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Category第1章 紡いでいくもの
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「あのさ、花沢類。…明後日、誕生日でしょう?」
3月30日、彼は21歳になる。
「大した物じゃないんだけど、受け取ってほしい物があってね…」
あたしはおもむろに鞄を開ける。
鞄の中で皺にならなかったかを確かめて、あたしはラッピング袋を取り出した。
「経済的にあまり余裕がなくて、ほんと、つまんない物なんだけど…」
「…プレゼント?」

渡す段になって生まれてくる躊躇に、あたしの動きは鈍る。だけど、彼は途端ににっこりと嬉しそうな表情を顕わにし、あたしの心をぎゅっと掴んだ。
―ちょっとその笑顔、破壊力MAXなんですけど…。
これだけ長く一緒にいても、花沢類の笑顔には相変わらず免疫ができていない自分に笑えて、あたしはえいっとばかりに勢いよく袋を差し出した。


「誕生日おめでとう! うちに帰ってから開けてくれる? って、ちょっ…!」
花沢類は受け取るなり、あたしの制止も聞かずに袋を開封し始めた。
シュルッとラッピングリボンが解かれる。
「ダメだってば…。恥ずかしいから、一人のときに開けてっ」
「いいじゃん。お礼も言いたいし」
「もうっ…」
あたしは恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆った。

元より彼には今すぐ欲しい物などないだろう。
欲しいと思えばすぐ手に入れられる環境下にあり、ましてセンスのいい彼のこと、安価な既製品で満足してもらえるとは思わなかった。
だとしたら手作りしかないだろう、と思うのはあたしの安直さで…。

ガサガサと袋が音を立て、中身を引っ張り出したらしい彼の動きが止まって音が止むと、やがて弾んだような声音で彼が問うた。
「これ、ブックマーカー?」
「…そう。花沢類はよく本を読むし、使い勝手があるかなって思って…」
不承不承、あたしは答えた。
シルバーの金属片についた飾りに指先で触れながら、さらに花沢類はあたしに問う。
「もしかして、手作り?」
「そう。工房に行って作ったの。七宝しっぽう焼きっていってね…」
あたしは説明を始める。


桜子から祝賀会の連絡があったとき、その日程が花沢類の誕生日の2日前であることにはすぐ気づいた。日頃からお世話になっている彼に、何かプレゼントをしたいと思うのは、あたしにとってはごく自然なことだった。
思い立ったはいいけれど、何をプレゼントするべきか、ずいぶん悩んでしまって…。
そんなあるとき、街中を歩いていて、ふとショーウインドウのブックマーカーに目が留まった。
その商品は手帳や本に金具を差し込んで使うタイプの栞で、全体が緩いS字を描いている。先端部分の穴にチャーム(飾り)を繋げると、自分だけのオリジナル作品ができるという謳い文句に心惹かれた。

チャームはその店の奥にある工房で作れるらしく、あたしは飛び込みでさっそくブックマーカー作りにトライした。店主さんはいろいろなプランをあたしに提示してくれたけれど、あたしが作りたいものはもう決まっていた。
あたしの中の彼のイメージカラーは青だ。
澄みきった青空のような、どこまでも明るい青。
店頭に作成例として展示されていた七宝焼きのチャームの、不思議な色合いが気に入り、その飾りをあしらったブックマーカーを作りたいと思った。

直径1.5㎝と1㎝の銅の基板の上にガラス質の青と緑の釉薬ゆうやくを乗せ、800度前後で焼成しょうせいしてもらうと釉薬が融けてひと塊になった。炎は折々で色彩を変化させるから、2つが2つとも同じ色合いにならなかったけれど、満足のいく出来ではあった。
その銅板を接着剤でチャームの台座に貼り付け、それをブックマーカーの金属片に繋ぎ、約1時間の作業でプレゼントは出来上がったのだった。


「…ありがとう。大事にする」
「ほんと大層なものじゃないから、気軽に使ってね?」
「服飾専門だけあって、やっぱり手先が器用だね」
「はは…それはどうも…」
プレゼントを目の前で開封された照れも相まって、ごちゃごちゃと言い募るうちに車はゆっくり停車した。
アパートに着いたのだろう。あたしはこれ幸いと下りる準備をした。
「送ってくれてありがとね、花沢類」
運転手の宮本さんが後部席のドアを開けてくれて、あたしはリムジンを滑り降りた。
「お休みなさいませ、牧野様」
「余計なお仕事を増やしてすみません。宮本さんもお休みなさい」
すっかり顔馴染みになってしまった宮本さんの朗らかなその笑顔が、あたしは大好きだった。

「牧野」
宮本さんが運転席に戻る間に、花沢類はすーっと後部席のウインドウを下ろして、あたしに話しかけてきた。
「またね」
「うん、またね。4月からお互いに頑張ろう」
「…俺は、ほどほどにやる」
「それでいいんじゃない? 花沢類のペースで頑張れば。だって先は長いんだもの」
またね、と最初に言い合ったのに、それからも二言三言会話を交わして、あたし達はようやく別れを告げた。
花沢類はあたしがアパートの階段を上りきるまでを見届けてから、小さく手を振り、ウインドウを上げた。間もなくリムジンはゆっくりと発進し、春の夜の闇間へと消えていった。




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