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視線 ~48~

Category*『視線』
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1月17日金曜日。
ホームルームの10分前に着席すると、右隣の席の鈴原さんが声をかけてきた。

「おはよう、牧野さん。昨日の化学の課題できた?」

転入生のあたしに、最初に話しかけてくれたのが彼女だった。
気さくで元気が良く、何くれと面倒を見てくれる。
あたしは微笑み、1限目の準備をしながら受け答えをした。

「おはよう。一応解いてきたよ」
「良かったらちょっと教えてもらえないかなぁ…。化学はホント苦手で…」
「いいよ。ちょっと待ってね」


あたしが机の上にノートを広げて説明を始めると、鈴原さんだけでなく、前の席の宮地君も振り返って解法を覗き込んできた。

「…で、これで平衡になるから、ここをマイナスしたら答えが出る」
「俺も同じ答え」
「そうなの? 良かった」
「ありがと~! よく分かったよ」

鈴原さんは屈託なく笑い、急いで解法を書き写し始めた。
「このお礼はお昼に!」なんて言うから、「気にしないで」とあたしは笑った。



1限目は英語。予習は出来ていたから、気分的に余裕があった。
英語の先生は女性で、その声は柔らかく発音も綺麗だ。
流れるようなリーディングを聴きながら、あたしは窓の外に意識を向けた。

鈍色の空は、今にも降り出しそうに重く垂れ込めている。
冬の雨は冷たい。でも雨具を着るのは嫌だな…。
ぼんやりとそんなことを思った。





―転校初日。

時期外れの転入生に、クラスメイト達は一斉に好奇の視線を向けてきた。
担任の先生には、出身校や越境通学については一切を伏せたいとお願いしていた。
先生はきちんと配慮をしてくれた。
あたしは言葉を選んで自己紹介をした。

どこから転校してきたのか。
なぜ引っ越してきたのか。
どこに住んでいるのか。

クラスメイト達の関心の大部分はそこにあり、あたしは当たり障りないように説明を述べた。それに満足すると、クラスの半数は転入生への興味を失っていった。

先生は、窓際の一番後ろの席をあたしに与えてくれた。
前列の宮地君の背が高いおかげで、先生達の監視の目は届きにくい。
まさにベストポジションだ。





英語の授業が淡々と進んでいく。今日は当てられないで済みそう。
あたしは曇天を見上げたまま、先ほどの鈴原さんとの会話を反芻した。
教室でのありふれた一コマだった。
だけど、そのやり取りは、あたしの日常からは遠ざかって久しいものだった。
英徳では誰も話しかけてこなかったし、勉強の話をすることもなかったから。


転入から一週間、鈴原諒子さんと、その親友の柴田深幸さんとは、お弁当を一緒に食べる仲になった。二人は放送部に所属していて、交友関係は幅広い。
その恩恵に浴する形で、あたしは交流の輪を少しずつ広げていった。

転入生へ向ける好奇の視線は、ゆっくりと、クラスメイトへ向ける親しみの視線へと変わっていく。やがて、あたしもこのクラスに同化し、溶け込んでいくのだろう。

英徳とは全く違う。
これが、今のあたしをそのままに受け入れてくれるコミュニティ。
望むべくして手に入れた環境だった。




…だけど、寂しい。




あたしの心はひどく空虚だった。
大切なピースが欠けていて、それが何か分かっていて、だけど考えたくない。
もう望めないのも分かっていて、だから考えたくない。


類を想えば、あたしは立ち止まってしまう。
ああすることがベストだ、と。
自分なりに考えて懸命にやってきたけど、本当は別のやり方があったの?


自分の発言を思い出すと、胸が苦しくなる。
類を、傷つけてしまった。
あたしなんかにあんなにも優しくて、心に寄り添ってくれた人なのに。
寂しさを感じる資格なんかないよ。




だけど、心は叫んでしまう。




会いたい。
類に会いたいって。







1月の日暮れは早い。午後5時を過ぎると辺りは暗くなり始める。
今日は天気が悪かったから尚のこと。
結局、雨は降り出しそうで降らないままだった。


「今日はありがとう。すごく楽しかった」
「放送部はいつもあんな感じだよ。また遊びに来てね!」

二人に連れられて行った放送部では、あたしのためにお茶会を開いてもらった。
英徳では部活動がなかったから、中学の部活動を思い出して楽しかった。
あたしと鈴原さんと柴田さんは並んで自転車を押しながら、正門に向かっていた。
正門を出たら、それぞれ帰る方向は違う。



ザワザワ…。



なぜか正門のすぐ外に人だかりがあるのに気付く。
それが歩道を塞いでいて、正門前の混雑を生み出している。

「あれ? 何だろう?」
「みんな、何見てるんだろうね」

二人が不思議がったのなら、常ならざることが起きているということだ。
…あたしは、嫌な予感がした。


「すげぇ。あれ、ロールスロイスだよな」
「東京のナンバーじゃん。なんで、こんなとこに?」

前方からそんな声が聞こえて、あたしの胸はドクリと大きく波打った。
自転車を押す手を止め、つま先立ちをして人垣の先を見る。



立ち居並ぶ生徒達の間隙を縫って見えたもの。
それは―。



向かいの通路に、対向車線を塞いでしまうかの如く、横付けされているリムジン。
ダックスフントのような横長の、特徴的なフォルム。
そして、艶やかに光る漆黒。



あたしは愕然とした。
そんな車を、よく見ていた場所はどこ?



あれは、まさか……道明寺!?






いつも拍手をありがとうございます。
第44話より、つくしの現住所を類が知ったのは1/16のことでした。
その翌日である今、動きを見せたのは?
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