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視線 ~38~

Category*『視線』
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「えっ!? 今日は出勤してないんですか?」

ママのパート先は隣町のスーパーマーケット。仕事中のママを呼び出してもらおうとすると、同僚の女性から今日は非番だと説明される。
今朝は早番だからと慌ただしく出て行ったのに、どうして…。

「以前に比べて、牧野さんのシフトは不規則になったからねぇ」
「…すみません。私、勘違いしていたみたいで。ありがとうございました!」


礼を述べて店を出ると、私達は行き詰まってしまった。
ママは携帯電話を持っていない。こちらからは連絡の取りようがない。

「…どうする?」
「探しようがないよ。…進、これからの予定は?」
「午後からサッカー部の連中と遊ぶ約束をしてる。…断った方がいい?」
「うぅん、行きなよ。私もバイトあるし、これ以上は…。ママとは夜に話そうね」

私が帰るまで話をするのは待っていてほしいと言い、進とはその場で別れた。
今朝遅らせた出勤時刻もとうに過ぎていて、叱責を覚悟で千石屋に向かった。



「…くし。つくし! 補充の列、間違ってるよ」
「…え? …あぁっ」
「どうしたのよ? 心ここに在らずじゃない」
「ごめん…ちょっと疲れてて…」

優紀の心配そうな声に力なく笑い、ショーケースの陳列をやり直す。
さっきから、こうしたミスを連発していた。
ママのことが気がかりで、仕事が手につかないのだ。

家庭の事情で出勤時刻が遅くなったことを詫びると、女将さんからは連絡だけは先にするようにと軽い叱責を受けた。優紀にも迷惑かけた分、仕事を頑張ろうと思うのに、時間があればこうして考えてしまう。


ママは今、どこで、何をしているのか。
『川野』さんと一緒にいるのか。

勧誘の際に自分を例に挙げたのなら、ママももちろん出資しているということだ。
臨時収入とは、配当金だったのだろう。
実際、いくら出資しているのか。
そのことの危うさを分かっているのか。


一刻も早く、答えが知りたいのに。
不安と、焦りと、もどかしさで身を焦がしてしまいそう。
でも、内容が内容だけに優紀にも明かせない。
打ち明けられないことへのフラストレーションを、嫌というほど味わう。

優紀は夜に家族と約束があるようで、少し早めに仕事を上がった。
私はなんとか意識を仕事に集中させ、店が閉まるまでのつらい時間を耐えた。




別れ際、女将さんには優しく労われた。

「今日はクリスマスなのに、遅くまでありがとうね。調子よくないみたいだったけど、大丈夫かい?」
「…はい。遅刻してすみませんでした。明日からは気をつけます」

女将さんは厳しいことを言うこともあるけど、優しいところもある。
商売人らしいあっさりとした性格だ。

「これ、私からのクリスマスプレゼント」
「えっ。…あっ、ありがとうございます!」

『寸志』と書かれたポチ袋と、近くのパティスリーの紙袋。
今日は大入りだったのだな、と嬉しく思った。


馬場さんはいつもの場所で待機してくれていた。
迎えの日、彼は一度として遅れたことがない。完璧な仕事ぶりだ。
馬場さんの笑顔に癒されながら、私はリモの後部席に乗り込む。

車が走り出して間もなく、女将さんからもらったパティスリーの紙袋を開けた。
中には、クリスマスツリーを模ったアイシングクッキーが入っていた。
一枚取り出して噛り付くと、シュガーの甘みとバターの香ばしさが、疲れた体に染み渡った。思い返してみれば、今日は昼食を食べた記憶がない。



類に会いたい、と思った。
切実に。


…だけど。


たぶん、牧野家は、これからとても困った局面を迎えるはずで。
それはお金が絡んだ大きな事案で。


とてもじゃない。
類を巻き込むわけにはいかないと思った。


…違うな。そうじゃない。
こんなとんでもないこと、類に知られるわけにはいかないと思ったんだ…。





「お帰り! 今日も遅かったのねぇ」

自宅に帰り着けば、ママの呑気な声が私を出迎えた。
パパは腕枕をしながら横になり、ゆったりとテレビを楽しんでいる。
進だけが緊張した面持ちでこちらを見つめていた。

ママのバカ。
私達の気持ちを知りもしないで。

「早く手を洗ってきなさい。今日はクリスマスだから奮発したのよ~!」


『奮発』という言葉に、唇が震えた。
ざわりとした感覚が全身をめぐり、冷や汗が噴き出る。


「ママ…」
「なぁに? …どうしたの、怖い顔して?」

私の顔を見て、ママは作業の手を止める。
その表情が怪訝そうに変わる。

「…クリスマスだからって、牧野家は贅沢する家庭じゃなかったよね?」
「えぇ? だって、そういう気分だったから…」
「臨時収入があったから? それって何の仕事の収入なの?」

自然と声が尖る。ママは口をつぐんだ。

「どうしたんだい?」という、のんびりとしたパパの声。
それを無視して話を続ける。
順を追って冷静に話そうと思っていたのに、すでに感情がコントロールできない。



「社宅の中で、ママの噂が流れてるの知ってる?」
「えっ?」
「ママが詐欺に引っかかってるんじゃないか、加担してるんじゃないかっていう噂」

ママの顔色が変わった。
パパも驚きの声を上げる。

「今朝、進と一緒にママのパート先に行ったの。でも非番だって。シフトは不規則になってるからって。…どうして? 今日は一日中、どこで何してたの?」
「それは…」
「川野さんと一緒だったの? 怪しい勧誘活動をしてたの?」


矢継ぎ早に質問をぶつけてしまう。
否定するならすぐ否定して。
なのに、ママはうろうろと視線を泳がせるだけで何も答えない。
私の目には涙が滲んだ。

「投資ファンドがどれくらいリスキーなものなのか、ママ、知ってるの? 資産運用のビギナーが手を出すべきものじゃないし、配当が数%って異常な数字だよ? 信用できる会社かどうか、ちゃんと調べたの? 特殊詐欺にはその手の事例が多いこと、大人なんだから知らないはずがないよね?」
「…………」
「ちゃんと質問に答えてよっ!! ママッ!!」

詰問は次第にヒートアップしていき、最後は叫ぶような声になる。



答えてよ。
誤っていることがあるなら、違うって訂正して。
お願いだから…!



ママはようやく口を開いた。
詐欺なわけがない、川野さんに騙されているはずがない、という抗弁が始まる。

何のことはない。ママは純粋に信じていたのだ。
自分が騙されているかもしれないこと、自分がしてきたことに、その時点まで一片の疑念も感じていなかった。そのことが何よりも憤ろしい。




全容を聞き終える。
身を刺し貫いたのは、圧倒的なまでの絶望感。
強い眩暈を感じてテーブルに手をつき、瞼を閉じる。

類が見せてくれた眩いまでの光の洪水が、瞼の裏をひと際強く焼く。
やがて光は急速に遠のいていき、暗闇だけをそこに残した。



私は、目を開けた。
現実から目を逸らさず、正しい行動をとるために。

「ママ。すぐ川野さんに連絡して。私達にも同じ説明をしてもらいたいの。本当に信用できる人なのか、知りたいから」






いつも拍手をありがとうございます。

つくし、試練の時です。
厳しい展開になりますが、最後まで応援よろしくお願いします。
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2 Comments

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2019/10/05 (Sat) 09:33 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。いつもありがとうございます(*^-^*)
厳しい展開の中でのコメントはとても励みになります~。

ママがどんな風に深みに嵌まっていったのかは、いずれ後述があります。被害者であり、加害者でもある。ある意味で最悪のパターンを踏んでいるのです…。

毎度のことながら、難しい題材を選んでしまいました。四苦八苦しつつ終盤を書いています💦 最後はなるほど…と唸っていただけるように頑張ります!

2019/10/05 (Sat) 21:17 | REPLY |   

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