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視線 ~50~

Category*『視線』
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道明寺に連れられて行ったのは、浜名湖近くの鰻屋だった。
店に入ると、奥の個室へと案内される。先客の姿がないことにホッとする。
落ち着いた雰囲気や店の佇まいは高級店のそれで、簡単に足を踏み入れられるようなランクではないけれど、それでもあたしには意外だった。


「…道明寺でも食べるんだね、鰻」
「どういう意味だよ?」
「なんか、和食を食べるイメージがなくて」
「食うさ。それなりに」

言って、あたしにメニューを差し出す。

「ほらよ。高ぇものだと、お前遠慮すんだろ?」
「…いやいや、鰻だって充分高いよ」
「とにかく選べ。時間ねぇから」

あたしはオーソドックスに鰻重セットを、道明寺は白焼き膳を選んだ。
注文をし終えると、途端に沈黙が下りた。


店に到着するまでの車内では、向こうから質問ばかりされた。
新しい住環境はどうなのか。
何か困っていることはないのか。
まるで本当に親しい友人かのような口調で、彼はあたしの生活を案じてくれた。


道明寺は、類について一切触れなかった。
だから、あたしもあえて触れなかった。

会話の中で分かったのは、道明寺は誰かに頼まれたからではなく、自分の意思でここまでやって来たということだった。



「そういえば、会うの、久しぶりだったね」
「お前が退学したからな」
「そうじゃなくて。そっちは、先月からずっとアメリカに行ってたじゃない?」

すぅっと道明寺の目が細くなる。

「西門さんから聞いたよ。…お見合いしたんだってね」
「…あぁ」
「相手のことも聞いたよ。道明寺のお母さんに、結婚相手として認められるのはすごいことなんだって皆言ってた…」

すると、彼は急に鼻白んだような表情になり、吐き捨てるように言った。

「…ババァは相手の女じゃなく、その後ろの親や会社を見てるからな。石油の利権が魅力だっただけだろ。…婚姻によって得られるメリットが、できるだけ大きい相手を探す。全部が全部、仕事の延長なんだよ」
「…ババァって、お母さんのこと?」
「言葉の頭にクソをつけてもいいぞ」
「…いや、つけないでいいから」


この短いやり取りの間に、親子間の軋轢を見た気がした。
結婚って、人生においては非常に大きなウェイトを占める物だとあたしは思う。
相手とは生活を共にし、いつかは子供を望んで、命を繋いでいくのだから。
その営みのすべてを、仕事だと割り切ってしまうのはあまりにも寂しすぎる。


「…そういうのって、当たり前のことなの? …政略結婚ってやつ?」
「俺らクラスの奴らは大抵そうだろ。親の意向が最優先だ。…もちろん、恋愛結婚の例がないとは言わねぇ。類の親なんかはそうだ」
「…でも、それも家柄が釣り合えば、の話よね?」

あたしの問いかけに、道明寺はハッとした表情を見せた。

「詐欺に遭って、更にはそれに加担する失敗をしでかすような親がいるようじゃ、そもそもお話にもならないでしょ?」
「…それが理由なんだろ? お前が類の前から姿を消したのは」



あたしはふるふると首を振る。

「決定打ではあるけど、それがすべてじゃないよ。…あたしじゃ、無理だから」
「なんでだよ」
「その先は、言いたくない」

自分が惨めになるから。
ダメな部分なんて、たくさんありすぎてつらくなる。

なぜ自分はこのように生まれついたのかと、己の境遇を憐れむことはしたくない。
今まではそれが普通だと思っていたし、特別に不幸だとも思ってこなかった。


英徳に入るまでは。
…類に出会うまでは。



道明寺が言葉を継ごうとした次の瞬間、「失礼します」という声が襖の向こうから聞こえた。彼は口をつぐむ。
女性スタッフはお膳を運び入れ、あたし達の前に置いた。

「わぁ…いい匂い」
「食おうぜ。腹減ってると気分も滅入るだろ」
「ありがとう。…いただきます」

お膳には、重箱と汁椀とお新香の小皿が乗っていた。
吸い物から口にすると、冷えていた体の芯が温まるようだった。鰻の蒲焼は脂が乗ってふんわりと柔らかく、とろりとした醤油だれとの相性が絶妙だ。


「美味しい!」
「旨いな。…おい、白焼きも食ってみるか?」
「いいの? じゃ、一切れ交換しよ?」
「は? 交換?」
「まさか新しいものを頼むつもりでいたの? 交換で十分でしょ?」

あの道明寺と料理をシェアする日が来ようとは。
人生、何が起きるか分からないものだ、と改めて思う。





「お前が望めば、揉み消してやることもできるんだぜ。今からでも」

食事も終盤に差し掛かった時。
ぽつりと呟くようにそう言われて、あたしは首を傾げる。

「…揉み消す?」
「詐欺の被害に遭ったことも何もかも。被害額だってたった数百万だろ?」
「…それって」
「金で解決できる問題なら、いっそのこと、そうすれば良かったんだよ。関係者ごと丸め込んで、全部なかったことにしちまえば」


提案をしているはずの道明寺の顔が、だんだん不貞腐れた表情に変わる。
あたしは悟った。
彼も、それがいい方法だと思っているわけではないこと。

あたしは箸を置き、道明寺の瞳を見る。
言葉を選んでから、口を開く。



「人はね、自分のしでかした過ちには自分で責任を負うべきだよ。それは、子供でも、大人でも同じこと。悪いことをしてしまったら、正しく怒られて、きちんと反省して、しっかり償いをする必要がある」

彼の瞳の色が次第に濃くなる。

「この過程を疎かにしてしまうと、人は学習しないでまた同じ過ちを繰り返してしまうから。一度目はともかく、二度目は絶対にダメでしょ? 痛くても、苦しくても、自分の力で立ち上がる努力をしないと」
「…だから金は必要ないって?」

あたしは頷く。


「うちの親は、特に母親が野心的でね。あたしを英徳に入れたのも、どこぞのお坊ちゃんと親しくさせて、あわよくば玉の輿に乗せたいっていう想いがあったからなの。……バカみたいでしょ。あたし、母のそういうところが大っ嫌いだった。母の無茶な主張に何も言えない父のことも、どうしてこんなに頼りないんだろうって思ってた」
「…そうか」


「類との交際のことはずっと黙ってた。というより、言い出せなかったの。言えば、両親は舞い上がってしまうと思って。いつか、家のことは抜きに、類自身をちゃんと好きになってもらいたくて、そのタイミングを窺ってた。……結局、その機会は来ないまま、こうして別れることになってしまって」
「…………」


「あの時、類に相談すれば、確かに金銭面の問題はすぐ解決できたかもしれない。
でも、簡単に手助けしてもらったら、“喉元過ぎれば熱さを忘れる”っていうように、母は自分の行動を反省しきれないだろうと思ったの。困ったことが起きてもまた助けてもらえばいい、と安易に考えるようになってしまうのも怖かった…。

…高い勉強代になったかもしれないけど、こういう状況になって、いろいろなことを見直して再出発したことは、きっと牧野家にとってはベストの選択だったと思う。
これからも続いていく暮らしの中で、自分達の手で生活を守るんだっていう確固たる決意を、両親にはしてほしかったんだ…」






いつも拍手をありがとうございます。
あとがきでも触れますが、本作で書きたかったシーンの一つでした。つくしと司の対話を実現させるために、まえがき設定をした次第です。
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2 Comments

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2019/10/29 (Tue) 18:10 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。コメントありがとうございます。
先日の風邪がまだ治りきっていないという体たらくです…(^^;)

今作におけるママは実に罪深いなぁと思います。つくしが涙を呑みながら日々を暮らしていることを、ママはまだ知らないままです。最終話までにきっちりお灸を据えるつもりでいますので、その時が来るのを待っていてくださいね。

司はとにかくつくしのことが心配で、矢も楯もたまらず静岡に会いに来てしまいました。直情型の彼らしい行動です。つくしと司の対話はもう少し続きます。お楽しみくださいませ。

2019/10/29 (Tue) 22:42 | REPLY |   

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