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視線 ~27~

Category*『視線』
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花沢類と付き合うようになってから、ずっと周囲の視線を感じていた。

なぜ彼の隣にいるのが、あたしみたいな凡人なのか。
それが許されるのは、才色兼備の静さんのような女性であるべきではないか。

家柄、生い立ち、容姿、才能―。
どれを取っても、人に誇れるものを持たないあたし。
分不相応な立場を咎める視線に、いつも息苦しさを感じていた。


だけど、あたしは、どうしても彼が好きで。
そして、どういうわけか、彼もあたしを好きでいてくれて。

あたし達の間にある、心が深く結びついているあの感覚は誰とも共有できない。
本当に、特別なんだと思うの。


知識を習得することは将来的にあたしの武器になる、と花沢類は言った。
今のあたしは、まだまっさらな状態。
知らないことは覚えていけばいい、伸び代は十分にある、と励まされる。

彼とずっと一緒にいること。
努力次第でそれが叶うかもしれないと言われて、あたしは嬉しかった。
家柄や生い立ちのように、自分自身ではどうすることもできない部分で拒絶されてしまうことは、とても辛いことだから。


彼の隣に立つことを周囲から認められたい。
いつかの酷評に含まれていた、あたしを傍に置くことで彼自身の評価を下げてしまうようなことは、絶対にさせたくない。



あたしだって、花沢類を守りたいから。
彼が、いつでも、あたしを守ってくれているように。




再会した翌日の午後、あたしは花沢類に連れられ、ある料亭を訪ねた。
会わせたい人がいると彼は言ったのに、それが誰かは教えてくれない。
それが相手側の意向だと聞いて、あたしは緊張を高めた。

料亭の名は『天満月あまみつつき』。

店の入り口は、一見するとそれと分からないように設けてある。
看板は掲げられていない。
知る人のみぞ知る、隠れ家みたいな場所だと思った。

細い路地を抜けていくと、悠然とした佇まいの日本家屋がそこにある。
気後れするあたしを、彼が優しく導いた。

「ここだよ」




店内に足を踏み入れると、着物姿の女性があたし達を出迎えた。
花沢類は顔馴染みなのか、彼女と軽めの挨拶を交わす。ママくらいの年齢に見えるけど驚くほど艶やかで、凛とした雰囲気を纏っていた。

「牧野様、ようこそおいでくださいました。女将を務めております日下くさかと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
「まっ、牧野です! こちらこそ、よろしくお願いいたします!」

深々と頭を下げると、クスッと隣の彼が笑った。
む? なんで笑うの?



女将さんに案内され、中庭を囲むようにして伸びる回廊を歩いていく。
こぢんまりとした庭園は美しく整えられ、そこだけ時が止まってしまったかのような静謐に満ちて、都会の喧騒を一時の間、忘れさせてくれる。

「…綺麗…」

思わず呟きを洩らすと、前を歩いていた女将さんが足を止めて振り返った。
その笑顔が、誰かに似ているような気がしたけど思い出せない。

「そう仰っていただけて嬉しいです。お越しいただいた皆様に、緑を楽しんでいただきたくて誂えた中庭ですから…」

女将さんの言葉通り、庭には常緑樹しか植えられていない。
紅葉や落葉が示す季節の移ろいより、深緑の美しさがもつ癒しを感じてほしいという趣旨なのだと説明される。



「こちらでお待ちくださいませ」

一番奥の和室に通され、花沢類とあたしは横並びに座布団に座った。
しばらくして約束の時間を迎えたけれど、相手方はまだ姿を見せない。

「今日会う人は一人? 二人?」
「それも内緒」

…ケチ。
ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃない。

誰が来るのか、どんな人なのか、その人に何を言われるのか。
何も予想できない状況がどれほど緊張するものなのか、彼には分からないんだ。



ふいに、長い指でチョンと頬をつつかれる。

「そんな緊張しないで大丈夫。いつも通りに接してくれたらいいよ」
「…本当に?」

たぶん、あたしの瞳は不安と緊張に揺らいでいただろう。
大丈夫、と彼はもう一度念押しし、大きな手であたしの右頬を包んだ。
指はそのままゆっくりとサイドの髪を梳き下ろし、首筋に触れて止まる。

「負のオーラが出てる。もっと自分に自信持って」
「…うん」



廊下の向こう側から足音が近づいてきた。
あたし達はさっと居住まいを正し、相手の入室を待った。

やがて、障子の向こうで足音が止まった。






いつも拍手をありがとうございます。物語は中盤へ。
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