


…そして翌年の夏、道明寺と別れることになったとき、先生はあたしに仰った。
本気でこちらの世界に足を踏み入れてみないか、と。




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