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視線 ~45~

Category*『視線』
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「ただいま帰りました」

解錠し、磨りガラスの入った引き戸をカラカラと横に開ける。
奥に声をかけると、廊下の先のキッチンから女性が顔を覗かせた。

「お帰りなさい。寒かったでしょう。進君はまだ?」
「そうみたいです。…夕食の準備ですか? お手伝いします」
「あぁ、いいのよ。宿題してて」
「大丈夫です。学校で終わらせてきましたから」


大きく笑んで出迎えてくれたのは、この家に住む渡部わたべみやこさん。
続柄でいうと、ママのはとこ(いとこの子供同士の間柄)にあたる女性だ。
今、あたしと進は、静岡県湖西市にある渡部家でお世話になっている。渡部家は愛知県豊橋市との県境にあり、両親が住むアパートからも10kmほどしか離れていない。

都さんは48歳でママより年上だ。
静岡西部の工芸品、遠州えんしゅう木綿の工房を切り盛りしている。
ご主人を早くに亡くされ、女手ひとつで娘の実乃里みのりさんを育て上げた。実乃里さんは昨春、名古屋市内で就職したため、ここには都さん一人が住んでいる。



キッチンに並んで立ち、他愛ない話をしながら夕食の準備をする。

「どう? 学校には慣れた?」
「はい。すっかり。先生もクラスメイトも親切にしてくれます」
「あそこは進学校だけど校風は割と自由だから。つくしちゃんに合うと思ったのよ」

あたしが通う豊橋市の公立高校は、実乃里さんの母校でもある。
ここからは県境を越えて約5km。自転車なら30分ってところ。
編入試験に合格し、通い始めてから1週間が経過した。
制服も鞄も、実乃里さんのお下がりを使わせてもらっている。


準備が終わる頃、タイミングよく進が帰ってきたので、三人で食卓を囲んだ。
食後は離れの工房に戻って仕事をするという都さんに、片づけを買って出る。
進と二人、雑談をしながら、食器洗いと明朝の食事の準備をした。

入浴後は、炬燵で勉強タイム。
授業の進度は英徳高校の方が進んでいたから、勉強面の問題はないあたしと違い、進の方は少し遅れている。現在の水準に追いつかせるため、毎晩、進の勉強を見てやっている。もちろん自分の勉強も並行して。

「姉ちゃん、ここ教えて」
「えっと…これはこの公式を変形して応用するんだよ。やってみて」
「あぁ、なるほど…」


東京にいた頃は、こんなふうに進に勉強を教えてやる暇なんてなかった。
あたしは学校とアルバイトに忙しくて、ほとんど自宅にいなかったから。
でも、学生の本分は学業なのだし、これがあるべき姿なのだと思う。

「…解けた!」
「類題も解いてみなよ。そこ、絶対試験に出るからね」
「うん。…あと、英語で分からない所がある」
「先に問題見せて」


今日の課題を終え、勉強道具を片付けていると、都さんが工房から戻ってきた。
冷えた手足を炬燵に入れ、二人とも頑張ってるね、と優しく微笑まれる。
まだ起きているという都さんにおやすみを言い、あたしと進はそれぞれ貸し与えられた部屋に戻った。

進は客間を、あたしは実乃里さんの部屋を借りている。
実乃里さんの私物のほとんどは名古屋の住まいに運ばれていて、こざっぱりとした部屋の床に自分で布団を敷き、そこに潜った。
寝具からは牧野家とは違う洗剤の香りがする。目を閉じれば、新しい住まいと職場で頑張っているだろうパパとママのことが浮かんで、また心配になった。


明日は電話をかけよう。
無理しすぎていないか、確かめよう。



*****



クリスマスの夜。
牧野家はかつてない危機に直面していた。


「ママ。すぐ川野さんに連絡して。私達にも同じ説明をしてもらいたいの。本当に信用できる人なのか、知りたいから」

あたしの発言を受けて、ママはすぐ川野さんに連絡を取った。
だけど、彼女の携帯電話は圏外である旨を伝えるだけで、折り返しもかかってこない。その時点では、ママはまだ彼女を信じていた。



相手からの連絡を待つ間、ママは、あたし達の質問に一つずつ答えた。
川野さんとは、パート先の同僚の仲介で知り合ったという。
仲良くなってすぐ、副収入源として投資ファンドを持ち掛けられたこと。
同僚に倣い、試しに少額を投資したらすぐ数%の配当が戻って驚いたこと。

その後、川野さんから、副業として投資ファンドの勧誘活動に誘われたという。
自分の紹介で加入者が増えれば、紹介手数料をもらえる上、配当の割合が増えるシステムだと説明されたこと。
現に、同僚は自分を紹介したことで利を得ていたと知ったこと。



見栄っ張りで、世間知らずで、おだてに弱いママ。
相手からすれば、絶好のカモだったに違いない。
実際、川野さんはママを褒めそやすことで懐に潜り込んできたようだ。


―娘さんを、あの英徳に入れているんですって? 
―教育熱心なのね。すごいわ。
―家族のためにパートを頑張っているのね。
―牧野さんはもっと労わってもらうべきよ。


日頃から褒められたり、労われたりすることの少ないママは、そうした共感の言葉が本当に嬉しかったという。川野さんは、会えばいつも優しい言葉をかけてくれ、ママの気分を上向かせてくれた。


―仕事も丁寧で、テキパキしていると伺っているわ。
―割のいいお仕事があるんだけど、牧野さん、副業には興味ない?


『副業』と聞いて、ママはすぐその話に飛びついてしまった。
労せずして稼ぐことはできないと、社会の常識として分かっているはずなのに。
だけど、家計のやり繰りに困っていたママは、親切で優しい川野さんの言うことを鵜呑みにしてしまった。そこが相手の狙い目だったというのに、何の疑いもなく。


最初は少額だったママの投資額は急速に増えていった。
その間、配当はきちんと支払われた。戻ったお金を生活費に使ってしまうこともあったけれど、ほとんどは次の投資につぎ込んだという。
遂には、定期預金を解約して引き出してしまっていた。

プラスマイナスを集計すると、最終的にうちが失ったお金は80万円。プラス分も結局は余計な物を購入して散財したこともあり、実質的な被害額はもう少し上だ。
世間的にはたったそれだけと思われるかもしれないけれど、牧野家にとってのその額面は驚くべき数字だった。



問題はそれだけに留まらない。
ママは勧誘活動を通じて、自分の友人にこの投資ファンドを勧め、実際に加入させてしまっていた。集めた金額は三人から50万円ずつ、計150万円。

ママだけが騙されたのならまだいい。
より大きな問題は、友人達を事件に巻き込んでしまったことだ。
ママの社会的な信用を失ってしまうことだ。



その夜、いくら待ってみても川野さんからの連絡は来なかった。
もう遅いからだと、朝には連絡が来るはずだと、ママは頻りに言っていた。
これまで相手が連絡に応じなかったことは一度もないから大丈夫だ、と。

…本当は、ママも怖くなっていたんだと思う。
だけど、詐欺であっては困るから、必死に川野さんを信じようとしていた。



皆、ほとんど眠れずに朝を迎えた。
相手からの音沙汰は一向になく、牧野家の緊張はいよいよ高まっていった。






いつも拍手をありがとうございます。
次話はつくしの回想からのスタートです。

*****

私事ですが、今月下旬にひとつ年を重ねます。
管理人の年齢についてこれまで触れたことはないのですが、若くなく、若くなくもなくという微妙なお年頃です。ま、お察しください(*ノωノ)

先日、毎年受けている会社の健康診断で、初めて要検査の通知をもらいました。自覚症状もなく、思いがけない項目での精密検査に、最悪の事態を想定してかなり気落ちしました。ネットで調べても、気分は晴れるどころか落ち込むばかりで…。

今日がその再検査の日でした。結果は異常なし。
心配ないです、と医師に言われるまで、正直怖くて仕方なかったです。ホッとした瞬間に涙が出て、最初に浮かんだのは子供達の顔でした。旦那さん、ごめんよ(^ ^;)

どんなに気を付けていても免れない病気もありますが、とりあえずは今日一日に感謝して、明日、それに続く毎日を頑張っていこうと思います。
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6 Comments

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2019/10/19 (Sat) 02:24 | REPLY |   

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2019/10/19 (Sat) 10:09 | REPLY |   

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2019/10/19 (Sat) 11:55 | REPLY |   
nainai

nainai  

は様

こんばんは。温かいコメントをありがとうございます(*'ω'*)

切ない展開もOKと言っていただけて、とても嬉しいです。今作のつくしも、これまでの作品とは違う意味で苦悩します。他の作品では、両親のダメダメっぷりにあえて焦点を当ててこなかったんです。
終盤はぐぐーっと押し上げますので、そのタイミングを待っていてくださいね。最後は、なるほど…と唸っていただければ本望です。

は様とは誕生日が近いですね。お互いにおめでとうございます! 
今回は健診結果が何もなくて本当に良かったです。健康に留意しながら、日々平穏に暮らしていきたいものですね…。しみじみと…。
天候不順の折、は様もご自愛くださいませ。ありがとうございました。

2019/10/19 (Sat) 18:12 | REPLY |   
nainai

nainai  

a様

こんばんは。温かいコメントを頂戴しました。
ご自身の体験談も教えてくださり、ありがとうございます<(_ _)>

今後も年を重ねていく上で、健康問題からは離れられないと思うのですが、自分も家族も友人も、そして読者様も皆、日々健やかであってほしいと願うばかりです。
来年もドキドキするとは思いますが、健診はしっかり受けます(笑)

本作の方は苦しい展開ですが、もうすぐ転機が訪れます。私の視点はどうしても日陰の部分に当てられがちですが、日陰があるからこそ日向の際立ちがあると思っているので、思惑通りに持っていけるように頑張ります。
二人がどのような再会を果たすのか、終盤に向けてV字回復を狙いますので、どうぞ最後までお楽しみください。ありがとうございました。

2019/10/19 (Sat) 18:18 | REPLY |   
nainai

nainai  

麦様

こんばんは。検索してみましたが、どうやら初コメントのようでした。
今回温かいコメントをいただく機会を得て、とても嬉しいです(*´ω`*)

韓国版は見ていないのですが、他サイト様の内容紹介であらすじや設定は知っていて、日本版から改良されている部分やジフの切なさが半端なくて、いい作品だなと感じました。今は忙しくて難しいのですが、いつか時間を見つけて観てみたいと思っています。
私は自分でも書きつつ、他CP作品も読む方なのですが、やっぱり類つく推しです。今後もそれ一本で頑張っていこうと思います。

今回の健診結果には本当に驚かされました。良くないと思いつつ、ネット検索をやめられず…。でも再検査までの間に、ある程度の知識を頭に入れて臨みました。無事、誕生日を迎えられそうで良かったです。
ありふれた日々の有難さを噛み締めつつ、実生活とサイト運営とをバランスよく保っていきたいと思います。ありがとうございました。

2019/10/19 (Sat) 18:25 | REPLY |   

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