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視線 ~74~

Category*『視線』~完~
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パスポートが出来上がり、類とともに成田空港を発ったのは8月10日の午後。
向かう先は、イタリア・トスカーナ州・シエナ。
圭悟さんがその場所を指定したからだ。
類によれば、花沢物産が所有しているワイン用のブドウ畑がある場所だとか。

成田からシエナへの直行便はないので、旅行日程の都合からイタリア南部のローマを経由するルートを選択する。
ローマ近郊のフィウミチーノ空港からシエナへは車で向かう。
今まで経験したことのない、時間も距離も途方もなく長い旅路だった。



*****



出国当日の朝に東京入りしたあたしは、成田空港で懐かしい面々と再会した。

「ようやく元鞘か」と、相変わらずスマートに笑うのは美作さん。
「ったく、手間かけさせんなよな」と、大仰にため息をついて見せたのは西門さん。
心配をかけてきたことに、あたしは改まって頭を下げた。


美作さんが問う。

「司は、静岡まで追いかけて行ったんだってな」
「うん。一緒にね、鰻を食べに行ったよ」
「はぁ? ウナギ?」
「浜名湖の名物だし、庶民の贅沢だからかな? たぶん励ましの意味を込めてたんだろうけど、なんか意外だった」

美作さんはそれ以上言葉を継がずに、くくっと笑い出す。
西門さんも問う。

「あいつ、何て言ってた?」
「すごく協力的だったよ。あたしのうちのこと気遣ってくれて…。最後は、友達になれてよかったって」
「トモダチ、ねぇ…」
「そんな殊勝な言葉が出るなんて、ちょっと感動しちゃって…。赤札を巡って対立してたのが嘘みたい」
「司にそう言わしめたのなら、お前は大したもんだよ」

結局は西門さんも笑い出す。
あたしは二人の笑いのツボがどこなのか分からなくて、困ったように類を見たけれど、彼は無言で肩をすくめただけだった。



道明寺は英徳高校の卒業式を待たずに渡米し、まだ一度も帰国していない。
唯一、定期連絡を取っている美作さんによると、見合い話は破談になったらしい。
鉄の女と呼ばれるお母さんと対峙して、自分の考えをはっきり伝えたんだとか。
お見合い相手である大河原滋さんとは、険悪な別れ方にはならずに、むしろ良好な友人関係へと発展したらしく、今後機会があれば紹介するとのことだった。

F3にしてみれば、道明寺が、母親や見合い相手にそのように柔軟な対応を見せたことが奇跡的に思えるらしい。
でも、今のあたしには素直に理解できた。
静岡で会った時の道明寺は、それまでの彼とはどこか違っていたし、行動の端々に相手を慮ることができていたように思うから―。



ふいに、美作さんが仕掛けてきた。

「高校の時はいつまで経っても“まだ”だったのに、再会したらあっという間だったな、お前達」
「…へっ? な、何が…」
「雰囲気でバレバレ」

ニヤニヤ顔の西門さんがそれに追い討ちをかける。

「どーだ? 鉄パン脱いだ感想は?」
「……っ!!」

瞬間的に、頭が沸騰したような気がした。激しい動揺の中、なんで?と弱々しく返せば、分からいでか!と同時に突っ込まれる。
肯定も否定もできずに、金魚みたいに口をパクパクさせていると、類に腰を引き寄せられた。低めのトーンで、類が二人を制する。

「牧野で遊ばないで。ほんと、デリカシーないよね」
「親心だって」
「お前らみたいなビギナーズが恋愛にのめり込むと、うっかりデキたりすんだから」
「心配いらない。それはちゃんとしてる」

人の行き来のある空港ロビーで、昼間っから話すような内容ではない。
ほんとに、もう、勘弁してほしい…。



西門さんと美作さんに見送られて、あたしと類は出発ゲートをくぐった。
13:15発の搭乗機は定刻通りに離陸した。



*****



類が予約してくれた座席は、広々としてとても座り心地が良く、12時間半という長時間のフライトもさほど苦にはならなかった。
あたし達は話をしたり、勉強したり、昼寝を挟んだりしながら到着を待った。

現地時刻の午後7時(日本時刻:翌日の午前2時)にフィウミチーノ空港に到着し、諸々の手続きを経てイタリアに無事入国した。
今夜はもう移動できないので、空港近くのホテルに宿泊する。
軽い食事を済ませる頃には、時差の影響もあって体には疲れが出始めていた。



交代でシャワーを浴び、寝支度が整う。
先に横になっていた類が、あたしをベッドに招き入れた。
軽いキスとハグを交わす。
すると、あたしの中に、例の不思議な感覚が湧き起こった。

類が豊橋に訪ねて来てくれた日、手を繋いだ時に感じたそれ。
体の奥がぞわぞわするような、ムズムズするような、何とも表現しがたい感覚。


類にそれを伝えると、彼は笑った。
まだ分かってなかったの?と。


「その感覚、俺も同じだって言ったろ?」
「うん」
「性欲だよ」
「…はっ?」
「俺と触れ合うと起きる感覚なら、それしかないじゃん」

せ、せ、性欲…!
あっさりとそのような単語を吐かれても、こちらは戸惑うばかりだ。

類は、ソッチ方面に疎いあたしをじっと見つめ、もっと分かりやすく尋ねてきた。
透き通った薄茶の瞳が、蠱惑的にあたしを誘う。



「…俺のこと、欲しくない?」



たっぷり10秒間くらいはフリーズして。
欲しいか、欲しくないかの二択なら、もちろん答えは決まっていて。



「ちなみに、俺は、牧野がすごく欲しい」



…そうか。そうだったのかと腑に落ちる。
これは、彼に向けた欲求だったんだ。
顔に熱が集まるのが分かった。

あたしも、類が欲しい。
それを口に出すのは憚られて、頷いて肯定を示してみる。



温かな感触に唇を塞がれた。
するりと滑り込んできた舌が、あたしをすぐ搦め捕る。

最初から感じていたことだけど、類はキスが巧い。
頭の芯がぼぅっと痺れていく間に、寝間着のボタンは外されていた。


ニ度目のそれは、初めての時よりもずいぶんスムーズだった。
類がどんなふうに触れてくるのか、ちゃんと心の準備もできていて。
彼がどれほどあたしを大事にしてくれているのか、よく分かって。


だからなのか、あたしはひどく感じやすくて―。


互いの熱を溶けあわせると、深く満たされていくのが分かった。
類の言ったことを、身をもって実感できた気がした。


あたしは、類と、こうしたかった。
すごく、すごく、彼が欲しかったんだなって。






原因は様々だと思うけれど、翌日はなかなかベッドから起き上がれなかった。
身支度をし、チェックアウトできたのは午前10時半。
朝食はスキップしたので、ホテル近くのリストランテで昼食を済ませた。

「せっかくローマまで来たんだし、少しだけ市内観光しようか」

類はそう言って、迎えに来た運転手に予定変更を告げた。
先方の都合は問題ないという。
主要な歴史建造物の外観だけを眺めるドライブを1時間ほど楽しみ、あたし達はシエナに向けて出発した。


シエナへの道中、車窓の景色は変わっていった。
クラシカルな建造物は徐々に減っていき、田園風景が広がっていく。
今日は天気も良く、空の青と、木々や野畑の緑がよく映えて、とても美しかった。
ハイウェイは混雑もなく、車は一路、目的地を目指す。



「もうすぐだよ」

類がそう言ったのは、陽が西に傾き始めた頃。
彼の示す方向に、花沢物産が所有する田園地帯が広がっていた。

「ここがそうなの?」
「そう。見渡す限り全部」
「すごい…」

やや小高くなっている丘の上に、その建物はあった。
玄関の前で、あたし達が到着するのを待っている人がいる。

遠目にもわかる。
一人は希和子さん。
背の高いもう一人が圭悟さんなのだろう。
二人はとてもラフな服装で、事前の印象を大きく変える。



類に導かれて車を降りる。
夫妻の視線はあたしに注がれていた。

「牧野つくしと申します。ご挨拶の機会を設けてくださり、ありがとうございます」

これに応え、深みのあるバリトンがあたしの鼓膜を震わせる。

「初めまして。花沢圭悟です。遠路はるばるシエナまでようこそ」






いつも拍手をありがとうございます。
いよいよ圭悟との対面です。

***

大学生の頃、バイトをしてお金を貯め、春休みにイタリアを旅行しました。ローマ~フィレンツェ~ベネツィア~ミラノと北上しましたが、どの街も素晴らしい景観でした。道中、シエナにも立ち寄っています。その頃を思い出しながら書きました。
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