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視線 ~55~

Category*『視線』
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出席日数ギリギリで卒業した高等部。
3月上旬の卒業式では式典にのみ参列し、終了後は早々に帰宅した。
あきらや総二郎からはプロムに誘われたが、当然ながらそれは断った。


両親には、牧野の事情を一切明かしていない。
年末に帰国した両親へは、牧野の体調不良を理由に顔合わせは見送るとだけ告げた。両親はそれを追及しなかったし、俺も可能な限りで彼らとの接触を避けた。

決算後の4月にも、二人は一時帰国した。
その時も牧野のことは問われないままだった。
父だけでなく、母からも。
さすがに、これは不自然だと感じた。

両親はもうすべてを知ってしまったのではないか? 
知った上で、最早どうにもならない問題だと完結してしまったのでは?
真意を問いたいが、かえってそれが悪い事態への引き金になるようで訊けない。




『ウジウジ悩むくらいなら、牧野に言いに行けよ。戻って来いって』

総二郎はそう言って、なかなか行動を起こさない俺を焚き付けた。

『いつまでも逃げてんじゃねぇ。ちゃんと向き合って来い』


総二郎の言う通りかもしれない、と思う。
俺は時機を見ているのではなく、ただ現実から逃げているだけなのかも。

牧野に会いたい。
もう一度、俺の手を取ってほしいと言いたい。
それでも、彼女から再び拒絶されるかもしれないことを、俺はひどく恐れている。


だから言ったのにさ。
俺、メンタル弱いからって。


牧野から放たれた言葉に縫い留められて、俺はまだあの夜から動けずにいる。
強く結びついていると思っていた心の繋がりには、もう自信が持てない。

何が正解?
どうすれば正解?

堂々巡りを打破するには行動を起こせ、と総二郎は言う。
それでも、牧野に会いに行く決意は固まり切らなかった。
俺は、まだ、あの日から何も変われていない。




『まだ好きなんだろ? 諦めきれないんだろ?』

あきらも、日毎に沈んでいく俺をなんとか引き上げようとした。

『それを伝えることさえできないなら、視野を広げてみるのはどうだ?』


あきらは、内向的なままでは俺のためによくないと言った。一人、無為に日々を過ごすより、積極的に外に目を向け、世界を広げてみるべきだと。

あきらの言うことには一理ある気がした。
俺は、本来、自分の居心地のいい場所にしかいたくない質だ。
興味が湧くものにしか目を向けない質でもある。

だが、ひとたび社会に出れば、選り好みなど言っていられないわけで。
素行の悪さに目をつぶってくれた高等部とは違い、規模の異なる大学ではこれまで通り自由気ままというわけにもいかないだろう。


さまざまな葛藤と自問を繰り返しながらも前を向く。
祖父も言っていた。
自分にできることをし、経験を積み、力を蓄えろと。
諦めきれない想いがあるなら、無様でも必死に足掻くしかない。




桜が満開に咲き誇った春、俺達は英徳大学の入学式を迎えた。
高等部の面子は、留学組を除き、そのほとんどが持ち上がりになる。新入生のうち、約5分の1が内部生で、大多数は全国各地から入学してくる外部生だ。

俺達は3人とも経済学部に進学した。
大学においても例の妙な呼称は健在で、相変わらず周囲の視線は鬱陶しい。
だが、それらに無視を決め込んで自分の殻に閉じ籠るのなら、これまでの自分とは何も変わらないし変われないと思った。


とりあえず、話しかけてきた人間と何か会話してみることにする。
こうした俺の変化を、総二郎とあきらは面白がって観察していた。

最初、話しかけてくるのは外部生の女ばかりだった。
少し話してみて、どうにも続きそうにないと思ったら話は切り上げた。
共通の話題が見つかれば、掘り下げてみる努力もした。けれど長続きしない。
話をするのはやっぱり得意じゃない。


あっさり行き詰まった俺は、総二郎とあきらから話術を学ぶことを覚えた。
これまでまったく注意を払ってこなかったが、二人は実に良い教材だった。

彼らは、『聞き上手』と『話し上手』を場面により巧く使い分けている。
相手が話しやすいように会話を誘導し、相槌を打ってやる。
ここぞというポイントで、適切なコメントをする。
それで会話は成立すると改めて知るが、そうかと言って俺に実践は難しそうだった。


牧野とはそうじゃなかった。彼女も話し上手であり、聞き上手であったから。
話し手の時はいつも明るい話題で俺を楽しませてくれたし、聞き手の時は、俺の言葉が出てくるまでのんびり待ち、結果として言葉足らずだったとしてもそれを許してくれた。
無言でさえも会話として成り立つ。
彼女はそういう特別な相手だったのだと分かる。



そのうち、大学の講義の中でグループ学習形式の取り組みが始まると、必然的にクラスメイトと接する機会は増えた。

外部生は、受験を乗り越えてきただけあって、内部生よりも学力面で勝る。
そうした奴らを相手にディベートをするのはいい刺激で、それなりに面白かった。
クラスメイトに教えたり、教えられたりすることも初めての経験だった。

資格試験の勉強は捗々はかばかしいとは言えない状況ではあったが、クラスメイトの中には俺と同様の命題を課されて取り組んでいる者もいたので、どういう勉強をしているのか、情報交換し合うこともあった。


祖父は“人脈は金脈だ”と話したことがある。
かつて不動産業界でその名が通っていたのは伊達ではない。
人付き合いの苦手な自分には、無関係の言葉だとずっと思ってきた。
だが、認識を少し改める。

近づいてくる相手を、鬱陶しいから、面倒だからと切り捨てるのではなく、デメリットを容認しつつ知ってみる。適切な距離感を掴む。その心理を読む。
親しくなることまではしなくてもいい。こちらの手の内は隠したままでいい。
こうして、俺は、少しずつネットワークの構築に努めた。





「人付き合いがやっと中学生レベルになったな」

辛い点数を付けたのは総二郎。

「会社経営に人脈は不可欠だ。ここにいる奴らとはいずれ共同で仕事することもある。その為人ひととなりを知っておくのはそれなりに有用だぜ」

そう言ったのはあきら。
すでに会社経営に参画している彼の言葉は重い。

「だがな、利用してもいいが利用されることは許すな。その匙加減が重要なんだ。…でも、ま、お前に他人を知ろうとする姿勢が見られるだけでも、大いなる前進だろ」

尤もだ、と総二郎も笑う。
二人から子供扱いされているようで気分は悪いが、コミュニケーション能力に関しては不得手が際立っているので反論は出来ない。


「類。今夜、時間あるか?」

あきらが問う。

「作ろうと思えばある。…なんで?」
「取引先の記念式典がある。顔を出してみないか? 企業の要人を知るのも重要な下積みになるぞ」

分かった、と応じると、親友は意味深な笑みを浮かべた。


「…司だけどな。鉄の女と真っ向から対峙して、例の婚約話を延期に持ち込んだらしいぞ」
「へぇ…」
「本人曰く、建設的な意見交換をした、だと。あいつの口から“建設的”なんて言葉が出るとは驚きだよな」

司を変えることができた人物がいたとしたら、それは彼女だ。
俺は祖父から聞いた話を思い出す。

「…負けてられないよね。俺も」






いつも拍手をありがとうございます。今夜のUPはギリギリでした…。
類は自身の不得手の克服に努めます。いかなる場においても、相手を知ることは大事だと思います。
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4 Comments

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2019/11/08 (Fri) 10:29 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます(*'ω'*)

これまでの自分を変えようと不得手の克服に臨む類。周囲とのコミュニケーションを積極的に図ろうとする姿は、本来の彼のイメージにそぐわない気もして色々と悩みました。彼には、誰も寄せ付けない孤高の人であってほしいという方もいらっしゃる気がして…。
それでも類がいつか会社のリーダーとして立つためには、あきらや総二郎のような柔軟性も必須であろうと考え、この方向性は修正しないことにしました。

類の時間も刻々と過ぎていきます。彼の奮闘を見守っていてくださいね。

2019/11/09 (Sat) 01:22 | REPLY |   

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2019/11/24 (Sun) 14:25 | REPLY |   
nainai

nainai  

ふ様

おはようございます。3回目の返信です。
丁寧に読み返してくださって、ありがとうございます(*'ω'*)

類のキャンパスライフもそうなのですが、つくしの高校生活についてもできるだけリアルな感覚を残したくて、記憶を掘り起こしながら執筆しています。教室とか、生協とか、部活とか、もう単語そのものが懐かしいですよねぇ。

この回、類の性格を考えると少し違うような気もする…と悩みながらのUPでした。類は他人と迎合しない、というイメージが強いのですが、迎合というよりは共調であるとご理解いただければ…。類への応援、ありがとうございました。

2019/11/25 (Mon) 06:33 | REPLY |   

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