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視線 ~60~

Category*『視線』
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膝の上に置いた手が細かく震えている。
まずは謝罪だろうと思った。
だけど、座布団から降り、畳に手をついた所でストップがかかる。

「牧野さん」

オーナーの声は柔らかいままだ。

「儂らはあなたに謝ってほしくてこの場を設けたのではない。あなたの気持ちを聞き、今後を話し合うために来たのだから」

…今後のこと?

「今日のことを類は知らない。儂と希和子とで話し合い、牧野さんに会うことを決めた。…決して悪いようにはしない。儂らを信じて話してもらえないだろうか。あなたの本心を」



弁明の機会を与えられていることは分かっていた。
だけど、あたしの中には強い葛藤がある。
類との未来を望む声と、もう望むべきではないと諫める声とが交じり合う。

結局、後者が打ち克つ。
あたしは迷いなく畳に手をつき、深々と頭を下げた。


「オーナーと女将さんには、懇切丁寧なご指導を賜りながらご挨拶にも伺わず、東京を離れてしまったご無礼を深くお詫びいたします。
ご心配をおかけしましたが、私も家族もこの地で再出発することができました。家族4人で力を合わせ、これからも頑張っていく所存です」

道はすでに分かたれている。そう思う。

「類さんと過ごした日々は、私にとって宝物のようです。…ですが、彼のパートナーに求められる要件を、私はこの先も満たすことができません。私自身の力量もそうですし、家族の抱える問題もまた然りです。
…母は、詐欺事件の被害者でしたが、二次的な加害者に転じてしまいました。被害を受けた方々に、両親は誠意をもって対応していますが、そうした過ちは人の記憶の中から消せないものだと私は思います」

普通に考えれば分かることだ。
ただでさえ、一般家庭の出自をご両親にはマイナス評価されていたと聞く。
詐欺事件云々など、もはや問題外だろう。

「無理をしなくても、背伸びをしなくても、私のありのままを受け止めてくれるのは今のコミュニティです。私は、英徳では見つけることのできなかった居場所を、ここに見つけることができました。本当に、心穏やかな日々です。住む世界が違う、という言葉がありますが、その意味を痛感した次第です。
…お二人のお心遣いに深く感謝いたします。遠方に足を運び、弁明の機会まで与えてくださったのに、このような陳述しかできないことを大変申し訳なく思います」



「牧野さん、顔を上げてください」

オーナーに促され、あたしは座礼を解いて正座し直した。
穏やかな口調で問いかけられる。
しっかりとその瞳を見つめ返す。

「復縁は望んでいないのかね?」
「望みません」
「類とのことはすでに過去である、と?」
「はい。大切な思い出です」
「類の方がそれに納得していなくても?」
「…申し訳ございません」

最後の返答がわずかに遅れる。
動揺を気取られぬように奥歯をぎゅっと噛む。
オーナーは困ったように小さく息を吐き、隣の希和子さんと目線を交わす。
彼女の方は柔和な笑みを崩さない。



オーナーは話を転換させる。

「司君が天満月に来たことがあってね。彼が渡米する前の1月下旬のことだ」
「…道明寺…さんが?」
「会うのは数年ぶりだったが、雰囲気はずいぶんと変わっていたよ。静岡で牧野さんに会った時の話をしてくれた」

道明寺との会話を思い出す。
あたしが流した涙のことは言わないでほしいと、あのとき彼に頼んだ。
道明寺は、約束を守ってくれただろうか。



彼は、自分のこれまでの振る舞いを包み隠さず明かしたそうだ。
F4という呼称と、学園内における絶対的権勢。
寄付金に準じる形の特別待遇と、自由気ままな行動。
赤札の宣告から始まる残酷なゲーム。
あたしとの出会い、対立、そして和解―。

その中で類がどのようにあたしに関わり、どんなふうに変わっていったのか。
道明寺は、自分の視点からそれらを語ったと言う。



「司君は、一連の出来事を通じて、自分がいかに傲慢で幼い思考をしていたかを反省した、と言っていた。牧野さんが、どんな苦しい状況下にあっても信念を曲げずにいたこと。赤札に纏わる一件を許して自分と和解してくれたこと。そして親御さんの過ちを正し、許し、支えてきたこと。それらをとても評価していた」

…道明寺が、そんなことを。

「司君は、牧野さんに出会えたことで新たな見地を手に入れたと言った。そして、それは類も同じだろうと」
「…それは過大評価です。ただ、私という庶民の視点が珍しかっただけでしょう。今思えば、本当に無謀な発言をしてしまったと思っているんです」

あたしは淡く笑む。
道明寺の話には、だいぶ誇張した表現があったようだ。
でも、例えそうだとしても、自分なりの考えで正しいと思って突き進んできた道を、誤ってはいないと彼に言ってもらえた気がして、心が揺れた。



「先日は、お茶会の席で総二郎君にも話しかけられてね」
「西門さんに?」
「彼はもっとシンプルだったよ。彼の言葉をそのまま引用するなら、牧野さんは、馬鹿がつくほど真面目で、意固地な女だから、こうと決めたら自分からは折れない。その考えをいい方向に転換できるように、全面的に支援してやってほしい。こちらにもその心づもりがあるから、とね」
「…………」

いつでも中立の立場を宣言していた西門さん。
その彼があたしを擁護する発言してくれたことを知って、胸がいっぱいになる。



「私は、あきら君に頼まれました」

それまで沈黙を保っていた希和子さんが、おもむろに口を開く。

「所用がありまして、美作家を訪問させていただきました。あきら君のお母様とは長年親交があるのです。あきら君はその際に同席され、このように念押ししました。
…類は今、自分自身が変わるべきだと懸命に頑張っているそうです。大学では苦手としていた人間関係の構築に努めています。資格試験の勉強も継続し、会社では研修を受けながら仕事を覚えようとしています。決して牧野さんとの未来を諦めたわけではなく、ただ、勝機が巡ってくるのを待っているのだと」

F4の中で一番親身になってくれたのは美作さんだった。
最初からあたし達の恋を応援し、兄のような存在で居続けてくれた。

「類にこれだけの影響力を与えられる存在は他にいない、と彼は言いました。
…私もそう思います。成長するにつれ心を閉ざしていくあの子を、……笑顔からは遠ざかってしまうあの子を、歯痒い思いで見つめながらも、ずっと何もできずにいた母親ですから…」


希和子さんはそこで言葉を切り、ひどく自嘲気味に笑った。
自責の念に駆られるような、強い揺らぎ。
母親としての深い苦悩を、そこに見た気がした。






いつも拍手をありがとうございます。
F3もそれぞれ、二人のために働きかけを行ってくれていました。
つくしの気持ちは大きく揺れ動きます。
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4 Comments

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2019/11/18 (Mon) 13:54 | REPLY |   

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2019/11/18 (Mon) 23:00 | REPLY |   
nainai

nainai  

て様

こんばんは。コメント嬉しいです~(*^-^*)
つくしへの応援メッセージもありがとうございます。

総二郎が指摘したように、良くも悪くも真面目で意固地なつくし。彼女は彼女なりに必死なんですよね。そのひたむきさは若さ故でもあります。
でも、この半年間の類の頑張りやF3の働きかけを知って、つくしは胸を熱くしました。突破口は見え始めているのです。つくしが抱える最大の懸念を、周と希和子は引き出せるでしょうか。

物語は『結』章へと向かいます。最後までよろしくお付き合いくださいませ。

2019/11/18 (Mon) 23:27 | REPLY |   
nainai

nainai  

m様

こんばんは。ご訪問くださってありがとうございます。
コメントも嬉しいです~(*'▽')

この半年間、類は自身を成長させるために、つくしは家族の生活を再建させるために、それぞれで頑張ってきました。今回類が来れなかったのには理由があるのですが、それはまた後述となります。
今、つくしの気持ちは大きく揺れています。…が、まだ本音は語らず。三者会談もあと少し。周と希和子の話術にご注目くださいね。

先にひとつ回答しておくと、何でもできちゃいそうな周ですが、都さんとはお知り合いではありません。千恵子をピシャリと叱った都はお気に入りのキャラでした。つくしと進を擁護してくれる大人がどうしても必要だったんです。

物語は、起承転結の最後の章へ。最終話までお楽しみいただければ幸いです。

2019/11/18 (Mon) 23:45 | REPLY |   

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