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視線 ~46~

Category*『視線』
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12月26日は、パパもママも仕事を休んで事態の把握に努めた。
川野さんからの連絡を待つ間にいろいろと情報収集をした。

国民生活センターに電話相談すると、窓口の相談員から、そのケースは十中八九詐欺だと説明される。投資額がある程度になると、相手がそれを持ち逃げして連絡が通じなくなる典型的パターンだ、と。


ママは、川野さんの住んでいるところすら知らなかった。
会うのはいつもファミレスで、彼女に繋がる連絡ツールは携帯電話のみ。
川野さんを紹介してくれたパートの同僚も、いつの間にか仕事を辞めていて、そちらとも連絡が通じなくなっている事実も新たに発覚する。
投資会社の方にも連絡をしてみる。平日なのに今日は休業日だという。


調べれば調べるほどに疑わしく、あたし達の間には絶望感が広がっていった。
結局、その日も川野さんからの連絡は来なかった。
携帯電話の自動音声は、やがて圏外から不使用を伝えるものへと切り替わった。
ママは蒼白になり、体を震わせながら、何度もあたし達に謝った。



翌27日、パパとママは最寄りの警察署を訪れ、投資ファンドについて相談した。
他にも似たような被害が相談されていることから、詐欺の可能性が濃厚で、そのまま被害届を出すことになった。
二人が肩を落として帰宅して間もなく、パパの携帯電話に会社からの呼び出しがかかった。有給休暇中ではあるけれど、ママの仕事について確認したいことがあるため、すぐに出社してほしいという要請だった。


社宅内で広まっていた噂は、会社幹部の耳にまで入っていたらしい。
悪徳商法に類する活動は看過できず、社宅内の風紀を乱すものと見なされた。
パパは退職あるいは出向を部長から打診され、慌てて牧野家の内情を明かした。

詐欺被害に遭ってしまったこと。
今後は妻の友人達の損失分を補償していく心積もりがあること。
どうか仕事を失うことだけは勘弁してほしい、と懇願したそうだ。




あたしは英徳を辞めるつもりでいた。
森田さんの話を聞いた時から、ずっと考えていたことだった。
ママは当然のことながら、パパも進も反対しなかった。


今回の問題について、類に頼ることはまったく考えなかった。
というよりも、考えられなかった。
事情を明かすことで、花沢家のご両親から軽蔑されたくなかった。

窮状を訴えれば、類はどうにかして手を差し伸べてくれただろうと思う。
だけど、それで、ママのしてきたことが帳消しになるわけではない。むしろ、簡単に救済されてしまえば、ママが自分の罪と向き合うことを妨げられてしまう気がした。


ママは詐欺の手法についてあまりに無知だった。
あらゆるメディアで、連日その話題が取り上げられているのに。
無知のために、大切な友人をも詐欺事件に巻き込んでしまった。

悪気はなかった、信じた方が悪い、と片付けてしまうのはあんまりだ。
どうあっても騙す方が悪いに決まっているし、無知は罪になり得る。



類と交際していることを明かせずにいたのは、ママが舞い上がってしまわないようにするためだ。目論見通りの玉の輿、と狂喜乱舞するのは目に見えていたから。
交際相手の家が裕福だったとして、その恩恵を、当然のようにこちらも浴せるものと思い込めるのはなぜなのだろう。

人は自分の足で立つものだ。
家庭は自分達の手で築いていくものだ。
誰かの支えや犠牲があることを前提に、日々を暮らしていくべきじゃない。




バイトの昼休み中、あたしは千石屋から英徳高校へと向かった。
高等部の総務課は今日まで開いていた。退学届を出すと滞りなく受理される。
経済的な事情などで英徳を辞める生徒は珍しくない。
職員は何の感情も滲ませず事務的に手続きを終えると、転校のために必要な学習データと書類を取り揃え、封筒に入れて手渡してくれた。

事務棟を出て、元来た道を戻る。
高等部は休日である今日、いつもの正門は開いていないため、大学部側のゲートを通る必要があった。高等部の生徒とは出くわさない。そのことにホッとしていた。


その道すがら、あたしは類と多くの時間を過ごした非常階段に足を向けた。
一階分の階段を登り切り、そこからの景色を目に焼き付ける。
そうして、もう二度と来ることはないこの場所に別れを告げた。




大学部の構内に足を踏み入れる。こちらはまだ休みに入っていないゼミもあるのか、チラホラと学生の行き来があった。あたしは制服の上からコートを羽織っていたので、周囲の景色から浮くこともなく、誰の視線を浴びることもなかった。

一刻も早く立ち去るべく、大学部のゲートに向かっていた時だ。
あたしは視界の中に類の姿を捉えて驚愕した。慌てて植え込みの陰に身を隠す。


類には、インフルエンザに罹患したという姑息的な嘘をついていた。
退学のことも話せない。
今はどうあっても、姿を見られるわけにはいかなかった。


類は一人じゃなかった。
隣を並んで歩くのは、背の高いブロンドヘアの女性。
彼からのメッセージに書いてあった、ブロス家のお嬢さんだろうと推察する。

英徳大学の構内を案内する予定は知っていたものの、それが今日であることは失念していた。二人は類の誘導でゆっくり歩を進め、時折、短い会話を交わしていた。




―類。




往来に立ち尽くして、彼の動向を目で追う。
遠くなっていく彼の姿が徐々に滲んでいく。
心の中で必死に呼びかける。何度も。




―あたし、ここにいるよ。
―今、振り返ってくれたら、きっとそこから見えるよ。




見つかってはいけないと強く思う反面、見つけてほしいという嘆願があった。
今、彼に追及されたら、嘘を突き通す自信はないのに。
それでも、彼に振り返ってほしかった。


見つめていた。瞬きもせず。
二人の姿が見えなくなるまで。



金縛りから解けたように、あたしは歩き始めた。
ゲートを通り過ぎると、自然と駆け足になる。
白い息を吐き、見慣れた街並みを全力で走り抜けていく。
滲んだ涙は風に散らしながら、あたしは千石屋へと向かった。






いつも拍手をありがとうございます。つくしの回想が続きます。
12月27日は、英徳大学の構内でニアミスをしていた二人でした。
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