FC2ブログ

視線 ~53~

Category*『視線』
 4
祖父・宗像周から呼び出しがあったのは、2月17日のことだった。
俺は自宅の書斎でそのメッセージを受け取った。

『捜索は終了した。今夜、天満月で待つ。』

彼は器用にスマートフォンを使いこなす。
古き良きものを愛でながらも、新しいものを受け入れる柔軟性がある。
そうした祖父の姿勢は見習うべきだと思う。


『連絡ありがとう。何時に行けばいい?』
『午後6時に』
『分かった』

本当のことを言えば、今すぐにでも話を聞きに行きたいくらいだ。
だが、すぐに思考を切り替えて、教材を広げた机に向かう。

紙面をコピーするように、頭に知識を詰め込む作業は嫌いじゃない。
勉強に没頭していれば、それだけ他のことを考えずにいられた。



ちょうど1ヶ月前の1月16日。
牧野の居場所が分かったと司から連絡を受けたとき、当然ながら問われた。

『すぐ会いに行くだろう?』

俺は、そうはしないと答えた。
居場所が分かったのならいい、無事でいるのならいい、と言葉を継ぐ。
司は、は?という声を上げた後、即座に語気を荒げながら俺に訊いた。

『なぜ会いに行かないんだ? 牧野が心配じゃないのか!?』


もちろん、会いたいに決まっている。
会って、もう何も心配は要らないと、優しく抱きしめてあげたい。


だが、時間が経過するにつれ、牧野に会いに行くことが今回の一件の根本的解決になるとは思えなくなっていた。
牧野は相当の覚悟を持って、今の選択をした。
それに対し、俺は何をどうすればいいのか、まだ答えを見つけられない。


牧野の行方を突き止めてくれたことに深い謝辞を述べ、一方的に通話を終えた。
折り返しはかかってこなかった。司とはそれ以後、連絡を取っていない。

司は、牧野に会いに行ったかもしれない。
それでも、あいつが今の彼女に会ったとしても、事態が好転するとは思えなかった。


別れの事由を述べる時、彼女は一貫して自身を否定し続けた。
家庭の事情については最後まで隠し通した。
だからと言って、自己批判の言葉の数々が、身内の汚点を隠すために強調した、その場しのぎの出まかせとも思えなかった。


『類と一緒にいると、あたしはいつもマイナス評価される』


それは彼女の現実リアルだったのだと思う。
だからこそ真実味を持って、俺の心を深く抉った。
牧野の口調は淡々としていて、こちらを責めるものではないのに、俺自身が彼女に強いたものを明確に示されて言葉が出なかった。



俺との交際が、牧野の心をすり減らしていたことは事実だと思う。
学校に行けば、無遠慮な周囲の視線に晒されて。
校外でも、俺達の動向を追う誰かの目があって。
不当な評価を受けたり、プライバシーを侵害されたりした。
だけど、互いを想う気持ちがあればクリアできる問題だと、俺は安易に考えていた。


ありのままの彼女が好きだ。
その気持ちに一片の曇りも偽りもない。
それなのに、そのままでいては駄目だと、手前勝手な都合を押し付けてしまった。


俺の両親に認めてもらうために、特別な努力をしてほしいとか。
何の確約も保証もしてやれないくせに、先に無理だけは強いるとか。
父にも性急だと指摘されたように、俺の意識ばかりが先行しすぎていた。
そうした俺の思惑も、彼女にはきっと重荷に感じられていたことだろう。


牧野は、俺と別れた方が日々を暮らしやすいのかもしれない。
同じ視点・価値観を持つ人々と過ごすことは、心の安寧のためにはいいことで。
その選択をするのは当然の帰結だろうと、そう理解はできるのに。


だけど、どうしても追い求めてしまう。
俺との未来を望んでほしいと願ってしまう。
…数々の弊害を呑んででも、ただ、俺の傍にいてほしい、と。


それが、俺の愛のカタチなんだろうか。
だとしたら、自分はなんと傲慢に出来ているんだろう。
そう思うと、笑えてくる。


我慢させることは、愛情じゃない。
無理を強いることも、愛情じゃない。
…そうでなければいけないはずだ。




午後6時より少し前。
天満月の表玄関に姿を見せると、伯母がいつもの笑顔で出迎えてくれた。
藍色の地に雪輪の文様を散らした着物が、彼女によく似合っている。

「父は奥の和室で待っているわ」

彼女は仕事中なので同席はしないという。

「…類。あなた、きちんと食事は摂っているの?」
「はい」

実を言えば、食事の喜びは遠のいて久しい。
伯母は淀みない返答をあっさり嘘だと断じたらしく、有無を言わさぬ口調で言った。

「頃合いを見て食事を運ばせます。食べて帰りなさい。…お残しは許しませんよ」
「…はい」

伯母の世話焼きは相変わらずだ。
彼女に見送られ、俺は一人、奥の和室へと廊下を進む。



「失礼します」
「どうぞ」

入室を許されて襖を開けると、祖父が正座して俺を待っていた。
厳冬下でも、彼はいつも藍色の作務衣に身を包む。
ピンと真っ直ぐに背を張り、そして、ひどく難しい表情をしていた。

「まぁ、座りなさい。長い話になる」

俺は、祖父と正面から向き合った。
彼はおもむろに告げた。




「『川野』こと、川端憲江を大阪で捕捉したと報告があった」

祖父には、牧野の母親を騙した『川野』という女性の行方を追ってもらっていた。
牧野夫妻は警察に被害届を出してはいたが、同様の被害が多い中、捜査は遅々として進まないだろうことが予想できたから。
祖父は自身のネットワークを通じて人探しに特化した人材を集め、任に当たらせた。

「大阪までよく追えたね。…警察へは?」
「もちろん引き渡すが、その前に情報を聞き出してもらっている。牧野さんに関わった経緯についてもな」
「…清和銀行との関連性は?」
「現段階で関連はない。彼女には帰属する詐欺グループがある。たまたま牧野さんの母親がターゲットになっただけだろう」
「そう……」


無意識に、唇を噛み締めていた。
俺達は、花沢物産のメーンバンクである清和銀行の柊木頭取やその関係者が、この詐欺事件に一枚噛んでいる可能性を考えていた。
むしろ、清和銀行との関連性を見出せた方が、都合が良かったから。そうであれば牧野家が被害に遭った不条理性を、両親に強く訴えることができるから。
だが、それを否定され、言葉を失う。



「先日、司君がここに来た」
「…司が?」

祖父の思いがけない報告に、声のトーンが上がる。
3日前、司はNYへ発ったが、俺は見送りに行かなかった。
しばらく帰国の予定はないという。


「静岡で牧野さんに会ったそうだ」
「…そう…」
「司君は、お前が牧野さんに会わない理由に納得いかないらしい。だから、お前には会わないし、報告もしてやらないのだと」
「…あいつらしいね」

白黒をハッキリつけたがる男だ。
そして直情径行。
俺の中で燻り続ける葛藤など、理解できはしないだろう。



祖父は、司とのやり取りの詳細を明かす。
それに耳を傾けながら、俺は親友の恋情をことごとく理解した。

本気だったのだ。司も。
恐らくは、初めての恋だった―。



心が揺れる。
牧野に会いたい。
…でも、会えない。



「儂はお前の判断に賛成だ」

俺のその揺らぎを見透かしたように、祖父は言う。

「牧野さんは深く傷ついている。身内の不祥事というものは、他人が思うよりずっと根深い問題を孕む。…ましてや心根の真っ直ぐな彼女のことだ。自分のことも強く責めただろう。……心の傷が癒えるまで会わないでおくという選択は、儂は間違っていないと思う」

俺は頷く。

「牧野には、はっきりとした理念がある。…俺には、まだ、彼女の理念を転換させるだけの力がない。今、会っても、何も変えられない気がするんだ」

祖父も頷く。

「…時機を待て。今はお前ができることに励むといい。多くと出会い、多くを学び、広く知識を得て力を蓄えろ」



俺は悄然と項垂れる。
今回の一件で、嫌というほど分かった。
花沢という家と切り離してしまえば、単体の俺は実に無力だった。

情報収集にあたってくれたのは親友達。
そして、詐欺事件の容疑者を捕捉してくれたのは祖父―。



時機を待て、と祖父は言う。
その時は、いつ訪れる?
いつか、必ず訪れる?


だけど、諦めたくはない。
絶対に。






いつも拍手をありがとうございます。
つくしに会いに行かない選択をした類の心情を追いました。
司がつくしとの対話を通じて、何もしてやれない自分を自覚したのと同様に、類もこのままの自分ではいけないことを分かっています。
関連記事
スポンサーサイト



4 Comments

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/11/04 (Mon) 10:49 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます(*'▽')

類は、“動かない”というより、“動けない”と言う方が正しいのかもしれません。つくしとの対話で司も気づいたように、今回の一件は金だけで解決できる問題ではないからです。
つくしの主張したデメリットを類はどう考えるのか。どういう行動を取るのか。試練が続きます。

この苦しい展開、本来は駆け足で更新を進めたかったのですが、実際には叶わず…。もうじき転機が訪れます。あと少し辛抱してついてきてください<(_ _)>

2019/11/04 (Mon) 17:46 | REPLY |   

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/11/24 (Sun) 14:04 | REPLY |   
nainai

nainai  

ふ様

今夜2回目の返信です(*'▽')

類にまったく悪気はなかったのですが、つくしを取り巻く状況の過酷さに少し無頓着だった所があります。それをじっくりと振り返り、問題点を追求しようとする姿を描きました。
そんな類を好きだと言ってもらえて嬉しいです(*ノωノ)

2019/11/25 (Mon) 01:27 | REPLY |   

Post a comment