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視線 ~33~

Category*『視線』
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「えぇっ? お見合いっ!?」

この年で、もう!?
仰天の声を発した私に対し、類はいたく冷静だった。

「…相手は?」
「大河原財閥の一人娘、大河原滋」
「中東方面への足掛かりにするつもりか…」
「大河原にとっても願ったり叶ったりだろ。仕事のパートナーとしてはベスト」
「ずっとベストかどうかは、鉄の女次第だけどな」

美作さんも会話に加わる。
誰もが当たり前のようにそれを受け止め、社会情勢の話を続けている。


…それって、会社のためのお見合いなの?
道明寺のためじゃなくて?


私は、すごくショックだった。
初めて聞く道明寺の色恋事情に沸き立った気持ちは、即座に沈静化した。
一人、静かに弁当を広げて食べ始めるけど、なんだか味が薄く感じる。


会社にとって最も有益な相手と結婚する。
自分の選んだ、一番好きな人とではなく。
そういうことは、彼らにとっては当たり前のことなんだ…。
認識の違いに改めて感じ入る。


もしかして、類のご両親も同様の考え方なのかな。
だけど、お二人は恋愛結婚だよね?
いや、だからって、私達のことに理解があるかどうかは別か。
それに、うちは、あの他力本願な両親が問題だもの…。




「…なんか、眉間に皴寄ってるけど」

すぐ近くで類の声がしたかと思うと、眉間を指先で撫でられていた。
ひゃっと声を上げると、三人の視線は私に集中していた。

「不安になった?」

複雑な胸中をズバリと言い当てられて、慌てふためく。
言えないよ。不安だなんて…。


「あっ…えーとね。道明寺のお見合い相手は、どんな子なのかなぁって…」
「総、知ってる?」
「好みじゃないが美人だぜ。SNSにサイトがあったと思う」

西門さんはスマートフォンで検索を始めると、すぐに目的のページを見せてくれた。
大河原滋さんという子は、それこそモデル並みの可愛さだった。
お金持ちで、スタイルが良くて、顔も可愛いとか…。
世の中ってなんて不公平に出来てるのかって話だよ。


…柊木織恵さんは、可愛いというより綺麗って感じだったな。
ふと、そんなことを思い出す。

結局、千石屋に来た女子高生が柊木織恵さんだという確証を、私は得ていた。
今の西門さんのように、インターネットで彼女の名を検索したから。
SNSの個人サイトに行きつき、そこに掲載されている画像を見て理解した。
あの日、彼女は意図的に来店したんだろうな、と。



「…おい。別の事を考えてるだろ」

西門さんの言葉に現実に立ち返ると、すでにスマートフォンは仕舞われていた。

「あ…ごめん。見せてくれてありがとう」
「そう不安がるなよ。宗像のじーさんちに出入りして、指導受けてるんだろ?」
「うん…。西門さんは、オーナーや女将さんを知ってるの?」

西門さんはもちろん、と大きく頷く。

「じーさんは人の良さそうな外面とは別に、各種方面に太いパイプを持ってる。隠居してはいるが、今も資産家としての影響力は大きい」
「…オーナーって、そんな凄い人なんだ」
「華道や陶芸、詩吟、書道…と挙げたらキリがないほど、文化面にも精通してる。うちの茶会でもときどき顔を見るしな。今度、詳細を聞いてみろよ」

私が問わない限り、オーナーは自分のことを話さない。
類にそれを確認するように目線を振ると、相手は小さく頷いた。



「あと、女将の方も」
「佐和子さん?」
「そ。こっちもまだ聞いてないか? 女将と類の母親は昔、能をやってた。あの世界では少数派の女性能楽師だったんだぜ」


能楽とは日本の伝統芸能の一つであり、『能』、『式三番』、『狂言』を包括する総称で、国の重要無形文化財に指定されている。
能の歌劇では舞台上の役割が完全分業されていて、『シテ方』、『ワキ方』、『囃し方』、『狂言方』などがあり、それぞれに流派があるという。

佐和子さんは演目の主役を演じるシテ方の流派に、希和子さんはその主役を支えるワキ方の流派に属し、『子方』という子供の頃から舞台に立っていたらしい。
双子の美人能楽師は業界でも有名で、希和子さんが圭悟さんとの結婚を機に日本を離れ、能楽を辞めることになった際は、それを惜しむ声が多く上がったとか。

では女将さんの方は今も現役なのかと問えば、首を横に振られる。佐和子さんもすでに演者としては引退し、今は後生の育成に注力しているのだそう。


「ガキの頃、女将が主役の舞台を観たことがある。源氏物語の『葵上』で、光源氏の正妻である葵上を恨み殺す六条御息所を演じたんだ。狂女の役がすげぇ嵌まり役で、全身鳥肌が立ったのを覚えてる」
「…そう言えば、母屋の方に能面が飾ってあった気がする」
「そういう二人がお前に肩入れしてんだ。みっちり指導してもらったらスキルも必然的に上がっていくさ。…ま、そう焦ることはねぇよ」

…なんか、驚いた。
今の言葉って激励だよね?

「オーナー達のこと、いろいろ教えてくれてありがとう。すごく勉強になったよ」
「伝統芸能のことなら任せとけ」

そう言って、西門さんはいつもの自信家の顔を覗かせた。






いつも拍手をありがとうございます。
『能』に関してはド素人の管理人ですが、ちょっと盛り込んでみました。舞台上の役割が完全分業ってところが面白いなぁと感じました。
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