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視線 ~54~

Category*『視線』
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あたしは、都さんに、類のことを明かした。
自分の中にこれほど熱い感情があるのかと戸惑うほど、彼への想いは強かった。
話しては泣き、泣いては話しを繰り返しながら、胸の内に隠していたすべてを晒す。
都さんは、黙ってそれを聞いていた。


やがてあたしの方が沈黙し、気が抜けたように項垂れてしまうと、膝の上に揃えて置いた手に、そっと都さんの手が重ねられた。

「話してくれてありがとう。…頑張ったね。苦しかったね」

あたしは頷く。
頷くと、新たな涙がこぼれた。

「つくしちゃんの想いの半分は、私がもらい受けるね。…何をしてあげられるわけじゃない。…だけど、あなたを理解する人間がここにいるんだってことが、少しでも励ましになればと思う」



*****



あの日以降、あたしと都さんはさらに親しくなった。
理解されているという安心感は、心の負荷を少しだけ軽くしてくれる。


それから、都さんは、あたしにアルバイトを禁じた。
校則に反していたこともあるけれど、その方が牧野家の家計の足しになるからといくら訴えても、断固として却下された。
家計を心配するのは大人の仕事だからと、バッサリ斜め斬り。

女の子が夜遅くまで働くなんてもっての他よ。
休みの日はしっかり休みなさい。
一度しかない高校生活をめいっぱい楽しみなさい。

そう言って、懇々とあたしを諭した。
英徳に入ってからというもの、バイトをするのが当たり前の感覚でいたあたしには、そうした都さんの教育方針は新鮮だった。


あたしはまだ“子供”で、都さんという“大人”に守られている。
至らなさを許され、甘えさせてもらえる。
そう感じられて心強く、そして嬉しくもあった。




おかげで、あたしと進は落ち着いた環境で勉強に集中することができた。
食後の勉強タイムは習慣化し、あたし達はぐんぐんと学力を伸ばした。
あたしは学年末テストで総合10位以内に入る大健闘をし、進は進で全教科80点以上を取ることができ、万々歳だった。



週末になると、進と二人で、両親が住む豊橋のアパートへと通った。
損失を与えてしまった友人達へ補償するという意識は強く、パパだけでなく、ママもフルタイムで働いている。パパは新しい職場に何とか馴染めたようで、ママは清掃会社の準正社員で毎日頑張っている。
ママが忙しいから家のことは後回しになりやすいようで、いつ訪問しても部屋の中は荒れがちだった。

「ほらほら。掃除するからあっちの部屋に行ってて!」

到着して最初に取り掛かるのは室内の掃除。必要があれば洗濯もする。
両親は疲れ切っているから、主にあたしと進の二人が家事をした。
済んだら一緒に買い物に行き、夕食の支度をし、食卓を囲む。
それが牧野家の新しいルーティンになった。




2月下旬。
警察から詐欺事件の容疑者を逮捕したと連絡があり、あたし達は仰天した。
よもや『川野さん』が捕まるとは思っていなかったのだ。

パパとママはすぐ上京した。
警察署では、容疑者の面通しが行われたという。
ママは、マジックミラーの向こう側にいる女性を『川野さん』だと証言した。
川端憲江というのが女性の本名らしかった。
彼女には余罪があるため、これから長きに亘って取り調べが行われるという。
いずれは刑事裁判にかけられるけれど、有罪は免れないだろうとのことだった。

結局、失ったお金は戻りそうになかった。
犯人の個人資産はゼロに近く、被害者から巻き上げたお金は詐欺集団の上層部に吸い上げられていた。そして、その上層部のほとんどは現在も捕まっていない。
こうした犯罪を行う人達は、芋づる式に検挙されないように、追跡手段をことごとく断っているのだという。それが本当に悔しい。




3月中旬。
冬の寒さが緩んで、春の気配があちこちに感じられるようになった頃。
いつものように週末を家族で過ごしながら、あたし達は思い切って両親に尋ねた。

「あたし達、そろそろこっちに越してきていい?」
「都さんは優しいから、いつまででもうちにいていいよって言ってくれてるけどさ。…やっぱり家族は一緒にいる方がいいだろ?」


二人は顔を見合わせた。
やがて、パパの方がニッコリと笑んで言った。

「パパも二人がいなくて寂しいよ。また一緒に暮らそう!」

一方、ママはうつむいて泣き出した。

「…都ちゃんにね、…こっぴどく叱られたのよ」
「えっ…都さんに?」
「あんなに怒った都ちゃんを見たの、初めてだったわ…」

怒るという言葉からはかけ離れた印象の女性だ。
いつも朗らかに笑い、あたし達に注意はしても、声を荒げることは一度もなかった。
ママは、都さんとのやり取りの一部始終を明かす。


「つくしも進もすごくいい子で将来が楽しみだって。我が子の成長を実感することの喜びを忘れたのか。玉の輿なんて非現実的な夢を見て、計画的な貯蓄もしないままでこの先どうするんだ。詐欺に騙される以前にそのことの方がおかしいでしょうって」

…あぁ。
それは、あたしがずっとママに言いたかった言葉だ。
言いたくても言えずにいた言葉だ。

「私達“大人”は、“子供”の将来を守ってやらないといけない立場にある。その“子供”に生活費の心配をさせて、心身ともに無理をさせて、挙句に悲しませてどうするの。こんな情けない真似はもう絶対にするなって…。本当にね、すごい剣幕だったのよ…」



都さんは、真っ当な大人だ。
女手ひとつで実乃里さんを育て上げ、今も自分の仕事をしっかり確立している。
そうした苦労を重ねた人の言葉は、ママの心に強く響いただろう。



ママはこれまでにも何度もあたし達に謝ってきた。
だけど、この時の謝罪に一番心がこもっていたとあたしは思う。

「家計の収支バランスを考えずに、みんなに無理させてきたこと、本当に申し訳なかったわ。パパにも、つくしにも、進にも、大きな迷惑をかけることになって…。全部、私が間違ってた…」
「…ママ…」
「こんな母親でごめんね。本当にごめんなさい。もう間違えないから許してね。…できることなら、また一緒に暮らしたい。…まだまだ返済はあるけど、心を入れ替えて生活を立て直していくから…」



学校が春休みに入るのを待って、あたしと進は、湖西市の渡部家から豊橋市の両親のアパートへと居を移した。

高校までの距離はより近くなり、あたしの通学には何ら問題がない。
進の場合、引っ越し後も学区外になってしまうけれど、家庭事情と学習環境を考慮され、今の学校に学区外通学することを許可してもらえた。

こうして、牧野家はようやく四人暮らしに戻ったのだった。



*****



都さんとの別れ際の会話を、あたしは時々思い返す。


「「お世話になりました」」

深々と頭を下げるあたしと進に、都さんは笑って言った。

「短い間だったけど楽しい毎日だったわ。4月になったら二人とも受験生ね」
「「はい」」
「頑張り屋の二人だもの。きっと大丈夫よ。何か困ったことがあったら、気軽に相談して? 進路相談ならうちの子も協力できるからね」



あの日、都さんに再会できてよかった。
一緒に暮らすことを申し出てもらえてよかった。
ママに苦言を呈してもらえてよかった。

都さんへは、たくさんの“ありがとう”を言いたい。
牧野家が立ち直るために、都さんの協力は必要不可欠だった。



「都さん、本当にありがとうございました。いつか、このご恩は必ず返します!」
「そぉ? すごーく期待して待ってるからね」

あっけらかんと彼女は笑い、最後にこう付け加えた。

「二人はまだまだこれからよ? たくさん失敗しなさい。たくさん学んで、経験を積みなさい。そうして素敵な大人になってね」
「「はいっ!」」



*****



4月。
あたしは3年生に進級した。

志望校ごとのクラス編成では、国立大学を目指すクラスに入った。
我が家の家計状況だと、自宅から通える国立大学でなければ進学自体が難しい。

同じクラスには鈴原さんと柴田さんもいて、相変わらず仲良くさせてもらっている。結局二人に引き込まれる形で、あれよあれよという間に、あたしは放送部の仲間入りを果たした。
普通の高校生らしく勉強と部活で一日は終わり、これ以上なく充実している。


―だけど。


家族の暮らしが以前のように安定し始めても、
毎日がどんなに充実していても、
あたしの心には、今でも空洞がある。


彼にしか埋めることのできない、深く大きなほらが―。






いつも拍手をありがとうございます。
牧野家の再生を描きました。都の一喝が、千恵子の心を奮い立たせます。
それは、愛ある叱咤であればこそ…。
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6 Comments

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2019/11/06 (Wed) 09:54 | REPLY |   

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2019/11/06 (Wed) 14:45 | REPLY |   

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2019/11/06 (Wed) 21:35 | REPLY |   
nainai

nainai  

と様

こんばんは。またコメントをいただけて嬉しいです~。
ありがとうございます(*^-^*)

今作では、つくしの両親のダメダメっぷりに敢えて焦点を当ててきました。個人的にパパ&ママにはモヤモヤするものがあったので、第三者にこれを一喝してもらうべく渡部都というオリキャラに登場してもらいました。都の家庭も決して裕福とは言えませんが、つくしと進を守ってくれる存在であり、二人に普通の学生生活を送らせてくれます。この下りを丁寧に書きたかったのです。

最後の一言、楽しみにしていただけているとのことで嬉しいです。何も思いつかない日も時にはあるのですが、できるだけ添えるようにしますね。どうぞ最後までお楽しみください。

2019/11/06 (Wed) 23:32 | REPLY |   
nainai

nainai  

み様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます(*^^)v
丁寧に読み進めてくださって嬉しいです。

第54話では一気に3ヶ月近い時間が経過しました。都の助力を得て、ゆっくりと再生していく牧野家を描きました。事態は好転していきますが、つくしの心には埋まることのない空洞があります。
つくしにはやっぱり類がいないと…。

み様が指摘くださったように、実は詐欺事件の有無に関わらず、二人の関係を続けていくには不安定な要素がたくさんありました。柊木織恵ちゃん、まだ出番ありです(笑)
諸々の問題を乗り越え、二人が同じ星を見る日は必ず訪れますので、最後までよろしくお付き合いください(*'▽')

2019/11/06 (Wed) 23:44 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます。
…うっかり寝落ちしてこのような時刻に…(;^ω^)

都の一喝、いかがでしたか? 温厚な都をこれほどまで怒らせたのは、つくしが犠牲にしたものを知ってしまったからです。それでも彼女は激昂したからといって類のことを明かすことはしませんでした。
ママが更なる真実を知るのはもう少し先のことです。

類不在のまま、つくしの時間は着実に経過していきます。それに伴う心の変遷も楽しんでいただければと思います。

2019/11/07 (Thu) 02:38 | REPLY |   

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