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視線 ~58~

Category*『視線』
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「牧野さん、俺と付き合ってください」

放課後の校舎裏、目の前で頭を下げているのは、隣のクラスの古賀君。
先日行われた体育祭の準備期間中、役員活動を通じて顔を合わせることが多かった。
共通の知人を介してここに呼び出され、彼の告白を受ける。
彼はよく日に焼けた顔を上げ、目を白黒させるあたしに快活そうな笑みを見せた。

「これから受験だけど志望校も同じだし、一緒に勉強できたらなって」
「…えっと…その…」


こうしたシチュエーションは、転校してきて二度目だった。
だからと言って慣れるものでもない。

古賀君は、いい人だ。
面倒な仕事も進んで引き受け、周囲にも気配りができる。
笑顔も爽やかな好青年。
だけど…。


「…ごめんなさい。あたしには、ずっと忘れられない人がいて…」

あたしは深々と頭を下げた。
あなたの真っ直ぐな気持ちには応えてあげられない。
それを真摯に詫びる。




その後の帰り道。


「あ~ぁ。つくしちゃん、勿体ないよ。古賀君すごくいい人なのに」

自転車を押しながらそう言ったのは、鈴原さん改め諒子ちゃん。
出会って半年、今ではお互いを下の名前で呼び合う仲になっている。

諒子ちゃんは、古賀君と中学が一緒だったからよく知っていると言う。
あたしは苦笑いを浮かべた。


「うん。いい人なのは、分かってるんだけど…」
「ならOKすればよかったのに。一緒に勉強して励まし合う、とか憧れるよ」
「でも、気持ちがないのに付き合うのは、相手に失礼じゃない?」

あたしの代わりに反論を述べてくれたのは、柴田さん改め深幸ちゃん。
二人には、東京で付き合っていた相手とは引越しを機に別れたと話してあった。
複雑な家庭事情については言えないままだ。

「そうかなぁ。どんなに元カレが好きでも、復縁があり得ないなら、次に目を向けてみるのもいいんじゃない?」
「まぁ、付き合ってるうちに、だんだん好きになるかもしれないけどね…」

諒子ちゃんはポジティブ思考だ。彼女の明るさにいつも励まされている。
対して、深幸ちゃんはすごく慎重で現実的。あたしの感性と近い。


確かに、あたしと類の関係はそうだった。
最初はあたしが一方的に彼を好きで。
一緒にいるうちに、彼も徐々にあたしを好きになってくれた。
だから古賀君と一緒にいれば、あたしもいつかは彼を好きになるかもしれなくて…。



…うぅん。
やっぱり、それはない。



「でも、ほら、こないだの合否判定も微妙だったし、今は勉強に集中しなきゃ」

先日の実力テストのことを話題にすると、二人とも揃って渋い顔をした。

「私もヤバかった。特に化学が…。部活と体育祭で勉強する暇なかったし」
「私も…。でも部活はもう引き継ぐし、あとは勉強一色だね」
「今は恋愛にうつつ抜かしてる場合じゃないよ。だから、この話はもうおしまい!」

そう切り上げると、二人は「はぁい」と間延びした返事を寄越した。
次の交差点で、あたし達は手を振って別れた。




自転車を加速させると向かい風を受け、セーラーの襟とスカートの裾がはためく。
一人になると、古賀君のことが頭をよぎった。
申し訳なさで胸がいっぱいになる。


ごめんなさい。
勇気を出して、気持ちを打ち明けてくれたのに。
あたしなんかを好きになってくれて、ありがとう。

でも、たぶん、あたしの心にあいた空洞は大きすぎて。
埋めよう、埋めようと思っても、底が知れないほど深すぎて。
いくら時間が経っても、修復しようがないの。



今になって思うことがある。
平穏無事な毎日を送れるようになった、今だからこそ。



本当は、何を置いても、あたしは類の元に帰りたい。



ようやく訪れた穏やかな日常を手離しても。
この温かな居場所を失っても。
実現できそうにない課題を課されても。
冷たく、重く、刺さるような視線に晒されても。


どんなに苦しくても、つらくても、類の傍にいたい。
まるで馬鹿の一つ覚えみたいに、何度も、何度も、何度も。
延々と繰り返し、そう願ってしまうの。



人を好きになることが、こんなに苦しいことだとは思わなかった。
あたしの中に、これほどまでに激しい感情があるなんて知らなかった。

他の人を好きになる“いつか”はきっと訪れない。
あたしは、ずっと類のことが忘れられない。

叶わなくても。報われなくても。
あたしを見つめてくれた透明な瞳に、心奪われたままでいる―。





湿気を含んだぬるい風の吹く夕暮れだった。
気象庁は一週間前に中部地方の梅雨入りを発表した。
今日は久しぶりの晴れ間だったけれど、夜からは再び雨になる予報。


自宅から高校までの新しい通学路にも慣れた。
最後に待つ勾配のきつい坂道を、立ち漕ぎで一気に駆け上る。
汗が蟀谷を流れ、顎を伝っていく。
アパートの駐輪場にたどり着き、肩で息をしながら自転車を置いているときだった。


「牧野さん」


背後から掛けられた声。
柔らかな声の響きには覚えがあった。
ここにいるはずのない相手に思い当たって、あたしは驚愕した。

振り返った先のシルエット。
記憶に違わない、藍色の作務衣姿。


唇が震えた。


「…オーナー」


真っ赤な西日を背負い、穏やかに微笑みながら、オーナーはそこに佇んでいる。






いつも拍手をありがとうございます。
後半、風を切りながら自転車で疾走するつくしの、焼き切れてしまいそうな独白を、ずっと書きたいと思っていました。主題ともリンクする心情です。
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