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視線 ~36~

Category*『視線』
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12月23日には終業式があった。
学校は、これから約2週間の冬季休業に入る。


クリスマスは一緒に過ごせなくなった、と類に言われたのもその日だった。
急な話だけど、圭悟さんから、友人を歓待するようにと仰せつかったらしい。

フランス人のブロス夫妻は、花沢夫妻の古くからの友人なのだそう。
娘さんも含めて皆、親日家で、日本語もペラペラだとか。
ブロス一家は、25日から30日まで花沢邸に滞在する予定になっている。


初めてのクリスマスだし、一緒に過ごせたらいいなと思ってたんだけどね。
そういう事情なら仕方ないよ。


でも、週末にやってくる私の17歳の誕生日を、一緒に祝う約束は有効なまま。
贈り物はもう選んであるから楽しみにしてて、だそうだ。

実は、私も、ささやかながら彼へのプレゼントを用意している。
本当はクリスマスに渡したかったんだけどね。
類が喜んでくれるといいなぁ。





クリスマス・イブ。
今日は朝から千石屋でバイトに精を出す。

夕刻にはいつものようにオーナー宅へ伺い、今年最後のお稽古を済ませた。
あちらで夕食までいただいて帰ると、時刻は午後9時半を回っていた。


入浴後、部屋で冬休みの課題をしていると、いつの間にかテレビの音が消え、隣室が静かになっていることに気付いた。時計を見れば午前0時に近い。
同室の進は、まだこちらの部屋に戻ってきていなかった。

炬燵で寝入ってしまったのかな?
それなら、布団で寝るように声をかけてあげなきゃ。


そう思って腰を浮かすと、同じタイミングで薄い襖をノックする音がした。
向こう側にいたのは進。
なぜか口元に指を立て、静かに、というジェスチャーをしながら入室する。

「ねーちゃん、ちょっといい?」
「どうしたの? うたた寝してるんだと思ってたよ」
「相談があるんだ。…だから、父さん達が寝るのを待ってた」

布団の上に胡坐をかいて座った進。
顔色があまりよくない。緊張している様子が窺える。



…すごく、嫌な予感がした。



「ねーちゃんさ、最近、社宅の誰かと話してない?」

思いがけない質問だった。私はすぐに首を振る。

「朝は話す時間がないし、最近は夜も遅いから全然。…なんで?」
「…なんかさ、…うちのことで、ヘンな噂が出回ってるみたいで…」
「えっ!?」

社宅の世帯数は約60戸。家族用の間取りなので、当然ながら子供の数は多い。進は幼馴染み達と市立中学校に通っており、その一人から妙なことを訊かれたという。


「うちの母親が、誰かに騙されてないかって訊くんだ…」
「誰が、そんなことを?」
「今日、308号の梶原と帰りが一緒になった。母親から聞いたらしい。『牧野君のお母さん、よくない商売を始めたみたいだよ』って…。梶原は他からも似たようなことを聞いたらしくて、心配して俺に知らせてくれたんだ」

自分でも、すぅっと蒼褪めたのが分かった。
先ほど自宅に帰ってきたとき、室内を流れる空気は平穏だった。
とてもそのような話題が上ったとは思えない。


「進! パパには話したの?」
「…まだ。明日、詳しいことを知ってる人に会うから、話を聞いてからと思って。ねーちゃん、102号の森田さんと小学校の時に親しかったろ? だから、明日は同席してほしいんだ」
「分かった。…何時から?」
「9時に会ってもらえるよう頼んでおいた。森田さんちに行くことになってる」
「そう…」




私達はここ最近を振り返り、情報交換をし合う。
ママの行動に不審な点がなかったか。
自分自身が忙し過ぎて気付かなかったけど、確かに小さな異変はあった。


「…そういえば、最近、納付で遅れることが減ったね」

以前はよく納付期限ギリギリになって、お金をかき集める様子が散見された。
共用費だったり、町内会費だったり、一つ一つは金額の小さいものであったけれど、期限を過ぎてしまうことも多々あった。


「…食事だけどさ、前より量が増えた気がする」
「え?」
「ねーちゃん帰り遅いし、器に取り分けた分だけだから気付きにくいかもしれないけど、俺、足らないって思うことが少なくなった。前は腹減って眠れないことがあったのに」
「…ママは、家計簿つけてたよね」


私達は足音を忍ばせて居間に移った。
ママは昔から家計簿をつけていて、それを置いている場所も知っている。
テレビ台の下の引き出しにそれはあった。

二人で家計簿の項目をさらう。
数字は、如実に現実を表していた。

11月分の食費は、1~10月の平均値に比べて1.5倍に増えていた。
12月分の食費は、まだ月末を迎えていないのに、11月分を上回っている。
エンゲル係数の大幅な変動はこれまでにないことだった。


それから雑費。
11月、12月分は、10月までの平均値の3倍以上に及ぶ。
ただ、何に使ったのかの詳細が書いてない。

気は咎めたけれど、こっそりとママの私物を検める。引き出しの中を見ると、これまで使っていたメーカーとは違う化粧品が出てきた。パパの私物も含めて、もう少し部屋を調べてみると、下着や靴などで新品に替わっているものがあった。
私にも、必要な学用品はないかと尋ねてきたことがあったのを思い出す。



やっぱり変だ。
少額でもこれだけ新品の物があれば、それなりのお金が動いたと考えるべきだ。
どうして、気付いてやれなかったんだろう…。



梶原君のお母さんは『よくない商売』と表現した。
私は、あることを思い出す。


妙に浮かれていたママの声。
実入りのいい仕事。
『川野さん』の紹介。
…そして、臨時収入。


「先月、みんなですき焼き食べたよね。臨時収入があったって…。ママが今もその仕事をしてるか、聞いてる?」
「うぅん。聞いてない。臨時収入って言葉はそれから1回も出てないと思う」
「そう…」


時刻はすでに午前1時を回っていた。
家計簿は定位置に戻し、進にも、もう寝るようにと言った。


良くないことが起きている。
たぶん、間違いなく。


胸の奥は不穏に揺れ続ける。
それは進も同じなのか、何度も布団の中で寝返りを打つ音がする。
考えれば考えるほどに目は冴えていく。


どうか、大事おおごとにはなりませんように。
そう、何度祈ったか分からない。


つらく、苦しい夜だった。







いつも拍手をありがとうございます。
物語は佳境に入ります。本日より転章スタートです。
最後まで応援よろしくお願い致します!
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2 Comments

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2019/10/01 (Tue) 08:47 | REPLY |   
nainai

nainai  

み様

こんばんは。コメントありがとうございます(*^^)v

そうなんです。トラブルメーカーはパパであるイメージが強いのですが、今回はママがやらかしております…。何を、という部分は次話で明らかになってきます。
類の方にも動きがありましたね。ブロス一家を歓待させる圭悟の意図は何か? それについても後述がございますので、類のターンを待っていてくださいね。

起承転結の『転』章の位置付けなので、二人には難題が待ち構えております。それをどう乗り越えていくのか。どうぞ最後までよろしくお付き合いくださいませ。

2019/10/01 (Tue) 23:02 | REPLY |   

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