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視線 ~28~

Category*『視線』
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「失礼いたします」

待ち人、来たらず。
障子をわずかに開けたのは女将さんだった。

「花沢様に伝言がございます。どうぞこちらへ…」

花沢類は立ち上がると女将さんの近くまで行き、小声で何かを話した。
内容までは聞き取れない。


「…ちょっとごめん。ここで待ってて」

彼はあたしを振り返って一言断り、障子の向こうへと消えていった。
二人分の足音が遠ざかっていく。

もしかして、遅れる連絡かな?
もしくは……キャンセルとか?

部屋に一人ポツンと残され、あたしは昂った気持ちを持て余して溜息をついた。
喉が渇いたわけでなくても、何かで潤したい気分。
だけど、出された緑茶はとうに飲み干してしまっていた。



時間が経つにつれ、この状況がつらくなってくる。
女将さんに呼ばれた花沢類もなかなか帰ってこない。
先程、彼に優しく励まされ、浮上しかけていた気持ちも再び沈みこんでいく。


どうしたのかな。
何かトラブル?
やっぱり、あたしに会いたくない…とか?
悪い考えばかりが先行してしまう。


卓上に両肘をつき、組んだ手の甲を額に押し当てていると、中庭の方から何か音が聞こえてくることに気付いた。


…パチッ …パチン 


何の音だろう。
鋏…かな?


この部屋に案内されるまでに気付いたことだけど、今、料亭内にはあたし達以外のお客さんの姿はない。そして、女将さん以外の従業員の姿も目にしていない。
お行儀が悪いかな、と思いつつも立ち上がり、音のする方へと足を向けた。
障子を開いて顔を出し、周囲を見渡すと、中庭に誰かが立っているのが見えた。


作務衣。真っ白な短髪。そして、痩せた後ろ姿。
彼は脚立に上り、枝切り鋏で庭木の剪定をしていた。
その手元からまたパチンと音がする。
迷いのない動きから、漠然とここの庭師さんだろうと思った。


男性の横顔は、おじいさんと呼んで差し支えない年のように見えた。
だけど動作は機敏で、まるで年齢を感じさせない。
回廊から中庭を眺めているあたしの視線に、彼はすぐ気付いた。
作業の手を止め、声を上げる。

「いらっしゃいませ」
「こんにちは。…あの…庭師さんですか?」
「そのようなものです。ここの管理をしています」
「素敵な庭園ですね」

あたしが感想を述べると、相手はわずかに相好を崩した。

「おひとりですかな?」
「いえ。ある方と待ち合わせをしていたんですけど、まだお見えにならなくて」
「ほぅ、待ちぼうけ…」


『待ちぼうけ』という単語を久しぶりに聞いた気がする。
そのような名の童歌もあったことを思い出して、あたしは小さく笑う。

「お客様は、花沢の御仁のお連れ様でしたね」
「あ、はい。今、彼は席を外していますが…」
「失礼ながら、お付き合いをされているので?」

女将さんみたいに、庭師さんも花沢類と親しいのかな。
そんなことを思いながら、あたしはこくりと頷く。
ぽぅっと顔が火照った。

「お、お、お付き合い、させて、いただいております…」
「ほぅほぅ。あの坊がねぇ」

坊って…。花沢類は春には18歳だけど…。
そんなに昔からの付き合いなのかな。



あたしと庭師さんは、花沢類という共通の話題に花を咲かせた。
彼がうんと小さい頃、この料亭の中でかくれんぼしていたこととか。
好き嫌いがあまりに多くて、料理人泣かせだったこととか。
微笑ましいエピソードを聞かせてくれる。

反対に、庭師さんは、あたしに彼の学校での様子を訊いてきた。
…えーと。
授業にはあまり出てない…よね。

毎日遅刻してるし、早退もするし。
学校行事は基本、不参加だし。
素行に問題がないとは言えない彼について、あたしが語れることは少なかった。


その代わり、自分だけが知っている彼の一面を話した。あまり詳細を話せば、ただの惚気と思われそうなので、当たり障りのないエピソードを選んで。

ときどき、音楽室で、バイオリンやピアノを聴かせてくれること。
口数は少ないけど、勉強を教えるのがとても上手いこと。
相変わらず寝るのが大好きなこと。

その一つ一つを、庭師さんは目を細めて笑いながら聞いていた。






いつも拍手をありがとうございます。執筆の励みにしております。

今回の連載は、自分の定義では中編だったつもりなのですが…。まだラストまで書き終えられず、予告よりも話数が伸びております。とりあえず60話は超えます。
最後までよろしくお付き合いくださいませ(;^_^A
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4 Comments

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2019/09/13 (Fri) 01:43 | REPLY |   

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2019/09/13 (Fri) 09:00 | REPLY |   
nainai

nainai  

ふ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます(*^-^*)

幼少期の類はさぞかし愛らしかっただろうと思います。
人物予想は概ねその通りです。次回明らかにしますのでどうぞお楽しみに♪

現在クライマックスに向けて執筆中ですが、書いても書いても終わらないループに嵌まりこんでおります💦 着実に前進はしているのですが…"(-""-)"
素敵なエンドに繋いでいけるように頑張ります。

2019/09/13 (Fri) 21:43 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます(*‘∀‘)

人物予想もその思惑もご想像通りかと。類のことなら嬉々として語ってくれそうなつくしです。自分だけが知っている彼ですしね。
次回その辺りのことをまるっと明らかにしますのでお楽しみに♪

オリキャラを出すとどうしても物語は末広がりになっていくのですが、それもまた楽し、ということで伏線回収に努めている現在です。執筆は大変ですが、なんとか息切れせずに頑張っていきたいです。

2019/09/13 (Fri) 21:58 | REPLY |   

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