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視線 ~34~

Category*『視線』
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12月21日土曜日の午後。
その日は女将さんに着物のお手入れと着付けを習った後、和装のままお茶会をした。
母屋には小さいながらも茶室があり、抹茶はオーナーが点ててくれた。

オーナーから茶室での作法を簡単に習いながら、抹茶と和菓子をいただく。
女将さんの京都土産だという生麩餅は、こし餡がなめらかでとても美味しかった。
指導中は厳しいけれど、そうでない時のお二人は本当に優しい。

年末には、類のご両親との対面が控えている。
それについての不安を洩らすと、二人は心配ないと笑ってくれた。



レッスンの後は、直接バイト先に向かった。
優紀は非番で、師走の慌ただしさも相まって、時計を見る暇もないほど忙しかった。
バイト後、くたくたになって外に出ると、外気は肌を刺すほどに冷え込んでいた。
吐いた息は白く変わり、風に運ばれて散り散りになる。

…あと10日もすれば、色々あった今年も終わるんだなぁ…。
激動の数ヶ月を振り返りながら、馬場さんとの待ち合わせ場所に向かおうとすると、まさにその方向から彼が姿を見せた。


「お疲れ様」
「類! 迎えに来てくれたの?」

キャメル色のロングコートに身を包んだ彼。
車のヘッドライトを後光に背負ったシルエットが、息を呑むほど格好よかった。

「イルミネーション見に行かない?」

私は稽古事と勉強とバイトに明け暮れていて、類も資格試験の勉強に励んでいたから、最近はデートらしいデートをしていない。
だから、その申し出がとても嬉しかった。

「行きたい! どこに行くの?」
「内緒。…さ、行こ」



帰りが遅くなることを電話で伝えると、二つ返事でママからOKが出た。
その相手が類であることはまだ伝えていない。
というより、彼氏ができていることすら話してない。

学校で友人ができたからと言えば、両親からは何も疑われることがなかった。
…年頃の娘の親なのに、危機意識はその程度でいいのかって思わなくもない。

リムジンの中には、花沢邸から持ってきたという料理が準備してあった。
私と同じく、彼も夕食はまだだと言う。
食べやすいようパッキングされた温かな料理を、ありがたく頂戴する。
それらを食べ終え、フレーバーティーで口直しをしていると、ちょうど目的地に着いたらしかった。



それは、どこかの地下駐車場。
見覚えのないその場所には、所々に車が点在しているけれど多くはない。
シンと冷えきった空気の中、降車した私達に近づいてくる影があった。

「お待ちしておりました」
「こんな時間に都合つけてもらって悪いね」
「滅相もございません」

怜悧な印象を与えるその人は私に微笑み、模範的な挨拶を行った。

「初めてお目にかかります。花沢物産秘書課の室長を務めております楢橋と申します」
「牧野と申します。類さんの高校の後輩です」

挨拶に応えて同様に一礼を返すと、隣の類が笑った。
花沢物産の秘書さんがここにいるということは、もしかしてこの場所は…。



楢橋さんは建物の入口のセキュリティを解いて、私達を奥へと誘導する。
誰もいない廊下を歩くとすぐ、エレベーターホールに行き当たった。

「類様、こちらがパスカードです」
「ありがとう。後で返しに行くから」

楢橋さんはカードの入ったパスケースを類に手渡した。待機していた左端のエレベーターに私達が乗るのを見届けると、彼は一緒には乗らずにそのまま扉を閉じた。

「ね。もしかして、ここ…」
「そう、花沢物産本社ビル」


私達を乗せた箱は音もなく上昇した。軽い重力を体に感じる。
右上の数字が凄い速さでカウントアップしていき、あっという間に47階に到達する。
類の導きのままにエレベーターを降り、手を繋いだまま歩を進めると、施錠されたドアの前で彼が停まった。

「ここ、役員専用のスカイラウンジ」

類はカードでセキュリティを解き、閉ざされていたドアを開いた。

「わ、私達が入ってもいいの?」
「遠慮しないでいいよ。この時間は誰もいないから」

類は部屋に入っても明かりをつけなかった。室内には、お店にあるようなバーカウンターと脚の長い椅子があるようだ。ローテーブルとソファもある。
暗がりの中、スマートフォンのライトを頼りに歩を進め、窓際に寄る。



「………っ!」

強化ガラスの向こう側に広がるのは光の洪水。
地上47階からの夜景に息を呑む。

林立するビルの各階に灯る箱型の明かり。
列を成す車の赤いテールランプ。
街路樹や店を飾る色とりどりのイルミネーション。
それらが一緒くたになって、美しい光の地図を構成している。

「あっちに見えるのが道明寺財閥の日本支社」
「あれが…」

類が示す方向に見えたのは、ビル群の中でも抜きん出て高い一棟。
それが支社だというのだから、本社はどれくらいの規模なんだろう。
そこまでを考えたとき、ふいに体が竦んだ。


コンクリートジャングルにはたくさんの社員がいて、それぞれが懸命に仕事をしている。その社員達を取り纏める人がいて、そのさらに上の人がいて、その上にも…。

各々の場所に存在するヒエラルキー。
ここにおけるピラミッドの頂点は類のお父さん。
そして、いつかは彼が―。


社長の跡を継ぎ、立派に責務を果たすだろう彼のことは容易に想像できる。
だけど、その彼の隣に立つ自分の姿を、私は全く想像できなかった。


「少し、昔話をしていい?」
「うん…」


類は、静かに過去を語り始める。






いつも拍手をありがとうございます。
花沢物産の本社ビルを何階にするかで悩むことしばし…。

多忙の合間を縫い、束の間のデートを楽しむ二人です。
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