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視線 ~31~

Category*『視線』
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「私達は牧野さんに会うのをとても楽しみにしていました。素性を明かさないまま会わせてほしいとお願いしたのは父です。ですが…」
「セッティングが整って、あとはじーさんが部屋に来るのを待つばかりだったのに、約束の時間になっても来ないし、探してもいないし、ホント焦った」

佐和子さんが花沢類を呼び出した時、そういう事情があったのだと納得する。
周さんはあまり話す方ではないのか、ニコニコと笑んでいるだけで説明も弁明もしない。でも、不思議と腹は立たなかった。


「『母屋』って言い方だと、お店は『離れ』にあたるのね?」
「そう。調理場の奥が母屋と繋がってる。実は横に長い造りなんだ」
「へぇぇ…」
「料亭は夜だけの営業で部屋数は多くない。じーさんが趣味の一環で始めた料理屋だから」

外堀が埋まってきたところで、彼が主題に触れる。

「牧野にはここに通って、じーさんと佐和子さんからいろいろと学んでほしい。二人は日本文化に造詣が深い。おもてなしに関してはプロだから」
「それが、教養のプログラム…?」
「その一部と思ってくれたら。二人が補いきれない部分は俺が何とかする」

そういうことだったんだね。
今日はただの顔合わせではなかったんだ。


あたしは花沢類の意図を理解し、二人に向かって頭を下げた。

「精一杯、努力します。ご指導、宜しくお願い致します」
「「こちらこそ、宜しくお願い致します」」

佐和子さんと周さんの声が重なる。
和やかムードにゆるゆると緊張を解いていくと、花沢類がピシャリと一言。

「この二人、にこやかではあるけど、スパルタだから覚悟はしといて」
「えっ」
「類さん! 脅かすのはやめて頂戴」




『天満月』の営業時間は夜6時から11時まで。
周さん、佐和子さん以外の従業員は、料理人が4名、接客係が6名の計10名。
1日10組のみの完全予約制で、扱うのは松・竹・梅のコース料理。
価格帯は1コース1~3万で、シンプルだけど高い。
事前に依頼があれば、特別なコース料理を頼むことも可能だそうだ。

それぞれの呼称をどうするかという話になり、周さんを『オーナー』、佐和子さんを『女将さん』と呼び、あたしは『牧野さん』と呼ばれることになった。
節度ある距離感を保つために呼称は大事だ、とオーナーは言う。


オーナーは、元々、都内で不動産業を営んでいた人だった。
現在、その業務は娘婿さん、つまり佐和子さんのご主人が引き継いでいるという。
仕事柄、オーナーの人脈は幅広い。
御贔屓さんは政治家であったり、社長であったり、はたまた芸能人であったり。
実に様々な顔ぶれが揃っているのだそう。

店休日は火曜日が基本だけれど、月によっては不定休もあるという。
オーナーの手が空く火曜の夕方と、女将の手が空く土日のどちらかの午後、少なくとも週に2回、ここに通うことを約束し、あたしと花沢類は店を後にした。

バイトが入れられなくなる分、収入は減ってしまうけど仕方ない。
どこかで時間調整をすればいいだろう、と密やかに思案する。





「改めて謝っとく。じーさんのこと」

迎えの車に乗ると、花沢類が真っ先に口を開いた。

「本人があまりに悪びれてないから余計にごめん。待ってる間、不安だったろ」
「うん。…でも、結果的に話はいい方向に進んだし、気にしてないよ」
「父はあの二人を苦手としているから、対抗措置としては最適なんだ。だから…」
「大丈夫だよ。怒ってないよ?」

あたしが念を押してそう言うと、彼はつと真顔になった。

「…本当に?」
「うん。オーナーが意地悪な気持ちであぁしたんじゃないって、分かったから」



花沢類の幼少期のエピソードを明かしてくれたオーナー。
あのときのお祖父さんは、本当に優しい目をしていたよ。

彼を大事に思うからこそ、相手となる女性のことはしっかりと見極めたい。
そうした心の動きは、あたしにも理解できるから―。



「花沢類のこと、坊って呼んでた。親愛を込めて」
「…へぇ」
「オーナーにとって、花沢類がとても大切な存在だってことが伝わってきた。…たぶん、あたしの気持ちも、ちゃんと分かってもらえたと思う」

オーナーと話しているとき、すごく楽しかった。
あたし達は、初対面ながらもとても和やかな空気を共有できた。
これからも、いい関係が築いていけるんじゃないかと思う。



「…牧野の気持ち、俺にも聞かせてよ」

…えっ。

「そ、それ、わざわざ訊くこと? わ、分かるでしょ?」
「でも俺、ここんとこ、牧野から甘い言葉もらってないし」

甘い言葉って、何…。
言わないよ。言えないよ。
だって、照れくさいもん。

だけど、まだ?と先を促すように、花沢類は徐々にあたしとの距離を詰めてくる。
あたしが言うまでは止めないよ、と言わんばかりに。

浮かんでいるのは、ちょっと意地悪な微笑。
それさえもカッコいいとか思えるんだから、あたしの頭も大概に重症だと思う。



「…ね。聞かせて?」

吐息がかかるほどの、だけど触れることのないごく至近距離で、彼がねだる。
うわぁ…。ひさびさに甘えモード全開。
強烈に中てられてクラクラしてくる。

自分の気持ちは何度も伝えてある。
だから、ここまで照れる必要はないと思うけど、自分ではどうにもできない。

あたしはね、奥ゆかしい日本人なんだよ?
“言わぬが花”って言葉もあるでしょ?
今の彼に通用するとは思えないけど、とりあえず心の中で抗議する。

顔が熱い。
どうにかこうにか、言葉を絞り出す。



「……花沢類のことが……大好きってことだよ」



次の瞬間。
よく言えましたとばかりに彼に抱きすくめられ、あたしは言葉を失くした。




本当はね、もう、大好きって言葉だけじゃ足りない。
あたしの胸の中に育った恋心を表すには。



ただ真っ直ぐに、ただ一途に。



あなただけが、愛しい。






いつも拍手をありがとうございます。応援よろしくお願いします。
次回はIntermissionです。どうぞお楽しみに!

同日、『人物紹介』の記事もUPしております。必要時にご参照くださいませ。
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