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Category第1章 紡いでいくもの
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専門学校の試験に合格したことを報告すると、皆一様に祝福してくれた。
祝賀会と称しては、何度も食事会を開いてくれた。
…単にあたしをダシに、騒ぎたかっただけかもしれないけど…。
試験の合格発表は12月中旬だった。
あたしは学期末を待たず、年内最後の講義があった日に大学に退学届を提出した。4月の入学までの間にできるだけバイトをして、学費を貯めておこうと考えたのだ。
F3による教養の稽古も、時期を同じくしてすべて終了させてもらうことになった。あたしのスキルは彼らのおかげでこれ以上なく高められていた。それが後々になって、大いに役に立つことになるとは、そのときはまだ思いもしなかった。


以前よりは自由の利く身となったあたしは、桜子にお願いして、彼女からメイクについてのレクチャーを受けることになった。ファッションにおいてはメイクも不可欠な要素で、その出来によっても服のイメージは大きく左右される。
あたし自身はほとんど化粧をしなかったけれど、知らないで済まされることではないのだからと積極的にその知識を取り入れた。卒業後は美容系の会社を興そうとしている桜子の、メイクに対する造詣は深く、あたしは彼女の持つスキルに大きな感銘を受けた。
ときには桜子の家に滋さんも優紀も集まって、4人で他愛ない話をしながらファッションショーみたいなことをすることもあった。


そして、3月末。
あたしの入学祝いと銘打って、いつもより盛大な飲み会が催された。
「つくし、昔から家庭科は5だったもんね」
優紀が笑って言うのに、あたしは顔をしかめてみせる。
「う~ん? それが適性というかどうかはちょっとね…」
「ふふっ。いつか、あたしに素敵なドレス作ってね!」
「優紀のためなら。期待しといて!」
あたし達はクスクスと笑い合う。

「ね、つくしぃ。専門学校は2年間? 3年間?」
ちょっとだけ酔っぱらった目をした滋さんが、ぎゅうっとあたしにしがみついてきた。滋さんは相変わらず可愛い。そんなに食べて飲んで、抜群のプロポーションをキープだなんてズルい…っていつも思う。
そして、毎度のことながら、絡まってくる腕の力がとっても強い…。
「3年間、です…っ、滋さん…苦しぃ…っ」
ぎりりっと首元が締まる。
「卒業したら滋ちゃんとこの会社においで~? 優遇するよ~」
そのまますりすりと頬ずりされて、意識が遠くなりかける。
「…ぐっ…」

「滋さんっ、先輩の顔色がおかしいです! 離れて! …先輩は『fairy』に就職するおつもりなんでしょ?」
桜子が滋さんの腕を取り、あたしから引き剥がしてくれながら、あたしの代わりに説明してくれる。
「あ~ん、そうなの?」
「…ケホッ……まだ、分かんないけどね」
あたしは締められた喉元をそっと撫でつつ、言葉を返す。
「しばらく八千代先生のご指導は受けないことになったの。固定観念に囚われないように、いろいろな先生の指導を受けなさいって先生が仰るから」
美作さんが、あたしに烏龍茶を手渡してくれながら言う。
「ばあさんが褒めてたぞ。お前は根性があるって」
「根性ね…。うん、根性だけは自信があるよ」
『先生』とあたしがいうのと、『ばあさん』と美作さんがいうのが、同じ人物を指しているとは思えなくて、あたしは思わず苦笑する。


あたしは、アトリエに合格の報告をしに行った時の先生の言葉を思い出す。
先生は仰った。
『多くの物の見方、考え方を習いなさい。デザインの道は一つじゃないの。あなたがいま、どんなにわたくしの『fairy』を好きでいてくださっても、あなたが目指すデザインは、また新たに違った方向へと向かうかもしれません』
『たくさんのことを学んだ結果、もし最終的に追い求める理想がうちのデザインと合致するのなら、うちへいらっしゃい。もし違うと思うのなら他に追い求めなさいな。…デザインは自由よ。だからあなたも自由な気持ちでいてね』

あたしは先生の仰る『自由』という言葉が好きだった。
幼少期に紙面上に描いたデザイン画は、ただ自由に満ち溢れていた。
それから成長するにつれて、人生には多くの制限や縛りがあって、あたしにはそう多くの自由はないんだな、と嘆いた時期もあった。だからこそ今、再び得られた自由が貴重で、何より嬉しい。


「でも、先輩が大学にいらっしゃらないなんて…桜子は寂しいです」
しおらしく俯いた桜子の言葉に、あたしはちょっとだけ胸を熱くする。普段はクールで毒舌な彼女にも、そうした殊勝しゅしょうな一面があることをあたしは知っている。
「…心なしか構内が静かになったよな」
西門さんがにんまりと口角を上げる。
「えぇ、えぇ。…さぞや、静かでいい環境に様変わりしたんでしょうね?」
皮肉には負けられない。
すると、彼はパチンと音がしそうなほどのウインクを寄越した。
―えぇいっ。無駄に色を振りまくんじゃないっ!

「学校が変わっても、またこうして遊んでくださいね」
桜子が言う。
「どれくらい忙しいか分からないけど、あんたたちに不義理はしないつもりだよ」
応えてあたしは笑う。その場にいるみんなを見渡して。
「みんなの友情に感謝してる。…いままで本当にありがとう。いつか何かの形でこのご恩が返せるように、あたしはあたしなりに精いっぱいやってみるよ。だから…見守っていてね」



その飲み会の帰りは、花沢類に送ってもらうことになった。あたしは明日も朝早くからバイトだったから、そうしてもらえるのはとてもありがたかった。
散会するメンバー達に手を振って別れた後、彼が呼んだ彼の邸のリムジンの後部席に並んで座り、あたしは花沢類に改めて頭を下げた。
「ありがと、花沢類」
「…何のお礼?」
先ほどの飲み会の間、彼がほとんど会話に参加しなかったのをあたしは知っていた。目は何度か合ったけれど、席が離れていたこともあって話はできなかった。途中からはソファに凭れてうたた寝をしていた様子もあり、疲れているのかもしれない、と思っていた。
「だって元気なかったし。今日はあたしの入学祝いって名目だから、わざわざ来てくれたのかなって…」
「…ん。別に疲れてたわけじゃないよ」
言って、彼はじっとあたしを見つめてきた。その目線がなぜか熱を帯びているような気がして、変に意識してしまう。


「…花沢類、酔ってる?」
「別に、酔ってない」
じゃあ、何、と問おうとして、彼が無言であたしに左手を差し出してくるのを黙って見つめる。
「…手繋いでくれる?」
「え…?」
あたしは訳が分からないながらも、彼があたしに何かを訴えかけていることだけは分かり、おずおずと右手を差し出した。少しひんやりした彼の大きな手が、あたしの手を優しく包みこむ。

いつかの思い出が蘇る。
「前にもこうして手を繋いだね…」
あたしがしみじみと言うと、いつのことを話しているのか察してくれた花沢類が小さく笑う。
「大河原の別荘での話?」
「うん…もう3年以上も前の話なんだよね」


あの夜、ひどく傷ついた心にずっと寄り添ってくれた彼の優しさを、あたしは忘れない。道明寺を追ってNYに行き、追い返されて一人涙したあの夜に、寄り添ってくれたことも。
「…あたし、花沢類に助けられてばっかりだったね」
―たぶん、最初にあたしを助けてくれたあの瞬間からずっと、彼はあたしのヒーローで在り続けてくれた。
そんなふうに言ったら、嫌がることは分かっているので口にはしないけれど。
「困ったことがあったら言ってね。あたし、あんたを助ける努力なら惜しまないから!」
本気でそう思うから言ったのに、彼はそれを複雑な心境で受け止めたようだった。
「あたし、変な事言ってる?」
「受け止めようによっては…。あんたに他意はないんだろうけど」

花沢類は、はぁっと小さなため息をついて、あたしから手を離した。
「ありがと。…充電完了」
急に離れていった温もりに、あたしは寂しさを感じて戸惑った。
―寂しいって、…なに?
その戸惑いを隠すために、あたしはさっと右手を引っ込める。彼の手の感触が、なぜか、いつまでも掌に残った。


「牧野が新しいスタートを切るように、俺にも新しいスタートが待ってる」
唐突に花沢類が話し始めた。
「本社でのインターンシップ研修が始まる。本格的に仕事を覚えていくための」
「あぁ、そうだったね…。花沢類も忙しくなるね」
彼も大企業の御曹司だ。これからの日本経済を背負しょって立つ使命がある。

花沢類は少し黙り込んだ後、こう言った。
「俺のこと、困ったときに助けてくれるって言ったよね?」
「うん、言ったよ」
あたしは大きく頷く。
…これまで散々助けてもらう立場にありながら、偉そうにどの口が言えるのかって話だけど…。
「あれ、頼りにしてる。これから社会の荒波に揉まれる予定だからさ」
彼はふんわりと笑う。
後継者へ向けた過剰な期待、威光に縋らんとするおもねり、親の七光りと断じる揶揄やゆなど、挙げればキリがないほどの様々な悪感情が、おそらくは彼を待っている。
もともと対人関係は得意でない彼のこと、彼なりの処世術は身に付けていても、その環境に辟易へきえきするだろうことは目に見えていた。


あたしは微笑んだ。
「あたしは何をすればいいの?」
「別に。…ただ、これまでみたいに、ときどきこうして会ったり、電話したりして、互いのことを話したいだけ。…いままでは大学で会えば良かったけど、今後はそうはできないから」
「分かった。そんなことでいいなら、あたしはいつでもいいよ」
あたしの二つ返事に、花沢類も微笑む。
「…あんたのことだから、携帯が不携帯って事もあり得そう」
「……っ。今後は気をつけるから」
ふと外を見れば、リムジンはあたしのアパート近くの界隈までやってきていた。一緒にいられるのはあと5分くらいだろう。




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