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視線 ~66~

Category*『視線』
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すべてがゼロになる瞬間。
それを、あたしはあの時に知った。



回送列車がホームに留まっていられる時間には限りがあった。
男の子の乗車券を必死に探して。清掃スタッフの人と一緒に探ったダストボックスの中から、ようやくそれを発見して。
感謝の言葉を繰り返す親子に、先を急ぐ旨を告げて手を振った。

新幹線の乗降口から飛び出すと、外の熱気に包まれて一気に汗が吹き出た。
到着時刻にはホームにいてくれたはずの彼の姿を探す。


でも、見つからない。


新幹線が到着してから、優に10分は過ぎている。
手紙には、あたしが来なければ待たないと書いてあったことを思い出す。
彼が帰っていたとしてもおかしくはない―。


あぁ、どうして、あたしはいつもこうなんだろう。
肝心なときに、うまくやれないの。
彼に与えてしまっただろう失望を思えば、何度謝っても足りない気がする。


類、ごめんね。本当にごめん。
だけど、追いかけるから。
あたしは改札口へと続く出口を探す。



その時だった。
遠ざかっていく人波の中に、見慣れた後ろ姿を捉えたのは。

あれは、類だ。
あたしは、彼を、絶対に見誤ったりしない。

その場を駆け出す。
構内アナウンスや発着のベルに負けないくらいの声を張る。


「…類…っ!」


声は届いた。
彼が足を止める。


「…待って…!」


類が、あたしを、振り返る。
視線がかち合う。

そこに浮かんだ微笑に安堵して。
こうして、あたし達は、数ヶ月ぶりの再会を果たした。





「…おかえり」

それは、あたしのすべてを許してくれる言葉だったと思う。
フレグランスがふわりと香る。
ゆるく抱きしめられ、涙が止まらない。

類は、優しすぎる。
あたしは、まだ、謝りきれていないのに。

抱きしめたりしないで。
ちゃんと謝らせて。
…だけど、離れられない。

「…た、だいま…っ」




この瞬間、あたしの中では何もかもがゼロになった。




自分自身のマイナス要素も。
周囲からのマイナス査定も。
そんなの、もう、どうだっていい。


類が、あたしを、必要としてくれるなら。
あたしには、類が、どうしても必要だから。

あたしが自分自身を信じられなくても、類のことを信じてついていく。
そして、いつかはマイナスを相乗して、プラスに変えてやるんだ。



どんな時でも、あなたの隣で、堂々と胸張って微笑んでみせるよ…!





行こう、と優しく促されて。
頷いてなんとか涙を抑え込み、類に肩を抱かれてあたしは歩き出した。

…そして、ようやく気付く。
周囲から注がれている、たくさんの視線に。
冷静になってみれば、ここは公共の場なわけで。

一気に蒼褪める思いがした。
直後に沸騰。

感情の乱高下に眩暈を覚える。
公衆の面前でラブシーンを演じてしまった自分達が、猛烈に恥ずかしい。



だめだ…。
顔から火が噴き出そう。

決意虚しく、今は堂々と胸を張れないし、微笑む余裕なんて微塵もない。
穴があったら入りたいのに、駅の出口までの道のりの遠いこと、遠いこと…。


「大丈夫?」
「…大丈夫じゃない…。恥ずかしくて死にそう…」

対する彼は、まったく動じていない。
むしろ、超がつくほど嬉しそう。

「なんで? 記念すべき再会だよ」
「…やだ…忘れてよ。もう一回、再会前からやり直したい…」


こんなはずじゃなかったのに。
もっとスマートに再会するはずだったのに。
ちょっと泣いてしまうくらいのことは予想してたけど、こんな、こんな…。
別の意味で泣きたい気分だ。


「大丈夫だって。100人くらいの人が見てたかもしれないけど、そんなの東京の人口で考えたら微々たるもんだし」
「…割合は問題じゃない…」
「うまくいってよかったねって、拍手してくれた人もいたよ」
「…うん…でも…」
「あの場でキスしなかった俺の理性を褒めてほしいな」
「…キッ……それこそ、あり得ないから…」



あたし達の間には遠い隔たりがあった……はずだった。
だけど、時間も、距離も、あっという間に飛び越えてしまう。


あたし達を包むのは、あの非常階段にいた頃の空気。
他の誰とも共有し得ない、唯一無二の感覚がここにある。






いつも拍手をありがとうございます。つくし視点の再会シーンでした。
明日は、12月の更新予定についてアナウンスします。
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