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視線 ~41~

Category*『視線』
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それは初めて見る表情だった。
類の動揺が痛いほど伝わってくる。


彼は何度も口を開こうとして躊躇い、やっと言葉にしたのが次の問いだった。

「それは、俺と別れたいってこと?」
「……うん。……その方がお互いのためだと思うの」

再び、彼は無言になる。
その様子を見ているのがつらくなって、あたしは彼から視線を逸らした。



類に述べたことは、別離を決意させた理由のすべてではない。
だけど、あのことを話すつもりはない。
彼には知られたくないから。…絶対に。



「…祖父や伯母に引き合わせたことが、相当なストレスになってる? だったら、稽古はやめたっていいから…」
「うぅん、そうじゃない。オーナーや女将さんは本当に良くしてくれたよ」

交流を持ったのは短い期間だったけれど、あたしは彼らの人間性に強く惹かれた。
今も、心から尊敬している。
二人の教えは、これからもあたしの中に残り続けるだろう。


「俺の両親のことなら不安視しないでいい。父親に何か言われることがあっても、俺が適切に対処する」
「…無理しないでいいよ」
「無理じゃない。一緒に頑張るって言ってくれたろ?」
「…ごめんなさい。やっぱり、あたしにはできない…」

何も持たないあたしだから、せめて自分磨きをと思っていた。
新しい知識を取り込んでいく過程は、充実していて、楽しくて。
何年かかってもいい。
類の傍にいられるなら、どんな努力も惜しまないつもりでいた。



だけど、本当の問題はそういうことじゃなかった。



「…なんで?」

声がはっきりと怒気を孕む。
類はあっという間に距離を詰めて、あたしの二の腕を強く掴んだ。
その手が震えているように感じて、涙が出そうになる。


どうして、あたしは、彼を傷つけるようなことをしなくちゃいけないんだろう。
誰よりも大切で、愛しい存在なのに。


「言ったよ。ずっと傍にいてほしいって。俺にはあんたが必要だって」
「……………」
「牧野が頷いてくれて、俺、嬉しかった。同じ気持ちでいてくれてると思ってた。…それなのに、どうして?」
「……………」
「疲れたら休めばいいよ。一朝一夕でできることじゃないって最初に言ったろ?」
「…ごめんなさい…」



泣きたい。
声を上げて。

だけど、類の前で泣くつもりはなかった。
彼を傷つけているのはあたしだ。
それなのに、自分を憐れむなんて可笑しなことだ。



「牧野に向けた、悪意に満ちた視線があることは知ってる。…俺が、あんたを守り切れてないことも分かってる」
「…至らないのはあたしだから、類は悪くない」
「俺、もっと努力するから。判断は時期尚早だよ。あんたへの評価はいずれ大きく変わる。だから…」

あたしは腕を掴む類の手に触れ、やんわり解いて後退る。
お互いの手は寒さに凍えて硬くなり、その温もりを伝え合わない。



「…俺が…」

あたし達の間に空いた、一歩分の距離。
そこを吹き抜ける一陣の風。
隔たりを強く意識する。

「俺が、あんた以外の女と付き合っても、平気なの?」

そんなの嫌だ!
だけど、正反対の言葉がこぼれ出る。

「あたしとのことは、前哨戦だったと思って」
「……………」
「類がこれから出会うたくさんの人達の中に、きっと、もっと素敵な女性ひとがいる。…あたしなんかに拘ることはないの」



「誰かに、何か言われた?」

あたしは小さく首を振る。

「何か圧力がかけられてるなら、ちゃんと言って」

もう一度、首を振る。
外的な圧力がかかったわけではない。
すべては、あたしと家族の問題だ。



彼は溜め息を吐く。
重く。長く。



「…納得できない…」
「……類……」
「俺は、別れない」

彼はそこまでを告げると、今度はだんまりを決め込んだ。
無言の押し問答なのだと理解する。

あたし達の間を吹き抜ける風はより冷たさを増し、この膠着状態が恐ろしく長く続くことを予感させた。
彼があっさりと別れを承諾しないことに、密やかな喜びを感じる自分を深く恥じながら、あたしはこの苦しい時間が早く過ぎ去ってくれることを一心に望んだ。



「…もう一度、考えてみる」

あたしは根負けするような素振りでそう申し出た。
類からは、それだけじゃダメだと、無言の首振りが返る。

「考える時間が欲しいの。…冬休みが明ける前の日、類に会いに来るから」

具体的な提案に、彼がわずかに反応を示す。

「…本当に?」
「うん」
「約束だよ?」
「うん」

そうして、あたしは、守らないつもりの約束をする。






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4 Comments

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2019/10/11 (Fri) 00:48 | REPLY |   

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2019/10/11 (Fri) 01:04 | REPLY |   
nainai

nainai  

ふ様

こんばんは。コメントありがとうございます(*'▽')

転章という位置付けにより、幸せモードは一転してしまいました。二人がイルミネーションを見た夜から10日も経っていないのに…💦
二人の別れを書くのは『asymmetry』以来です。つくしに何をどう言わせようかと相当悩んだ部分でした。タイトルの『視線』に込めた私の想いを表した部分でもありました。

しばらく切ない展開が続きますが、納得のラストを迎えられるように鋭意努力中です。最後までよろしくお付き合いくださいませ。

2019/10/11 (Fri) 22:50 | REPLY |   
nainai

nainai  

10/11 01:04にコメントくださった方へ

↑ 今回はお名前の入力がなかったので、念のためこのように表記しております。


こんばんは。コメントありがとうございます(*^^)v

二人の別れをじっくり書くという胃の痛くなる作業を続けております…。類の回想という形式でサラッと流してもよかったのですが、敢えて拘って二人のやり取りを書きました。たぶん本作で一番悩んだ部分です(^^;)

この時点で、つくしの心は決まっていますが、類の心も決まっています。今後の展開をお楽しみください。

2019/10/11 (Fri) 23:03 | REPLY |   

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