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視線 ~42~

Category*『視線』
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牧野を信じていた。
一週間後、ここに再訪すると約束した彼女を。

淡々と吐露された心情。
俺が気付いてやれなかった苦悩の数々。

そこに嘘は感じなかった。
ただ強く、何かを隠したがっていることは察知していた。




大晦日の夜、両親は数ヶ月ぶりに本邸に戻ってきた。

今回の日本滞在は2日間の予定。
その後、アメリカ・ロサンゼルスを経由して、フランスに戻る逆航路をとる。
ロスへは友人を訪ねに行くのだそうだ。

ブロス家の歓待については、珍しく父から誉め言葉をもらった。
夫妻からは丁重に謝辞を述べられたのだという。


折を見て、牧野との顔合わせを延期したい旨を申し出た。
彼女の体調不良を理由に挙げれば、それ以上追及されることはなかった。
ごく簡単に済んでしまった会話に、俺は安堵すると同時に不穏な気持ちに陥る。
牧野の存在を軽んじられたようで嫌だったのだ。



冬季休業の最終日。…牧野との約束の日。
花沢邸に日時指定の宅急便があった。


差出人は牧野。
発送日は12月30日。
中身は電源の切られたスマートフォンと、俺宛ての手紙。
手紙の内容は読まずとも分かった。
俺への感謝と別れを告げるものだった。



馬場に昼下がりの都内を走らせ、牧野の住む社宅へと急行する。彼女の部屋の前まで行って、迷わずインターホンを押す。二度、三度。
…だが、返答がない。
それでも玄関先でしつこく室内の気配を窺っていると、隣の住人が玄関先から顔を覗かせ、俺に声をかけた。

「牧野さんなら、昨日引っ越されましたよ」

どこへ?と問うも、隣人の男性は牧野家との交流が浅く、詳細を知らなかった。

「普通、この時期に部署替えはないんですけどね。なんだか急に決まったようだから、ご家庭の事情かもしれませんよ」




唐突な別れ。
それも、ひどく一方的な。




その衝撃は大きく、それから自室に戻るまでの記憶がなかった。
気がつけば、自室のベッドにダイブしていて。
気がつけば、部屋も外も真っ暗になっていた。


牧野に、彼女の家族に、何があった?
この先の行動を考えなくてはと思うのに、思考回路は止まったままだ。
たぶん、牧野には、最初から俺との約束を守る気がなかった。
あれは場を逃れるためだけについた嘘だったのだ。


拒否権なしに突きつけられた別れに、俺は苦悶した。
耐えがたいほどの寂しさと、虚しさと、やるせなさと。
すべてが綯い交ぜになって身の内で暴れ回り、眠ることができなかった。
ようやくまどろむことができたのは明け方、空が白む頃―。





翌朝からは新学期だったが、当然ながら俺は登校しなかった。
そのうちスマートフォンが鳴り始める。
いったん切れても、しつこく、何度も。

相手はあきら。
電源まで落とそうかと悩んだ末に、電話に応じる。

親友からもたらされたのは牧野退学の報。
「そう」とだけ言えば、驚愕の声が返った。
そのまま主電源まで切って放置していると、1時間もしないうちに、あきらではなく総二郎が邸を訪ねてきた。



「類! 何があったんだよ!」

総二郎は一人だった。
話したくないとジェスチャーすると、呆れたように嘆息される。

「ギャアギャア騒ぐ司をあきらに任せて、あえて一人で来てやったんだ。俺がこのまま何の情報も得ずに帰れば、司がここに怒鳴りこんで来るがそれでもいいのか?」

自明の理だと言わんばかりの投げかけに、俺はムッとする。
抑えていた感情が爆発する。

「そんなこと、誰も頼んでないだろ! 勝手に介入してくるなよ」
「…類?」
「牧野はおそらくもう都内にはいない」
「はぁ!?」
「…何も明かされなかった。こんな、別れの手紙だけ寄越して…っ!」


約束したのに。
俺に会いに来るって。
来ないかもしれないという予感もあった。
だけど、強いて彼女を信じてきたのに。


総二郎は、俺の明かす事実の羅列に驚きつつも、やはり冷静さを失わない。
牧野の短い手紙を拾い上げてさっと目を通し、俺に問う。


「…それで?」
「…………」
「お前はフテ寝してるだけなのかよ。この事態に」

責められる筋合いなどない。

「…別れた方がお互いのためだって…」
「なんだよ、それ? 少し前まで普通だったろうがよ。…いろいろ訳わかんねぇし、順を追って説明しろ」
「断る」



牧野の心の声を聴いてからのこの一週間、ずっと自問していた。
俺の何がいけなかったのか。
どうすれば、彼女の気持ちを繋ぎとめておけるのか。

必要なら少し距離を置いてもいいと思っていた。
手離すのは嫌で。
別れるなんて絶対に嫌で。
それ以外の選択肢でなら、どのような譲歩も厭わないつもりでいたのに。




総二郎は、もう一度深く溜め息を吐いた後で、こう言った。

「お前がそういう態度なら、牧野のことはこっちで勝手に調べるぞ」
「余計なことするなって!」
「別れたなら、もうお前の範疇外だろ。いちいち断りとか要らねぇよな?」
「…別れたつもりはない」

俺は苛々と歯噛みする。
総二郎はそんな俺を優しく見やって、ささくれ立った感情を宥めるように言う。



「…きっと理由があると思うぞ。牧野がそうした行動をとったのには。……今は冷静に考えられないかもしれないが」
「…………」
「置いて行かれた自分を憐れむより、何か困った事態に陥ったかもしれない牧野のことを案じてやる方が賢明だと、俺なんぞは思うんだがな」
「…自分を、憐れんでなんか…」
「俺ら三人は、一応、牧野のダチでいるつもりだ。あいつ、いい女じゃねぇけど、いい奴だしな。俺達の誰でも大抵のことは手助けしてやれる立場にある。……だが、それはお前の役目だろ? あいつのヒーローはお前じゃん?」

総二郎の淡々とした口調に、次第に頭が冷えていく。



「お前がやらなきゃ、司が出張でばるぞ」
「…まだ諦めてないの?」

ふっと柔らかい笑みが返る。

「司にとっても、牧野は特別な存在なんだよ。本人が自覚してる以上にな。類の女だからって遠慮がなきゃ、とっくの昔に本人に迫ってるさ」
「…………」
「俺はお前のダチでもあるが、司のダチでもある。で、堰としての役割はもう限界。…解るよな? この意味」






いつも拍手をありがとうございます。
花沢邸に来るのをあきらにするか、総二郎にするかを迷って後者に。

*****

台風19号が上陸しましたね。
降水量を示すナウキャストの赤い表示にゾッとします。
祈ることしかできませんが、どうか甚大な被害にはなりませんように…。
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