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視線 ~73~

Category*『視線』~完~
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「あのね、ママ。…類は、全部知ってるよ」

ママの様子を見かねたあたしは、つい口を挟んでしまう。
名指ししたことでママは顔を上げ、悲しそうなハの字の眉でこちらを見た。
そのまま、泣いてしまうんじゃないかと思った。

「別れることになった原因が何なのかも。例の事件の経緯も全部…」
「…そう、なのね…」
「すべて了承した上でこう言ってくれてるの。…最後まで話を聞いてもらえる?」

ママが頷くのを確認して、類は話し始める。
自分の家族のこと。
花沢物産という会社のこと―。


「会社を経営することは、実に過酷な業務だと俺は思います。物心ついた時から、両親は寸暇を惜しみながら仕事に向き合っていて、俺はそうした背中を見ながら育ちました。フランスの企業が主な商談相手であることから、パリに拠点を置く両親とは、小学校の頃から離れて暮らしています。現在も、彼らとは親子というより、非常にビジネスライクな関係性を保っているように思います」

類の家庭事情は特殊だ。

「俺は父の跡を継ぐつもりです。ですが会社は世襲制ではありませんし、社長の息子だからと優遇措置があるわけでもありません。実績がすべての世界です。
俺のパートナーになる女性には、きっと多くの苦労をかけることになると思います。その負担ができるだけ軽く済むようにと、相手側に対し、予め求める要件があったことは事実です」

類はあたしを見る。
微笑み返すと、彼は優しく目を和ませてまた前を向いた。



「つくしさんと過ごした高校生活は、ただ、楽しかったです。今まで抱いたことのない、たくさんの感情を教えてもらいました。俺にとって貴重な経験ばかりです。

彼女は、間違っていることをきちんと指摘できる強さを持っています。
過ちに気づいた人を許せる度量があります。
困っている人がいれば、手助けせずにはいられない性分でもあります。
少し不器用で、融通の利かない、だけどひたむきなつくしさんが俺は好きです」

類の言葉に、パパとママはうんうんと頷いて同意を示してくれる。
彼はそのまま告げる。

「つくしさんを俺のパートナーとして迎え入れることを許していただけませんか? 外国暮らしが長くなるでしょうし、一般家庭にはない気苦労をさせるでしょう。これから学んでもらわなければならないことも多いです。ですが彼女となら、問題の一つ一つに向き合い、ともに成長しながら前に進んでいけると思うんです」


ここで、あたしも自分の意志を示した。
春には東京に戻りたいと思っていること。
国立の三橋大学を受験するつもりでいること。
住まいの問題については、類が補足説明をしてくれる。



パパとママは顔を見合わせ、どちらが話すかをしばらく譲り合った。
結局はママが口を開く。

「…あの、本当にいいんでしょうか。うちの娘で…」
「えぇ。つくしさんがいいです」
「…私が関わってしまった詐欺のことは…」
「犯人はすでに逮捕されています。彼女のバックにいる組織についても警察が捜査を続けていて、一斉検挙も近いものと思われます。牧野さんは、同じく被害にあったご友人への補償を続けておられます。……すぐには無理でも、いつかはすべてが収束し、過去の一つになると俺は思います」

類の返答は淀みない。



それに応じて、ママが途切れ途切れに言葉を継ぐ。

「…つくしは……私達の子供とは思えないくらいしっかり者で。……私が詐欺に関わってしまった時も、とても冷静に対応してくれました。自分のことは後回しに、家族のために頑張ってくれました。
……でも、それは私達が無理をさせていたのだと、そうでないといけないようにつくしに仕向けていたのだと、親戚にはひどく叱られました」

あぁ、都さんのことだ、とあたしは思う。
彼女はママをきつく叱り、“大人”と“子供”の在り方を明確に示してくれた。
ママのためを思ってくれる都さんだからこそ、その言葉はママの心に響いたと思う。

「花沢さんの話を聞いて……つくしには、私達の知らない葛藤や悩みがたくさんあったことを、今日、初めて知りました。母親として、恥ずかしい思いでいっぱいです…。つくし、ごめんね…」 

うつむいたママは泣いていた。
その背を撫でるのはパパ、ティッシュを差し出したのは進だった。



「つくしの決意は固いんだね?」

パパがあたしに問う。
あたしが大きく頷くのを見て、パパは類に向けて深く頭を垂れる。

「…つくしを、よろしくお願いします。二人が長きに亘って素晴らしいパートナーになれるように、家族一同、精一杯応援させていただきます」

最後を締めてくれたのはパパだった。



はい、と応えた類。
その凛とした横顔を、あたしはこの先も忘れることはないだろう。





類が牧野家を辞去したのは午後5時のこと。夕飯を一緒に、とパパ達は思っていたみたいだけど、類はこの後にも予定があるらしく、帰路を急ぐ旨を詫びた。
次は泊まりに来てくださいね、と言った両親に、彼は笑顔で応じた。


あたし達は、類が来た時と逆の道順で、豊橋駅に向かう。

「牧野、パスポート持ってる?」
「うぅん。持ってない…」
「明日にでも申請しといて。出来上がるのに数日かかるから」

バスの中でそう言われて、あたしはその内容に驚く。
それって…。


「牧野のご両親の了承は得た。…次に会うべきは、俺の父親だと思う」
「うん…」
「帰国はまだ先になる。だから、一緒に会いに行かない?」

あたしは、類の顔をじっと見つめた。
まるで気負った様子のない彼に、あたしは頷く。

「行く。…行きたい。類のお父さんと話してみたい」
「よかった。先方に都合をつけてもらうよ」


ちゃんと言いたい。
これからのことを話したい。

まだ会ったことのない花沢圭悟さんに、あたしの想いを伝えたい。






いつも拍手をありがとうございます。
つくしが秘して語らなかった苦悩が明らかになった瞬間でした。
都の怒りを、真の意味で理解できた千恵子。もう道を誤ることはないでしょう。
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2 Comments

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2019/12/10 (Tue) 12:22 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

おはようございます。いつもコメントありがとうございます(*^_^*)

以前のママだったら、類の素性を知るなり、「夢にまで見た玉の輿!」と狂喜していたと思うんですよね。でも、自分の浅慮によって二人が別れを経験しており、都がそれを加味した上で千恵子を叱っているので、例の一件の罪深さが身に染みたことだろうと思います。本作において、私が重要視していたテーマでもありました。
一歩間違えば…の危うさをもっていたパパも、類の話を聞き、気持ちを新たにしてくれただろうと思います。しっかり者に成長した進もいますし、牧野家はもう大丈夫かな、と。

次なる展開は、つくしと圭悟の対面です。初対面の二人がどのような会話をするのか、やり取りを楽しんでいただければ幸いです。

2019/12/11 (Wed) 06:33 | REPLY |   

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