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Intermission ~4~

Category*『視線』
 4
牧野と過ごす時間は、いつも穏やかに流れていく。

特別なことが起きるわけじゃない。
だけど、つまらないと打ち捨てていた日常は遠くなり、彼女と会うための明日が巡って来るのが待ち遠しい。そんなふうに思えるようになった自分の変化に驚く。

彼女ができたくらいでこの浮かれ様、と人は思うのかもしれない。
これが他人の話ならきっと俺も同じことを思い、一笑に付しただろう。



晴れの日のランチタイム。
非常階段にて。

弁当箱を挟んだ向かい側にあった牧野の定位置は、俺の左隣に固定された。
最初は照れまくっていた彼女も徐々に慣れ、この距離感が当たり前になっていった。


牧野はよく笑い、よく喋る。
会えない時間をどう過ごしたのか。
俺の報告はものの1分で済んでしまうのに、彼女の報告はいつも長かった。

千石屋に来るユニークな客の話。
バイトの成功談と失敗談。
優紀という幼馴染みの話。
ファニーな家族達の話。

牧野というフィルターを通して知る世界には、たくさんの色と音、そして温もりがある。何気ない日々の一コマに笑いのスパイスが加わって、こちらも楽しい気持ちになれる。
俺が同じことを経験したとして、そんなふうに人に話せるとは思えない。
要は、受け止め方の違いなんだと分かる。




雨の日のランチタイム。
音楽室にて。

彼女が疲れているように見える時は、リクエストに応えて演奏をしてやる。
調律の不十分な楽器では、充分な音色は出せない。
それでも、牧野はいつも俺の演奏を喜んでくれた。

繊細でノスタルジックな調べを彼女は好む。
クラシックには詳しくないという彼女も、一度弾いてみれば、『あ、これ知ってる』と聞き覚えがあることを喜び、子供のように笑った。


彼女が好きなピアノ曲は、ドビュッシーの『アラベスク第1番』。
バイオリンだと、ベートーヴェンの『ロマンス第2番 ヘ長調 作品50』

今度はクラシックコンサートに行くかと誘うと、ふるふると首を振られる。
たぶん心地よくて眠ってしまうから無理、と。




次は、どこに行く? 何がしたい?

そもそも、俺はそうしたことを考えたり、提案したりする人間じゃなかったのに。
楽し気にキラキラと輝く瞳が見たくて、“インドア派”を返上する。

ある日、そう持ち掛けた俺に申し訳なさそうな顔をした彼女。
どうやら、デートのための資金繰りに困っているらしい。

本気で割り勘を続けるつもりであるらしい彼女の、ささやかな矜持を守ってやるため、ホームシアターでの映画鑑賞を提案する。
パァッと顔を輝かせた後で、手土産は何人分くらい…と言い出すから、それでお金を使うなら本末転倒だろうと彼女を諭した。


自宅に彼女を招きたい。
そう告げた時の使用人達の反応たるや、なかなかの見ものだった。
松川をはじめ、使用人は古参ばかりで、俺の難儀な性格を知り尽くしている。牧野のことは馬場から聞いているようで、皆会うのを楽しみにしている様子だった。

緊張の面持ちでやってきた牧野を、使用人達はこぞって出迎えた。
彼女を上から下までくまなくチェックした後で、満面の笑みを浮かべる。
…その視線、無遠慮にも程があるから。



牧野は、映画リストの中から、俺も観たいと思っていたミステリーをチョイスした。新調した二人掛けのソファに、ゆったりというよりはぴったりくっついて座り、映画鑑賞を始める。
珈琲も軽食も美味しいね、カフェみたい、と無邪気に喜んでいる姿が可愛かった。

映画のクライマックスを前に、犯人に繋がる手掛かりを俺は掴んだ。
犯人が分かった、と言えば、にわかに牧野が慌て始める。
困った顔が見たいという悪戯心が芽生えて、ヒントを口にする振りをすると、制止する声と共に彼女の手が俺の口を塞いだ。

………!

急速に縮まってしまった距離に驚いたのは俺だけじゃなかった。
牧野は牧野で、咄嗟に取ってしまった自分の行動に驚き、激しく狼狽えていた。



「あのっ…ごめん…ね…」

映画を観るために暗くした室内で、ホワイトスクリーンから反ってくる白々とした光が、彼女の表情に陰影をつける。自分を見上げる漆黒の瞳と目が合うと、これまでに感じたことがないほど、大きく心が揺れた。



…触れたい。



直情に従って、体は動いた。
離れていく手を取って再び距離を縮め、そのまま唇を重ねる。
身を強張らせていた彼女から、ゆるゆると力が抜けていく。やがて俺に応えてくれるようになると、そのたどたどしさに煽られ、夢中になってキスをしていた。

直情的ではあったが、衝動的とは少し違う。
俺の中には、いつからか、こうしたい思う気持ちがあった。



かつて牧野に投げつけた言葉がある。
正直忘れてしまいたかったが、頭の片隅に張り付いて残っていた。
おそらく彼女も覚えているだろう。

たかが処女喪失だろ、と。
あんたが誰とキスしようと、俺に関係ない、と。

その時は本当にそう思っていて、だからこそ心のままにそう言えた。
無神経だったと改めて思う。



でも、今は違う。



「たかが」も、「誰と」も、あり得ない。
牧野に触れていいのは俺だけだ。
素直な喜びも、激しい怒りも、ふいに覗かせる哀しみも、心からの楽しさも。
彼女が見せるたくさんの感情を、共有していいのは俺だけだ。



二人だけの時間は、スマートフォンの呼び出し音によって寸断された。
会社の重役からの電話だった。

用件の内容など聞くまでもない。
社員でもない俺に重役が頼むことがあるとしたら、例のことしかあり得ない。

メーンバンクとの取引が、そのトップのご機嫌取りが大事なのは、若輩者の俺でも分かる。社長の息子である以上、会社に貢献しなければという思いもある。
だが、それを盾にすれば、いつまでも俺が言いなりになると思ったら大間違いだ。


看過できない問題だという認識が強まる。
俺は、急遽、渡仏を決意した。
長らくまともに話したこともない両親に、俺の意思を表明するために。




フランスの別邸に到着して寛いでいると、あきらから連絡が入る。
「浮気はいただけないぞ」という訳の分からないセリフに、嫌な予感が走った。
送られてきた画像に、小さく舌打ちをする。

どこで取られた写真かは背景から分かる。
二人きりのように見える。
腕を組んでいるように見える。


だが、この写真はフェイクだ。


あの時、俺達のすぐ後ろには、花沢家の護衛を張り付かせていた。
牧野以外の女と、決して二人きりで会うつもりはなかった。

彼女が腕に縋ってきたのは、よろけそうになったという一瞬だけだ。
直後には離れてもらったし、その後は接触を許していない。

その瞬間をピンポイントに激写したと?
不正確な事実の切り取り。
これが作為じゃなくて何だというのか。



日本時間は真夜中だ。牧野は眠っているだろう。
お前達に助けてもらうつもりはない、と豪語したくせに、あきらに牧野へのフォローを頼まざるを得ない状況になり、苛立ちが募る。
写真に関する言い訳は自分でする、と伝え、あきらとの通話を終えた。

タイミングの悪い渡仏になった。
だが、俺には今、ここでやるべきことがある。

「類様。旦那様と奥様がお戻りになりましたよ」

待ちわびていたその知らせに、俺はすぐさま腰を浮かせた。






いつも拍手をありがとうございます。
フランスでの行動の詳細は、次のIntermissionにて。

1時間ほど前にカウンターが140,000を超えました!
地道に数字を伸ばしております。とっても嬉しいです~(*^-^*)
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4 Comments

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2019/08/30 (Fri) 09:29 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。コメントありがとうございます(*´ω`*)

Intermissionの回を追うごとに、類の気持ちは変化していきます。ぼんやりと曖昧だった感覚が、すっとシャープになっていくというか。そうした部分がうまく表現できていればいいなぁ、と思います。

さて、類の両親ですが次のIntermissionで登場します。オリキャラなので、作品ごとのカラーに合わせて名前も変えています。どんなスタンスの夫妻か、楽しみにしていてくださいね。

2019/08/30 (Fri) 20:54 | REPLY |   

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2019/08/31 (Sat) 21:02 | REPLY |   
nainai

nainai  

ぽ様

こんばんは。温かいコメントをありがとうございます。
また遊びに来てくださったんですね。嬉しいです~(*^^)v

住環境が変わられたとのこと。いろいろと慣れてきた頃でしょうか?
私も結婚後に住み慣れた街を離れていますので、お気持ちはよく分かります。

今回の話はできるだけ原作のイメージに寄せ、なるべく等身大の二人を描きたいなぁという思いからスタートしました。
実生活がなかなかに忙しく執筆のペースは上がりませんが、定期更新できるように頑張ります! 今作もハッピーエンドに繋いでいきますので、ぽ様の隙間時間に楽しんでいただければ幸いです。

2019/08/31 (Sat) 22:41 | REPLY |   

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