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視線 ~47~

Category*『視線』
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類と最後に話したのは12月30日。
冷たい風が吹きつける夕刻のことだった。

なぜ彼と別れたいのか、その理由を淡々と語った。
牧野家の内情については一切を隠した。
それでも彼に伝えたことも、真実、あたしの心の声だった。


酷いことを言った自覚はある。
それでも、類は、別れたくないと言ってくれた。
端正な顔を強張らせ、唇を引き結び、頑としてそれを受け入れなかった。


何度も涙が出そうになった。
だけど、それは堪えきった。
自宅まで送るという彼の優しさを振り切り、その足で最寄り駅に向かった。



渋谷駅で下車し、近くの百貨店でオーナーと女将さんに贈るご挨拶の品を選んだ。
包装の際、準備していた手紙も一緒に包んでもらい、発送手続きを取る。

彼から貸し与えられていたスマートフォンは、早々と電源を落としておいた。
手紙と一緒に丁寧にパッキングをし、駅構内のコンビニに持ち込む。一週間後まで日時指定が可能だったため、伝票に1月6日午前中と書き込み、荷を託した。


品川駅で乗り換え、新幹線の片道切符を買う。行先は静岡駅。
あたしと進は、当面の間、ママの実家でお世話になることが決まっている。
進には一足先に向かってもらった。


静岡までの1時間。
類のことだけを考えていた。

真っ暗な車窓に映るあたしは、一週間前とは別人のように生気がなかった。
不思議と涙は出ない。こんなに悲しいのに。



最後の嘘を、彼は、どう受け止めるだろう。



ありがとう。
ごめんなさい。
大好きだよ。


もう、そんなことを言える資格もないけれど。


ずっと、ずっと大好きだよー。



*****



それでも、巡り合わせというものは存在すると思う。
渡部都さんとの再会がそれだった。

「話は聞いたわ。大変だったわね。…おじさんやおばさんともよく話し合ったんだけど、良かったら二人ともうちに来ない?」

年明けの1月5日。
ママの実家に身を寄せていたあたしと進に、そう申し出てくれた都さん。
彼女に会うのは実に6年ぶりのことだった。


正月の挨拶に訪れた都さんは、祖父母からあたし達の窮状を聞かされた。
両親は豊橋での生活が落ち着き、借金返済の目途がつくまで、あたし達を実家に預ける気でいて、祖父母の方はそれを快く思っていなかった。

手助けしたい気持ちはあれども、高齢であり持病もあり、学生特有の慌ただしい生活に歩調を合わせることが難しいのだろう。
無理をお願いしているのはこちらだから、それを責めることはできない。



「私のうちから千恵子ちゃんのうちまで10kmも離れていないのよ。こんな近くに越してきたのも何かの縁だと思うの。うちからなら学校だって転校しなくて済むかもしれないわ。ね? そうしましょう?」 
「でも、ご迷惑じゃ…」
「子育てを卒業して、今は私一人なの。自分のことさえちゃんとしてくれれば、何の遠慮も要らないから、ぜひいらっしゃいよ」
「………っ」

都さんが屈託なく笑ってくれた時、緊張の糸がふつりと切れたのが分かった。
あたしは、類との別れに、これ以上ないほど打ちひしがれていたから。
抜け殻のようになって、毎日を無為に過ごしていたから。

あたしはその場でわっと泣き崩れた。
それを都さんに抱きとめられ、優しく慰められた。

ここに、あたしの涙の本当の意味を知る人はいない。それでも、抑え込んでいた感情を涙にして吐き出せたことは、きっとあたしの心のためにはいいことだった。




両親とも諸々のやり取りが済むと、都さんの車に荷を積み、あたしと進はその日のうちに静岡市から湖西市へと居を移した。そうして、静岡県に在住しながら、愛知県の公立校に越境通学することになった。

住まいと学区と越境通学の問題は、両親と都さんが豊橋の役所に掛け合い、特例としてなんとか認めてもらった。
ただし、出来る限り早く両親と同居することを前提としての、条件付き許可で。あたし達がいずれ住まいを移したとしても、今の公立校に通学することは十分可能だ。



*****



都さんは、実にあっさりとした性格だ。
千石屋の女将さんに少し似ている。
必要以上に甘やかさず、そうかと言って無関心でもなく、丁度良い距離感であたし達姉弟に接してくれた。最初は緊張していた進もすぐ都さんと打ち解け、笑顔を見せるようになった。そのことにホッとする。


それに、都さんは、詐欺に引っかかったママのことを決して悪く言わない。
静岡の祖父母はそれこそ日課の如く、実子であるママのことを辛辣にこき下ろしていたから、そうした非難の言葉を耳に入れないで済むだけでも心穏やかでいられた。




今回の一件では、ママのダメな部分が浮き彫りになった。
だけど、ママはきちんと自分の過ちと向き合い、挽回しようとしている。

友人三人には、どんなに時間がかかっても必ず損失分を補償すると謝罪に行ったそうだ。皆それぞれに詐欺に憤り、川野さんに憤り、呼び水となったママに怒りを向けた。中には、ひどく詰る人もいたという。
それでも真摯に謝り続けて許しを得て、返済には猶予をもらえたとの話だった。



そして、今回のことで、あたしの中のパパに対する評価は大きく変わった。
パパは、ママをちっとも責めなかったのだ。

そればかりか、自分の業績不振や、教育や家計に対する無関心を謝った。
自分のそういう部分も、ママの行動の要因になってしまっただろうって。
ママだけが悪いんじゃないよ。だから、一緒に頑張ろうって。
そんなふうにママを許すことができたパパを、あたしは本当に偉いと思った。



牧野家の一番の問題は、あたしが英徳高校に入学したことだったと思う。そのことによって家計は火の車になり、家族全員が余裕のない暮らしを送ることになった。
あれだけ逼迫した状況でなければ、ママも詐欺に引っかからなかったかもしれない。

受験するのはあたしだったのだから、心底英徳が嫌だったなら、試験をボイコットすることだってできた。それなのに、親に言われたからと仕方なく受験し、家計のアンバランスを深く考えぬまま、安易に進路を決めたあたしもきっと悪かったのだ。



ママにも、パパにも、あたしにも、それぞれ悪い部分があった。
だけど、よく見れば、いいところだってちゃんとある。


どんなことがあっても、あたし達は家族だ。
困っているときは支え合い、同じ過ちを繰り返さないようにしなければならない。

生活の立て直しには時間がかかるかもしれない。
だけど、やってやれないことはない。
そう信じて、前を向いて進むしかないと思うんだ。






いつも拍手をありがとうございます。
今回でつくしの回想は終了です。次話より舞台は豊橋へ。
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2 Comments

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2019/10/23 (Wed) 09:04 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます。
うっかり風邪をひいてしまい、鬱々としています…(;^ω^)

今作は一人称形式なので、物事はつくし、あるいは類の視点からしか語られません。つくしは、パパやママの言動をどうしても良い方向に解釈しがちです。“客観的に”と努めていても、彼女はまだ17歳になったばかりのティーンエイジャーなので、キャパも視野も狭いのです。それでも、被害をここで食い止められたのはつくしと進の尽力によります。

ゆ様のご指摘の通り、パパがママを責めなかったのは、“責められなかった”というのが実情であったかと思います。つくしの心をあの二人が知るのはいつのことになるやらですが、つくしの新生活がスタートします。
どうぞ今後の展開をお楽しみください。

2019/10/23 (Wed) 23:53 | REPLY |   

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