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視線 ~26~

Category*『視線』
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花沢類の口から初めて聞いた、彼女の名。
彼は、ようやく本題に触れる。


あたし達は手を繋いだまま、少しだけ体を離して向かい合った。

「彼女のことは、あきらから聞いてる?」
「うん…」


彼は淀みなく語る。

花沢物産と清和銀行グループの深い関係性。
数回に亘る、柊木織恵とのやり取り。
そして、ツーショットを撮られた経緯と作為。

彼女と二人きりで会ったことは一度もない、と聞いてホッとする。
一方であたしは、柊木さんらしき女の子が千石屋まで来たことは言えなかった。
これらの出来事について、彼がひどく怒っていることが伝わってきたから。


静かな口調の中に、彼の感情が滲んでいる。
いつか見た、彼の蒼い炎が―。



「黙っててごめん。…会社の事情で相手をそう無下には扱えなくて、対応には苦慮してた」
「大事な取引先なんだよね?」
「それは事実。幹部達もそう認識してる。…だから、父に直接抗議してきた。最初の指示に何か意図があったのかを確かめたくて。でも、それは思い過ごしだった。……それなら、俺のプライベートに会社の都合を絡めないでほしい。彼女と交際する気はさらさらないと伝えてきた」

あたしは驚いた。
でも、驚くのはまだ早かった。

「両親に話してきた。…牧野のこと」
「えっ!?」
「真剣に向き合いたい人ができたから、帰国したら会わせたいって」
「えぇっ!?」
「一般家庭の子だって言ったら、予想はしてたけどいい顔はされなかった」

そっか。…うん。そうだよね。
相手があたしなんかじゃ、ご両親が眉を顰めるのも分かるよ…。



「でも、俺なりに自分の気持ちを伝えたら、それを形にして示せと言われて…」
「どんなふうに?」
「まず、父が今どういう仕事をしているのか把握して、俺のビジョンを明確に表してみせろと。…10日間ほとんどの時間を一緒に過ごして、仕事の様子をずっと傍で見てきた」

それがフランスでの滞在が延びた理由だったという。

「帰国したら真っ先に会いに来るって言ったけど、さっきまで花沢の本社にいた。レポートとか、いろいろやることがあって…」

だから、こんな時刻になってしまった。
それでも、どうしても、今日のうちにあたしに会いたかったのだと彼は言う。



「あとは、勉強面。教養の一環で以前から資格試験の勉強をしてる。その学科試験を早急にクリアするよう言われた。最終的な資格取得には実務経験が必要なものも多いから、あくまでもその前段階までだけど」

彼の列挙する資格に驚く。
証券外務員、公認会計士、税理士、ファイナンシャルプランナーなど。
中には高校生で受検できる資格もあるらしいけど、どれも難しそう…。

「会社経営や金融に関係する知識を、幅広く身につけさせるのが目的なんだ。…でも、あんまりやる気なくてさ。大学生のうちにボチボチやろうと思って、父親の言うことは適当に流してきた。…これまではね」



「それを頑張ったら、あたし達のこと、認めてもらえるの?」
「少し違う。俺ができるだけ早く、一人前の企業人として使えるようになったら、牧野のことを認めてもらえるよう、周囲への働きかけがしやすくなるってこと」

あたしはまだ要領を得ず、曖昧に頷く。
彼はそんな反応を見て、もう少し噛み砕いた説明をしてくれる。

「あんたとこの先もずっと一緒にいるために、必要なステップだってこと」


…この先もずっと?


思わず、繋いだ手に力を込めてしまう。
その言葉、前向きに受け止めていいんだよね?



「だから、牧野にも頑張ってほしいことがある」
「あたしに?」
「教養を身につけるためのプログラムを受けてほしい」

彼が資格試験の勉強を頑張るように、あたしは教養の勉強をすればいいのね?

「日本文化や外国文化への理解、それから一般的なマナー。俺は子供の頃から強制的に躾られてきたけど、それを俺と同程度のレベルまで習得してほしい。…たぶん、この先、フランス赴任は避けられないから」

あたしにとっては未知なる領域での努力になる。だけど、それがこの先も彼と一緒にいられるための条件だというのなら、頑張らないという選択はないと思う。



「自由時間は大幅に制限されるし、楽しい内容ってわけでもない。一朝一夕で身につくものでもないし、見通しを立てて計画的に学習していく必要がある」
「ご両親は、あたしに、チャンスを与えてくれたってことだよね?」
「…そう。あくまでもチャンスであって確約じゃない。だけど、牧野ならやり遂げられると思うから」


彼はフェアだ。
デメリットも隠さずに説明してくれる。
その上で、あたしに選択させてくれる。


あたしの答えはもう決まっていた。


「俺と一緒に頑張ってくれる?」
「もちろん!」

即答だった。

「チャンスがもらえるだけでも嬉しい。最初から交際には反対だって言われたら、どうしていいか分からなかったから。あたし、精一杯努力するね!」


花沢類は微笑んだ。
繋いだ手を持ち上げ、あたしの手の甲に唇を寄せた。
その仕草、なんかすごく王子様チックで照れる…。

「いい返事で良かった」



こうして、あたし達の挑戦が始まった。






いつも拍手をありがとうございます。
次話はIntermissionです。どうぞお楽しみに!
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4 Comments

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2019/09/07 (Sat) 08:55 | REPLY |   

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2019/09/07 (Sat) 09:21 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。コメントありがとうございます(*'▽')

ご褒美のニンジン…。いつもながらピッタリな表現ですね♪
次のIntermissionでは、フランスにおける類の行動が明らかになります。
回を追うごとに成長していく類にご注目です。

連載が始まって2ヶ月が経過しました。これから物語はターニングポイントを含む中盤へと進みます。最後までよろしくお付き合いくださいませ。

2019/09/07 (Sat) 20:29 | REPLY |   
nainai

nainai  

ふ様

こんばんは。コメントありがとうございます(*^-^*)

時間の経過とともに、二人の心の波長が重なっていく過程を描いています。今作の類は最初からデキた人ではないので、いろいろ失敗もしますが着実に成長していきます。『好き』と仰っていただけて嬉しい限りです。

これから二人の挑戦が始まり、物語は中盤へと進んでいきます。まだまだ紆余曲折が待っています。最後までよろしくお付き合いくださいませ。

2019/09/07 (Sat) 20:53 | REPLY |   

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