FC2ブログ

Intermission ~6~

Category*『視線』
 2
祖父と伯母に牧野の育成を託すことは、フランス滞在中に思い付いた。

『天満月』はほどなく開店20周年を迎える。
俺が生まれるより前から店はそこに存在し、訪れた人達に至福の時間を与えてきた。
飲食店の移り変わりが激しい区域にあって、それだけの長い間、一度も経営を傾かせることなく店を存続させてきた手腕はさすがという他ない。

二人は接客のプロだ。
どのような場面に出くわしても、臨機応変に対応ができる。
日本文化に造詣が深く、専門知識も幅広く、牧野にとっては素晴らしい師になり得るだろうと思った。


とは言え、中学に入った頃から、彼らと次第に疎遠になっていった俺。
何くれと世話を焼いてくれる二人のことが鬱陶しくなり、自分から距離を置いた。
それを、『思春期だったから』という簡単な言葉で括るつもりはない。

幼少期の俺にあれほど心を砕いてくれた二人に、俺は不義理をしてきた。
そういう状況下で頼み事をするのは、あまりに厚顔無恥ではないかという気もした。
だが、こちらの誠意を見せ、事情を明かせば、協力してくれるはずだという妙な確信を俺は持っていた。

要は彼らの善意を信じ、その厚意に甘えていたのだ。
得てして、彼らは牧野に会うことを了承してくれた。
ただし、条件付きで。


祖父と伯母に牧野を紹介するその日。
先方の希望で、彼女には二人の素性を伏せたまま店に連れて行った。
牧野はひどく緊張した様子で、終始、不安そうな顔をしていた。

最初に女将である伯母と対面し、カチコチに固まった状態で挨拶をした牧野。
そのぎこちなさが可愛くて、俺は伯母と密やかに目線を交わし合い、小さく笑った。


ところが、だ。


約束の時間になっても、祖父が姿を見せない。
内線電話にも、携帯電話にも出ない。
焦ったのは俺だけではない。さすがの伯母にも想定外だったのだろう。

開店までには時間があり、他の従業員の姿はない。
俺と伯母の二人で、手分けして母屋とその周辺を探す。

牧野を一人、和室に待たせてしまっている。
ただでさえ不安そうにしていたのに。
きっとひどく心細い思いをして待っているだろう、と気ばかりが焦る。


祖父の姿はどこにもなく、仕方なく事情を説明するべく牧野の元に戻ろうとすると、中庭の方から明るい笑い声が重なり合って響いてきた。

牧野が誰かと喋っている。
その相手が誰かはすぐに分かった。
脱力するとは、まさにこの事だ。

俺と伯母は、回廊の曲がり角の端にとどまり、牧野と祖父の会話を聞いていた。
初対面のくせに、妙に気の合った二人のやりとりが面白い。

祖父は、幼少時の俺の話をする。
牧野は、現在の俺の話をする。

俺という共通項で二人は盛り上がり、和やかな空間を作り出していた。
正直、当人である俺は、聞けば聞くほど体がこそばゆくなってくる。
伯母が俺の肩をポンと叩いた。

「心配ないわ。牧野さんは合格よ」

無論だ、と俺は頷き返す。



祖父は、牧野の為人ひととなりを、自分なりの方法で検証したかったのだろう。
対面する相手やその素性によって、態度を変える人間なのか。
俺のことを真に想ってくれる人間なのか。

人付き合いの間に、長く身を置いてきた人だ。
それが彼にとって必要な通過儀礼なら、こちらは甘んじて受け入れるしかない。
そして、牧野は難なくそれをクリアした。
俺からしてみれば当然の帰結だった。




帰りの車中。

祖父の無礼な態度に、彼女が心を痛めていないかを慎重に探る。
だが、祖父と共通認識を持てたと明るく笑ってくれる彼女に、愛おしさが募った。

これが、彼女だ。
目の前の事態に心を揺らしながらも、その本質は見誤らないでいられる。
人の善意を信じていられる。
俺とは違う思考の柔軟さを持つ彼女を、俺は誇らしく思う。


甘い言葉をねだると、牧野は途端に照れ始めた。
彼女の困った顔が見たいという衝動はなかなかに止めがたい。何気ない仕草や表情を可愛いと思うことが格段に増えていて、俺の頭も大概に重症だと思う。


「……花沢類のことが……大好きってことだよ」


小さな声でそう答えてくれた牧野。
大好きっていう言葉だけじゃ、もう物足りなくなってきている俺。
たぶん、想いが深まってきている証拠。


シートの隅に追い詰めていた彼女を抱きすくめる。
物足りなさはキスで補おう。
柔らかな唇を求めると、すぐに応えてくれるから嬉しくなる。

だけど、すぐに気付いてしまった。
もう、キスでも物足りなさを感じている自分に。


牧野への想いを正しく見極めようと、一歩下がって自分を見つめてきた。
でも、見極めはもう十分じゃないかと思う。
時は満ちた。それを実感する。



牧野に触れたいし、触れられたい。
彼女の全部を知りたいし、俺の全部を知ってほしい。


代わりなんていない。
ただ純粋に、ただ切実に。



あんただけが、愛しい。






いつも拍手をありがとうございます。執筆の励みにしております。

これまで、本編(つくし視点の現在)の間に、補足的なIntermission(類視点の過去)を挟む形式をとってきましたが、今後は物語進行の都合上、本編の中で双方の視点を織り交ぜていきます。アイキャッチ画像が閲覧できる方は、そのカラーでどちら視点のお話かを判別できます(*^^)v
関連記事
スポンサーサイト



2 Comments

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/09/21 (Sat) 14:09 | REPLY |   
nainai

nainai  

mi様

こんばんは。お久しぶりです! 
本作でもコメントをいただけて、とても嬉しいです~(*^^)v

婚家の繋がりは意外に厄介です。その辺りをこのように展開してみました。花沢圭悟の人物像はまだ曖昧にしておりますが、いずれ明らかになってくるのでどうぞお楽しみに♪

類とつくしの想いは徐々に重なっていきます。原作でもソウルメイトになるまで、それなりの時間がかかりましたよね。
連載はまだまだ続きます。最後までよろしくお付き合いくださいませ。

2019/09/21 (Sat) 21:24 | REPLY |   

Post a comment