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視線 ~51~

Category*『視線』
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「俺は、その部分がダメだったんだろうな」

道明寺は少し長めに溜息を吐き、自嘲気味にそう切り出した。

「子供の頃から人に怒られた経験が少なかった。真剣に怒ってくれたのは姉貴と使用人頭くらいか? 親は教育には熱心だったが、俺の素行には無関心だったからな。
外で何か問題を起こしても、親は対話じゃなく金で解決してきた。俺自身も世の中は金で動くものなんだと思うようになって、ますます好き勝手やらかした」
「そうなんだ…」
「牧野に一喝された時は正直驚いた。ムカついて赤札も貼っちまったしよ。…だけど今なら、あの時の言葉の意味がちゃんと分かるんだ」


出会った頃の、鋭いナイフみたいな彼を覚えている。
触れる者、近づく者には容赦なく傷を負わせるような、ひどく攻撃的な。

苛烈な虐めに対しても、良心の呵責がまるで感じられなかった。
英徳高校というコミュニティの中心は彼で。
そのことで何度も衝突したし、心の底から嫌な奴だと思っていた時期もある。


だけど、今はそうした雰囲気は消え失せて。
あの日の約束通りに、赤札は廃止されて。
こうして普通に会話ができるようになって。
人の印象や考え方は変わるものなのだと感じずにはいられない。


「なぁ、その道徳観念っての? お前のそれはどうやって身についたものなんだ?」
「どうやってって、言われても…」
「話を聞く限りじゃ、お前は親よりしっかりしてるだろう?」
「…………」

そんな質問を受けたことがなく、あたしは考え込む。
道徳観念を育成する場があるとしたら、それは学校教育の中ではないだろうか。
あるいは…。

「…あたしね、本を読むのが好きな子供だったの」
「本? どんな?」
「…笑うかもしれないけど、童話がすごく好きで。日本の童話も、世界の童話もたくさん読んだ。物語にはハッピーエンドもあるけどバッドエンドもある。…現実世界がいつもハッピーじゃないのと同じでね。
だけど、童話作家達が子供だったあたし達に伝えたかったことは、結局のところ、どんな大人になってほしいかっていう願いじゃなかったかと思うの」
「童話か。…なるほど」

道明寺はくくっと笑う。あたしもそれにつられて微笑む。
短く笑い合った後で、あたし達は残った料理を最後まで食べ終えた。




店を出たのは午後8時30分。
門限の9時までには、余裕を持って帰れる時刻だった。

「俺な、来月には渡米する」

リムジンの車内で、道明寺が淡々と言う。

「卒業式を待たずに?」
「要件は満たしたし、もう日本にいる必要はないだろうってババァがな…」
「そうなんだ…」
「ま、大学はNYってのはずっと前から決まってたし、敷かれたレールがある以上は乗っかってくしかねぇんだけど」

そこで言葉を切って、彼はあたしを見つめる。
その瞳の色はこちらが戸惑ってしまうほど優しい。


「渡米前にお前の行先が分かって良かった。…勝手に調べて、訪ねてきて悪かったけどよ。それなりに俺らも心配したんだぜ。お前が無事でいるのかって」
「…ごめんね。何も言わずに姿を消して…」

心が揺れる。訊きたくて、でも道明寺が言い出さない以上は訊くべきではないという気もして、ずっと問えなかった言葉を口にする。

「……類は……どうしてる?」

道明寺は、すぐには応えなかった。
少し考え込むような仕草の後、こう言った。



「悪いが、類の考えてることはイマイチ分からねぇ」
「…え?」
「類は、お前がいなくなって、最初は必死に探してたんだ。バイト先とか、社宅とか、お前の関係先を巡って話を聞いて。花沢の情報網は使えないからって、俺達に協力を要請して」
「うん…」
「お前の通う高校が判明したのが昨日だ。俺は、類が速攻で行動を起こすものだと思ってた。…だが、なぜか、ここには来ないって言ったんだ」


その言葉が胸を突く。


「居場所が分かったならいい。親戚のうちなら安心だって…。お前が行かないなら俺が行くぞって言っても、頑として動かなくてよ」
「そう…」
「奴には奴の考えがあると思う。…だが、それは汲み取れないままだ」
「…うぅん。いいの。教えてくれてありがとう」


類は、あたしの居場所を知った。
知った上で、ここへは来ないと言った。
それが彼の選択。もちろん、それでいいんだと思えた。


「元気にしてるなら、いい」
「元気かどうかは分からねぇ。やり取りは電話だけだ」
「…………」
「あいつ、今月は一度も学校に来てねぇ。もともと休みがちな奴だったし。……お前がいないなら毎日通う必要もねぇんだろ」



その言葉で理解する。
9月以降、彼が学校を休んだのは、渡仏したあの2週間だけ。
それ以外の日は、どんなに遅れても学校に来ていた。


ランチタイムを一緒に過ごすため?
放課後、バイト先まで送ってくれるため?


…あたしを、周囲から守るため?



ダメだ。
涙、出そう。



「牧野家にとってベストの選択をしたって言ったよな」
「うん…」
「それは、類にとってはベストじゃなかったよな」
「…分からない…」

泣くまいと思って必死に堪えていた涙が、溢れて頬を伝う。

「家の事情を抜きにしても、あたしは、類に相応しくなかったから…」
「なんで……そんな、卑屈になるんだよっ!」
「…あたしだって、なりたくてなってるんじゃないっ!!」


心の奥に抑えこんでいた感情が、みるみるうちに膨れ上がって噴出して弾けて。
気付けば、噛みつくように叫んでいた。
道明寺の大声に、あたしの大声が被る。

道明寺には、きっと分からないよ。
あたしのこの気持ちなんて。
ぐっと奥歯を食いしばって嗚咽をこらえ、あたしは言った。



「赤札なんて……貼らないでほしかった!」

彼は息を呑み、開きかけた口を閉じる。
あたしの呼吸は荒くて、言葉も途切れ途切れになる。

「そうしたら……類は、あたしを助けたりしなかった! あたし達が知り合うことなんてなかった! 恋なんか…しないままでいられたのに…っ!」
「類と付き合わない方が良かったってのかよっ!」
「そうだよっ!」


類の優しさを知らなければ。
差し出された手の温かさを知らなければ。
数えきれない岐路があって、その選択を他方にしていれば。

あたしはこれほど苦しい思いをせずに済んだのに。
類を悩ませるようなこともなかったのに。



類と別れたあの時から、あたしは、うまく息ができない。
何をしていても、どこにいても、彼のことが浮かんで窒息しそうになる。



英徳に入学した頃から、F4のことは知っていた。
でも、自分には一生関わりのない人達だと思っていた。

赤札をきっかけにあたしと類は知り合い、急速に近づき、恋をした。
やがて一緒にいられることが、これ以上ない幸せになった。



本当は離れたくなかった。
別れたくはなかった。


だけど家族の不祥事があった以上、類のご両親は絶対にあたしを認めてくれない。
それは決定事項のように思えて。

類が厄介事を背負いこむ必要はない。
いつか必ず来る別れなら、今別れておいた方がいい。
そう思えて。



だから、あたしは…。




両手で顔を覆っていても、指の隙間から涙はこぼれていく。
我慢してたのに。
こんなふうに未練たらしく泣きたくなんかなかったのに。


屈めた頭の上にポンと何かが乗った。

「…そんなに、泣くなよ」

静かな声が降る。

「知り合わない方がよかったとか、言うなよ」

彼の手はくしゃくしゃと髪をかき混ぜる。

「…少なくとも、俺はお前と……ダチになれて良かったと思ってるんだぜ」



「……こんな……貧乏人と?」
「あぁ、そうだ」

彼の声は笑っていた。






いつも拍手をありがとうございます。いろいろな思いを込めた第51話でした。
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2 Comments

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2019/11/01 (Fri) 16:25 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます(*^-^*)

つくしの感情が大きく揺れ動く第51話でしたが、そんな彼女を見つめる司の気持ちも複雑でしたね。個人的にも気に入っているエピソードです。
このとき、司はつくしに強い恋心を抱いていますが、彼女の理念に触れ、何もしてやることができない自分を自覚します。類を想って泣くつくしの悲しみにただ寄り添うだけ、というちょっと切ない役目を担ってもらいました。

対話の終わりも間近です。今夜の更新もお楽しみくださいね。

2019/11/01 (Fri) 21:34 | REPLY |   

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