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視線 ~65~

Category*『視線』
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手紙に記した約束の日。
邸の外に足を踏み出せば、上空には雲一つない晴天が広がっていた。
容赦なく地上に降り注ぐ陽光が、寝不足の目にひどく沁みる。

馬場の誘導でリムジンに乗り込むと、適温に管理された車内に安堵の息をつき、軽く目を閉じた。瞼の裏には白い残像がチラつく。


目的地は東京駅。


この日を迎えるまで、できるだけ心穏やかに過ごそうと決めていた。
賽は投げられた。牧野への想いはすべて手紙に託した。

彼女が来てくれるかどうかは分からない。
だけど、その結果を一つの節目と捉えるつもりでいる。



東京駅は相変わらず混雑していた。
外国人観光客のみならず、親子連れの姿が多い。
世間的には夏休みが始まったばかりで、浮足立つような喧騒がそこにはあった。
俺は改札を抜け、溢れかえる人波を避けながらプラットホームを目指す。

指定号車の近くのベンチを陣取り、そこから電光掲示板を見上げた。
新幹線に遅延はなく、あと15分もすれば終点であるこの駅に到着するだろう。

試験結果を待つときに緊張した経験はない。
だけど、今回ばかりは違った。
胸がドクドクと波打つ。
忙しなく手を組み解きしながら、牧野の出した答えをじっと待つ。




やがて、その瞬間は訪れた。




プラットホームに響き渡るアナウンス。
けたたましく鳴り響く電子音。
銀色の流線型の先頭が滑るように目の前を通過し、車体は徐々に減速していく。

俺は立ち上がり、前後いずれの乗降口も見える位置で待つ。
指定席の位置を考えれば、彼女は後方から出てくるはずだった。

新幹線が完停止する。ゆっくりとドアが開く。
次の瞬間、乗客は足を踏み出した。ホームに人が溢れ出てくる。
牧野の姿はまだ捉えられない。
だが、俺が彼女を見過ごすはずはない。


降車する人の列はやがて疎らになり、最後の一人が出てきた。
だけど、それは牧野ではなくて―。




―いない。




熱気に満ちた空間にありながら、冷たい汗が背を伝う。
周囲の音がかき消えていくようだった。
俺は目の前の現実に打ちのめされる。



戻って来ると信じていた。
でも、これが牧野の答えなんだ。



無人になった回送車両を前に、呆然と立ち尽くす俺の姿は滑稽だ。
縫い留められたように足が動かない。
でも、未練がましく待つことはしない、と手紙には書いておいた。
彼女が来ない以上、俺はここを立ち去るべきだった。




どうにかこうにか気力を奮い起こして、体の向きを変える。
来るときとは違い、足取りは重かった。
そうして、改札口へと続く階段が近づいてきた時だった。



「……ぃ…っ!」



周囲のノイズとは違う声。
それを耳に拾った気がして足を止める。


「…待って…っ」


瞬時に背後を振り返る。
こちらに向かって必死に駆け寄ってくる、誰か。


「…類っ!!」


俺も反射的に駆け出していた。
数秒とかからずに、相手との距離を縮める。


「牧野…っ!」


泣き出しそうな表情で駆けてきたのは、紛れもなく彼女で。
乱れた髪もそのままに、俺を見上げている。
喜びと驚きが綯い交ぜになる。

「…はぁっ…よかった…っ。…まだ、いてくれて…っ」
「どうしたの? この便に乗ってたんだろ?」

言葉にならないのか、肩で息をしながら彼女は何度も頷く。
それなら、どうしてすぐに出てこなかったのか?

「…それがね…」



息を整えてから牧野は話し出す。
事の経緯はこうだった。

終点に着く前にレストルームを利用した彼女。
自分の席に戻ろうとすると、デッキ内で探し物をしている親子連れに出会った。
男の子は泣いており、母親はひどく不機嫌だった。訊けば、乗車券を紛失してしまったらしい。

自分の分は自分で持つと主張した小学生の子供に、母親は本人のチケットを預けていた。子供は到着までの待ち時間で、退屈しのぎに車両とデッキとを何度も行き来していた。そのうちに、チケットをどこかに落としてしまったようだ。

牧野はすぐさま協力を申し出た。
親子は、グリーン車ではなく自由席車両の利用客だったために、その車両まで一緒に移動し、それからもう一度足跡を辿っていったそうだ。

間もなく、新幹線は終点に到着した。降車する乗客がいなくなった後で、乗車してきた清掃スタッフの協力を得ながら、牧野達はチケットを探し続けた。


「それで、見つかったの?」
「うん…」


最終的に、牧野と清掃スタッフがほぼ同時にそれを発見した。
子供は他のゴミと一緒に、チケットをダストボックスに捨ててしまっていたのだ。
歓喜に沸く間もなく、彼女は新幹線から飛び出し、俺を探したという。


「…ごめんね。…あたし、いつも…こんなのばっかりで…っ」


あまりにも牧野らしいイレギュラーバウンドに、思わず笑みがこぼれる。
長い間、こんなふうに笑うことができなかった。
だけど、俺、もう笑えてるよ。

これ、感動の再会っていうシチュエーションじゃなかったっけ?
でも彼女はこういう性分なんだよな。



最初にデートした水族館。
転倒しそうになる小学生を抱きとめた彼女。

プラネタリウムからの帰り道。
迷子の女の子を保護した彼女。

困っている人がいれば、手助けせずにはいられず。
それでいて、見返りは求めない。




そうした彼女の純朴さを、俺は、愛してきたんだよ。
誰よりも深く、愛してるんだよ。




俺を見上げる漆黒の瞳が、涙で潤んでいく。
ごめんね、と何度も繰り返す彼女に近づき、そのままそっと抱きしめた。


「…おかえり」


小さな身じろぎ。
そして、嗚咽。
俺にしがみつく腕の、その強さ。


「…た、だいま…っ」


それ以上の言葉は要らない。

あんたが腕の中にいる。
もう、それだけでいいんだ。







いつも拍手をありがとうございます。
前半、ちょっとドキドキしてもらいましたが、ようやく再会できた二人です!
この流れのままに明日も更新します。どうぞお付き合いください。
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2 Comments

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2019/11/28 (Thu) 12:14 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます(*^^)v
類視点からのあの展開、驚いてもらえましたか?

一つだけ訂正をさせていただくと、二人が再会したのはプラットホーム上です。ホームを去る直前の類を引き留めた…というつもりで書いていました。描写が分かりにくくてすみません(^^;)

ようやく再会を果たした二人です。が、ここで終わりではなく、伏線を回収しつつ、まだまだ書きたいエピソードがあります。最後までよろしくお付き合いくださいませ。

2019/11/28 (Thu) 21:01 | REPLY |   

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