FC2ブログ

1ー7

Category第1章 紡いでいくもの
 0
デザイナーになろう。
あたしはようやく自分の進路を決めた。
季節は晩秋。道明寺と別れてすでに3ヶ月が経っていた。
悩んで、悩んで、…心底悩み抜いて出した答えがそれだった。
自分がやりたいと望む道に進んでみたい。
牧野家の経済事情も安定し、道明寺との未来はなくなった今、あたしの決意を阻むものは何もないように思えた。

第一志望の専門学校は、八千代先生の出身校でもあった。
先生は大学を卒業されたのだろうと思っていたので、あたしにはそれが意外に思えたし、それでいて親近感を感じてもいた。先生は、自分も苦学生だったのだとあたしに明かしてくださった。
その専門学校は、これまでに数々のデザイナーを輩出し、毎年応募人数が多いことでも有名だった。入学試験は狭き門ではあったけれど、あたしはこれまでになく挑戦する意欲に燃えていた。
授業料は破格に高いわけではなかったけれど、現状での工面は難しく、奨学金制度を利用して自分でなんとかするつもりだった。

そのことを最初に花沢類に報告したのは、きっと彼が理解を示してくれると思ったから。初めて八千代先生のアトリエに行ったときに同行してくれた彼の言葉は、あたしの中にずっと残っていた。
『…俺はいいと思うよ。そんなに楽しそうな牧野、初めて見たし』
だから、花沢類はきっとあたしの選択を後押ししてくれる、と信じて疑わなかった。

道明寺とのことがあって、周囲からの好奇の目を避けたいあたしは、大学では極力F3との接触を避けるようになっていた。彼らといれば否応なしに注目されるし、そのことによって無用な噂をされるのも正直なところ耐え難かった。
あたしは失礼にあたらないよう、事前にその旨を彼らに伝えてもいたし、彼らもあっさりと了承してくれた。あいつとの別れによって深く傷ついていたあたしに、少なからず配慮をしてくれたのだろう。
「周りの目なんか気にするな」とは、さすがの西門さんでさえ言わなかった。
学年が違うあたし達は意識的にそうしなければ、同じ大学の構内でも会うことは稀だった。
教養の稽古は、相変わらず各邸において細々と続けられてはいたけれど、あたしから意欲が抜け落ちていることは彼らも察していただろう。


「大学を辞めて、服飾専門学校に入り直そうと思ってるの」
久しぶりに訪れた花沢邸の彼の自室でそう告げると、あたしの予想に反して花沢類の反応は芳しくなかった。
「…え?」
ひと言呟いて黙りこくってしまった彼に、あたしは不安を募らせる。
「あの…やっぱりあたしには無理だと思う? …厳しい世界だってことは分かってるつもりだよ…」
例え彼に反対されたとしても、そのときのあたしはきっと進路を曲げたりはしなかっただろう。それでも、花沢類の思わぬ反応に、急速に自分の気持ちがしぼんでいくのを感じていた。

「……牧野がいつかそう言い出すんじゃないかって、ずっと思ってた」
彼が表情を変えずにそう切り出したのは、しばらく重い沈黙が続いた後だった。ふぅ、と小さなため息もひとつ。
「八千代先生の話をするときの牧野、本当にキラキラしてたから」
「…いままで自分のやりたいことが何なのか、掴めずにいたの」
あたしは正直に自分の気持ちを吐露する。
「よく考えて出した結論なの。…あたし、デザイナーになりたい」
「報告なんでしょ? 相談じゃなくて」
花沢類はわずかに寂しそうな表情を覗かせる。あたしの胸は痛んだ。
彼の応援を受けられないと思うと、あたしも寂しかった。


「…最初にあんたの背中を押したのは俺だからね。だから、責任もって今回も応援するよ。…頑張りな」
「ありがとう…っ、花沢類っ」
あたしは飛びあがらん勢いで喜びを表した。
「やっぱり花沢類に初めに言ってみてよかった…」
安堵して思わずそう洩らすと、彼は美しい瞳を和ませてあたしに問うた。
「俺が最初?」
「うんっ」
あたしは頷いた。

花沢類はなぜか居住まいを正すと、あたしに向かってこう言った。
「じゃあさ…これからも何かあれば俺に一番に言って。あんたの支えになりたいから」
その言葉にこめられた意味を、あたしはまったく理解していなかった。
…よく聞いていれば分かりそうなものなのにね。
「ありがとう。花沢類はあたしの一番の理解者だもん。これからもそうさせてもらうね」
ソウルメイト、という言葉を、彼との関係性を示すのに使ったことがある。だから、あたしはその意味合いで言ったつもりだった。
花沢類は一瞬、何か物言いた気にしたけれど、結局は何も言わずに、いつもの優しい笑顔を見せてくれた。



あたしの決断については、その後、順次みんなに報告していった。
美作さんや夢乃さんは、八千代先生の方からすでに報告を受けていたみたいだった。
西門さん、桜子、優紀、滋さん、そして和也君に。
パパや、ママや、進にも。
誰もがあたしの選択にまず驚いた。中には考え直すようにと言ってくれた人もいた。
だけど、あたしの決意は揺らがなかった。

そしてメールでだったけど、道明寺にもその旨を報告した。大学の学費をすべて払ってもらったのに、別の進路を選択する自分を許してほしい。だけどこの道で頑張ってみたいから、と。
忙しいだろうに、あいつはすぐにメールを返してくれた。
『分かった 頑張れ 応援する』
たった11文字の中にすべてを押しこめて。
あたしはそのメールにまた涙を零したけれど、そのとき、やっと失恋の痛みから立ち直れたような気がした。


最終的に全員の応援を受け、あたしはデザインの勉強に打ち込んだ。
試験までの短い間、八千代先生のアトリエに足繁く通い、彼女から徹底的にデザインのノウハウを叩きこまれた。先生の本気は正直怖いほどだった。
初めてお会いした時の柔らかな印象とは打って変わって、仕事モードの先生は手厳しく、一切の妥協も許さないとその態度が示していた。あたしが初心者であることなど知ったことかというように。
「ここはこうではありません。前にも教えましたよ」
「なぜここにポイントを? 位置を考えなさい」
一つ一つの言葉を記録して修正し、また指摘されて修正し…。
幾度となく繰り返されるトライ&エラー。
だめだ、やり直しだと何度言われただろう。

だけど、あたしの心はこれまでになく満ち足りていた。
八千代先生の言葉には信頼と愛情を感じたから。
心の欠けた部分を、勉強に打ち込むことで埋め合わせようとしていたのかもしれない。だけど、それでもいいじゃないかとあたしは前を向く。


あと3日で試験となったその日、あたしは最後の指導を受けていた。
八千代先生には予めお願いしておいたことだけど、あたしは先生の指導を受けていることを学校には伏せておきたかったので、そちらへのお言葉添えは何もいただかなかった。
指導を受けているからと色眼鏡で見られることも、逆に贔屓をされることもあたしは望んでいなかった。
傍目には不躾とも思われるあたしの要望に、先生は高らかに笑った。
「もちろんそのような無粋なことをするつもりは、最初からありませんでしたよ。…つくしさんが頼んでくるのならともかく」
「失礼なことを申し上げてすみません」
あたしが平謝りすると、先生は凛とした声で仰る。

「あなたのその、いかなる権も利用しようとしない姿勢が、わたくしは好きですよ。独立不羈ふきの心を持つことは、トップデザイナーには必須ですから」
「いえ、そんなトップデザイナーなんて、あたしは…」
あたしが言い淀むと、先生はぴしゃりとその態度を諭す。
「そして、あなたの悪いところはその無欲さです。いつも申し上げているでしょう? 志すのであればトップであれと」
「はい、先生…」
シュンとなったあたしに、八千代先生は微笑む。
「試験には堂々と臨みなさい。あなたの自由な発想はきっと審査の先生方の目にも止まるでしょう」


そうして迎えた試験当日、あたしはとにかく全力を尽くした。筆記試験、実技試験をクリアして臨んだ面接試験で、あたしは面接官の先生にこう訊かれた。
「あなたの尊敬するデザイナーは?」
あたしは迷わず答えていた。
「貴校の卒業生、東 八千代先生です」
面接官はあたしの返答ににっこりと微笑んでくれた。

そして、あたしは試験に合格した。




にほんブログ村 ランキング参加しました♪
関連記事
スポンサーサイト



0 Comments

Post a comment