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視線 ~35~

Category*『視線』
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パリでの慣れない生活と厳しい英才教育のために、適応障害の症状が現れた類。
年齢にして4歳。
重度のストレスから言葉まで失い、希和子さんと共に帰国させられた。
その後の数ヶ月を花沢邸ではなく、宗像邸で過ごしたという過去を持つ。


「祖父と祖母はいつも穏やかで優しかった。母も仕事をセーブして傍にいてくれた。やがて、不安定さを残しつつも言葉は戻って、体調も回復した。…その後の生活をどうするかの話になった折、父は帰国した」

オーナーと圭悟さんは、類の教育方針を巡って激しくぶつかり合った。
希和子さんの身体的事由から、夫妻は二人目の子供を望めなかったという。
だからこそ、一人息子の類に傾ける期待は、本当に大きなものだったのだろう。



「その年の暮れのことだった。久しぶりに会う父が、二人で出かけようと俺を誘った。それまで二人きりで出かけたことはなかったし、父への苦手意識があった。…だけど、優しく抱き上げられて、日本での暮らしを訊ねられて、俺が話したことを褒められると、そうした緊張は徐々に消えていった」
「…お父さんのこと、嫌いじゃなかったんだね?」

私の言葉に、類は軽く目を伏せた。
一拍の間をとって、同意する。

「…そう。苦手だけど、嫌いじゃなかった」

その言葉にホッとする。類は自分の家族のことをあまり話したがらないけれど、これまで家族に対する悪感情を覗かせることはなかった。



類をここに連れてきた圭悟さんは、眼下に広がる景色を見せたという。
今の類が、私にそうしているように。

「そのとき父が幼い俺に何を言ったのか、もう詳細は思い出せない。だけど、小さいながらに俺は理解したんだろうと思う。この先、自分が何をするべきなのか。…父がフランスに戻るとともに、俺も母も花沢の本邸に戻った。やめていた稽古事も再開した」
「…オーナーはそれに反対だったのね?」
「うん。体調が完全に戻ったわけじゃなかったからね。その後もストレスからよく熱を出したり、吐いたりしたし。…自分の子供への接し方と、孫への接し方は違うっていうだろ?」
「優しい人だものね…オーナーは…」

うん、と彼はもう一度頷く。



「成長とともに、コミュニティにおける自分の立ち位置を理解した。周囲の大人は俺個人を見てはいない。俺を通じて、後ろにいる父や会社を見ている。出来がよかろうとよくなかろうと周囲は俺を褒めそやした。…虚飾だなと思った」

自己評価と周囲からの評価との齟齬は、やがて強い人間不信へと繋がっていく。

「建前だけの人付き合いは面倒だと感じた。そうなると、もう誰のことも好きになれなかった。本音で付き合えるのは司達だけで、……憧れたのは静だけだった」

ここで飛び出してきた彼女の名に胸が痛む。
そんなに小さい頃から静さんのことが好きだったんだね…。



「だけど今はこう思う。静は、俺達に本音を語ってくれていただろうかって」
「…え?」
「静が人生における大きな選択をしたとき、俺達はその相談相手にはなり得なかった。彼女は確かに俺達と親しいけれど、それは幼馴染みだからで、対等だという意味ではない気がする」
「……それは、ちょっと違うと思うよ」

やんわりと否定すると、彼が私の方を見たのが分かった。
私は続ける。夜景を瞳に映したまま。

「静さん、言ったんだよね? 類なら分かってくれるでしょう?って。……あのとき、静さんが求めていたのは強い共感だったと思う。自分の夢を、望む未来を、誰よりも類に理解してもらいたかったんだよ」
「……そうかな」
「あの日、類が静さんを追いかけていれば、今とは違う未来があったと思う。類が対等じゃないと思えた関係も、時間とともに、いい方向へと変わっていったかもしれない。…私と類の関係性が、少しずつ変わってきたみたいに…」



この言葉を告げるのには、少し勇気が必要だった。
なぜなら、静さんのことは、私の中で完全な過去ではないから。
これからでも、そうなるかもしれない可能性を秘めた未来だから。



次の瞬間、類が小さく笑った。

「…あの時、分からなかったことが、今ははっきりと分かるよ」
「あの時って?」
「空港で静を見送った時」

私達の始まりの日だ。

「俺、牧野にずいぶん曖昧なことを言ったよね。予感がする、とか。まだ恋だの愛だのと言えるほどじゃない、とか」
「…………」
「そのくせ、傍にいろとかさ…。今更だけど、都合のいい発言でごめん」
「…うぅん。私は、嬉しかったから…」


類は静さんを追うことができた。
あの時も、その後でも、…本当は、その気になればいつでも。

それでも、彼はそうしなかった。
自分の気持ちが分からないなりに傍にいて、私に真っ直ぐ向き合ってくれた。
やがては、これからもずっと一緒にいるためにはどうすればいいのか、懸命に考えてくれるようになった。


―そうして、今がある。



「…迷いながらでも、私と一緒にいることを選んでくれて嬉しかった…」



あっという間にイルミネーションが滲んで、視界がぼやけた。
大好きな人と相思相愛になれるなんて、奇跡的なことだと思う。
暗がりの中、彼の手が音もなく伸びてきて、私の頬に優しく触れた。

この手に触れたいと願っていたのは私だ。
この手を離したくないと願っているのも私だ。

「…違うよ」

思考を読むかのように、小さく告げられた否定の言葉。
類の方を向けば、そっと抱き寄せられた。

「あのとき俺を選んでくれたのは、牧野だよ。…選んでもらえて嬉しかったのは、俺だよ」

幸福感で満たされて、言葉にならない。




「これから先、たくさんの困難があると思う。でも俺は父の跡を継ぐと決めているから、自分の力で立ち向かいたい。少し前まで漠然としていた将来への意識は、牧野と出会ったことで大きく変わったと思う」
「…うん」
「あんたはさ、俺達に言ったんだよね。『このカエルの大将が』って。『父親の庇護の下で偉そうにするな』って」
「…よく…覚えてるね…」
「後から思い出した。そんなこと言ってたなって」

私達は笑い合う。

「でも、それは真理だ。親の七光りだけで身を立てることはできない。社会に出れば個人の真価が問われるようになる。ジュニアだからこその苦悩もあるだろう。俺をジャッジする多くの目に耐え得るだけの実力が必要になる」
「類ならできるよ…」
「そう? でも俺、メンタル弱いから牧野の支えが必要なんだ」


類は言ってくれた。
精いっぱい心を込めて。


「…ずっと俺の傍にいて。…きっと、格好悪いところもたくさん見せるだろうけど、愛想つかさないでさ」







いつも拍手をありがとうございます。執筆の励みにしております。
最後まで応援よろしくお願いします!

第35話では、幼少期の類と圭悟の関係性を示しました。父親のことは苦手だけど嫌いではないし、その意図も理解できている。でも、心がついていかない。そうした葛藤を抱えた類を不憫に思うのが周、という構図でした。
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2 Comments

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2019/09/29 (Sun) 08:21 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

おはようございます。返信が遅くなりました。
昨日は休日出勤でしたのでクタクタになりまして…(;^ω^)

今回も的確なコメントをありがとうございます!
親というものは、ついつい『転ばぬ先の杖』で我が子にあれこれと指導しがちです。圭悟は圭悟なりに類を大事に思ってはいるのです…。親の視点で見れば、この部分はせめぎ合いなんですよね。
類の「苦手だけど嫌いじゃない」のセリフは、幼少期のみならず、現在の彼の心情とも言えると思います。

物語はいよいよ佳境に入ります。ばら撒いた伏線を拾っていきます。最後までお付き合いくださいませ(*^^)v

2019/09/30 (Mon) 08:06 | REPLY |   

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