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視線 ~52~

Category*『視線』
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泣いている間、道明寺はあたしの頭を優しく撫で続けた。
そのたどたどしい手つきに励まされ、どうにか涙を引っ込めようと努める。

気持ちが静まり、ふと気が付けば、リムジンは停車していた。
すでに渡部家の近くまで戻ってきていたようだ。


やっとのことで最後の涙を拭う。
頭上にあった重みが消え、その手が彼の膝の上に戻ったのが見えた。

腕時計に目を落とせば、門限はとうに過ぎていた。
まだ都さんからの連絡はない。
けれど、もう帰らなくては―。




「…あたし、帰るね」

声は掠れていた。

「心配してくれてありがとう。…それなのに、怒鳴ったりしてごめんね」
「…いや」

顔を上げると、あたしはわずかに微笑んだ。

「今日のこと、類に話す?」
「…そのつもりでいる」
「なら、元気にしてたって伝えて。大丈夫そうだったって。…泣いたことは黙っててほしい。道明寺の胸の中だけに留めていて」
「本当にそれでいいのかよ」
「いいの。お願い。…それ以上、何も望まないから」
「……分かった」


時間はきっと薬になる。
類と離れていることが当たり前になって、いつかはそれすらも過去になる。
その時が来るのをゆっくり待てばいい。


「NYに行ってからも頑張って」
「おぅ」
「さっきね、敷かれたレールには乗っかるしかないって言ってたじゃない?」
「あぁ」
「でも、何をしながら乗っているかで状況は変わるんじゃないかな」


あたし達はまだ10代の子供だ。
親の庇護下にある以上、その意向に逆らうことは難しいのかもしれない。

だけど、あたし達は、親の所有物ではないから。
考えることは自由だ。
主義主張を持つ権利はあるはずだ。


「レールの先を見つめるのか、流れゆく景色を楽しむのか、遠ざかるものを眺めるのか。目的地まで寝ているのか、本を読みながら待つのか…。実は、いろいろな過ごし方があると思う」
「…………」
「…上手く言えなくてごめんね。でも、惰性だけで進むのは勿体ない気がするの。仕方ないって、全部一括りにして諦めないでほしい。向き合うことから逃げないでほしいなって…」


あたしの拙い言葉が、彼の心の慰みになるとは思えなかった。
彼は彼で、あたしとは違う宿命を負っている。
たぶん、その細部まで理解してやることはできない。

それでも道明寺は軽く目を伏せた後で短く息を吐き、そして破顔した。
どこか吹っ切れたような表情だった。


「…また会おうぜ」

無造作に差し出された右手を躊躇いがちに取ると、ぎゅっと握られた。
熱い手だった。

「…そうだね。…でも、会えるかな」
「おい。そこはキンギンムレイでも、同意だけはしとけよ」
「もしかして“慇懃無礼いんぎんぶれい”って言いたい? …や、ここで使うなら“社交辞令”だよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。…もう、四字熟語は苦手でしょーが。カッコつけないで!」

あたし達は一頻り笑い合い、やがて別れの言葉を口にした。




漆黒の車体のテールランプが遠くなり、それが見えなくなるまで見送っていた。
思いがけないほど温かな時間だった。

再びじわりと滲み出した涙を、冷たくなった指の背で拭う。
声をかけられたのはその直後だった。


「…こーら、不良娘」
「あっ。都さん…」


あたしは、びくりと肩を揺らした。振り返ると、ストールを羽織った都さんが腕組みをし、門柱に寄りかかりながらあたしを見ていた。
いつからそこにいたのか、彼女の気配には全く気付かなかった。


「20分オーバーよ」
「…すみませんでした。今、戻りました」
「あの車、9時にはここに着いていたわ」
「…………」

都さんはあたしの瞳を見つめる。
その眼差しは柔らかい。

「…泣いたのね」
「え…」
「目、腫れてるわ」
「…………」
「工房の方にいらっしゃい」

踵を返した都さんの後ろに続いて、あたしは飛び石を踏みながら離れへ向かう。
吐く息は白い。
その靄の流れをなんとはなしに目で追うと、頭上の星が視界に入った。
冬の空気は澄み切り、夜空の星は白々として明るい。



『次は本物を見に行こうか』



類の言葉が降る。頭の中で。
プラネタリウムを見た後、彼は星を見に行く約束をあたしにくれた。
いつか、次は、と言いながら、あたし達はたくさんの未来を描いた。


再び、滲みだす涙。
道明寺との再会は、あたしの心に波紋を起こした。
涙腺の閾値はひどく下がって、わずかな刺激にも反応するみたいだ。




「座って」

工房に入ると、室内の空気が暖かいことに気付く。
都さんは、今夜も作業をするのだろう。

「紅茶でいい?」
「…はい」

都さんはミニキッチンに立ち、二つのマグカップにティーバッグを入れる。小さなケトルを沸かして紅茶を淹れ、あたしの前にマグを置いた。その工程をぼんやりと瞳に映していたあたしは、小さく礼を言ってそれを引き寄せた。



「…さて、少しお話でもしましょうか」

都さんは仄かに笑う。

「窓の外見て驚いちゃった。ド迫力のロールスロイス」
「…すみませんでした。ご心配をおかけしました」
「詮索するつもりはないけど、あの人、つくしちゃんの彼?」

道明寺の姿を見たのだろう。
あたしはその言葉を訂正する。

「いえ、彼は友人です」


詳細を話すつもりはなかった。
だけど、あたしはひどく弱っていて。
誰かに聞いてほしくてたまらなくなっていた。
この苦しい胸の内を。


「…あたしが東京でお付き合いしていた人の、親友です」






いつも拍手をありがとうございます。最終話まで応援よろしくお願い致します。
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2 Comments

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2019/11/02 (Sat) 15:49 | REPLY |   
nainai

nainai  

ふ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます。
お褒めに預かり光栄です(*^^)v

数話に分けて、つくしと司の対話をお送りしました。過去作品では、この二人のやり取りをあまり扱ってこなかったので、今作では特に重点を置いてみました。
司にしてみれば、つくしの行動は理解しがたいものでした。なぜ類に助けを求めないのか。なぜ別れを選択するのか。その判断に至った理由を知り、類に向けたつくしの深い慕情に触れて、司は何もしてはやれない自分を自覚するんですね。対話を通じて成長する彼を描いてみたいと思った次第です。

そろそろ類の視点が知りたいですよね。今、何を思っているのか。
オリキャラの都さんの今後の動向にも注目していただけると嬉しいです。

うたた寝には厳しい季節になってきました(;^ω^) 
執筆&更新頑張ります! ふ様もどうぞご自愛くださいませ。 

2019/11/02 (Sat) 22:35 | REPLY |   

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