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視線 ~56~

Category*『視線』
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大学への進学を機に、4月中旬からは週に二度ほど、花沢物産本社に出社するようにしている。俺には、田村という秘書課の社員が指導係としてつけられ、彼の立てたスケジュールに沿って研修を行うことになっていた。
他社主催の記念式典などへの出席の可否について念のため確認すると、会社の人間としてではなく、俺個人として出席するのであれば構わないとの回答があった。


あきらに誘われ、彼の伝手で社交の場に顔を出すこと数度。
そうした試みも今後の仕事のために役立つはず。
理屈は分かっている。

…けど、正直、心がしんどい。
作り笑いにも限界がある。


上辺だけの笑顔。
口先だけの美辞麗句。
大仰なパフォーマンス。

幼少期に感じた虚構の世界そのものに、早くも辟易してしまう自分がいる。
清濁併せ呑むようなあきらの振る舞いには、頭が下がる思いだ。




6月。入梅が近くなる。

最初の週末の夜も、俺はある企業のパーティーに出席していた。
それなりに収穫があったような気もするし、徒労に終わったような気もする。
とりあえず、今夜はもう疲れた。
周囲には聞こえぬように洩らした溜息を、あきらの耳に拾われる。

「疲れたか? 類にしちゃ粘ったな」
「…帰るよ」
「まぁ、待て。…もう一人、大物が来たぞ。挨拶しておいて損はない相手だ」

輸送用機器メーカーの大手である大邑おおむらコーポレーション。
その名誉会長、大邑道徳だと教えてもらう。

こういうとき、あきらの情報アンテナは非常に有用だ。
親友は覚えが良く、人付き合いの要を心得ている。
見習うべきポイントだと思う。



「大邑様、ご無沙汰しております。美作です」

挨拶の順番になると、あきらが率先して話しかけた。
名を呼ばれた老紳士はあきらと向き合い、ゆっくりと相好を崩した。

「やぁ、あきら君。…しばらく見ないうちに男振りを上げたな」
「恐れ入ります」
「美作社長は元気にしておいでかな?」
「はい。アジア圏を忙しく飛び回っております」
「それは何より」

それから二言三言、言葉を交わした後で、大邑氏は傍に立つ俺に目線を振った。
老齢のためか、色素の薄くなった瞳がひたと俺を見据える。
俺は一歩進み出て、声を発した。


「初めてお目にかかります。花沢と申します」
「もしや、花沢圭悟社長のご子息かな?」
「はい。ご挨拶の機会を得ることができ、大変嬉しく思います」
「私もだ。今後の日本経済を担う若者を見ると、叱咤激励したくなるものでね」

大邑氏が差し出した右手を取り、握り返す。
思いのほか、彼の握力は強かった。

「このところお会いできていないが、宗像さんはお元気だろうか」
「はい。お陰様で」
「また店に顔を出すから、と伝えておいてください」

なるほど、大邑氏は祖父の知り合いでもあったのだと納得する。
こうした場で挨拶を交わしていると、ふいに祖父の名を耳にすることもあり、彼の交友関係の広さに改めて驚かされる。




大邑名誉会長への挨拶を最後に、俺とあきらはパーティー会場をあとにした。
迎えの車を表に呼んであったので、ホテルのエントランスに向かう。
ホールを通り過ぎようとしたところで背後から声が掛かった。


「花沢さん!」


追い縋るような、トーンの高い女の声。
振り返らなくても誰か分かる。

「類…」
「あきら、先に帰って」

言葉の先を封じるように俺が言うと、あきらは了解とばかりに片手を挙げ、足早にホテルを出ていった。

ゆっくり振り返ると、イブニングドレスに身を包んだ柊木織恵の姿がある。
父の了承を得て以降、清和銀行側からの誘いはことごとく断るようにしていたが、数ヶ月が経過しても尚、彼女からこうした直接のアプローチがあった。


溜息が出る。
会社への配慮もあり、彼女を無下に扱うことはしてこなかった。
でも、婉曲な拒絶はそろそろ限界かと思う。


「…何?」
「少しお時間をいただけませんか?」
「これまでにも何度か伝えたはずだけど、こういうのは迷惑」

会場内で彼女の姿は見かけなかった。
それでも、こちらの動向を追われていたのだろうと思うと、気分が悪い。
俺の言葉に怯んだように、彼女の大きな瞳が潤む。

「…どうしても、無理ですか?」

場の不利があることにはすぐ気づいた。
ここはエントランスホールで、周囲には多くの目がある。
それを計算して話しかけてきたとしたら、相手も大概にタチが悪い。


無視するか?
対峙するか?


「…場所を移していい?」
「はい!」
「斜向かいのホテルの1階にカフェがある。そこで待ってて」

そこまでを告げると、俺は目線で彼女を促した。
柊木織恵は淡く笑み、足早に移動し始めた。
俺はホテルのロータリーに待たせていた迎えの車に一旦乗り込み、大通りを挟んだ斜向かいのホテルに移動するように告げる。


気は進まないが、こうなっては仕方ない。
今夜で最後にするつもりで、俺は彼女との待ち合わせ場所に向かった。






いつも拍手をありがとうございます。
類は、織恵からのアプローチをどのように断るでしょうか。
次は、二人の対話を描きます。
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