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視線 ~75~

Category*『視線』~完~
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圭悟さんは、類と同じように背が高く、スレンダーな体格だった。
容貌に似たところはなく、類は希和子さん似なのだと改めて認識する。

挨拶が済むと建物の中に招き入れられ、少し遅めのティータイムが始まった。
アイスティーの準備をしてくれたのは希和子さん。
彼女は、焼き菓子もどうぞ、と微笑んでくれたけれど、あたしは緊張しすぎてうまく笑顔を返せなかったと思う。


最初は当たり障りのない会話が続いた。
双方の自己紹介と、ここまでの旅路の話と、夫妻の仕事の話と。
あたしは、会話のキャッチボールに努めた。
類はそれに交じることなく無言のまま、あたし達のやり取りを静観している。



場の空気が変わったのは、圭悟さんの発した一言からだった。

「牧野さん、少し外に出ませんか?」

はい、と返事をして立ち上がると、それに続こうとした類を圭悟さんが制する。

「類はここに。彼女と二人で話がしたい」
「……はい」

あたしは思わず類を見つめたし、腰を下ろし直した類もあたしを見上げていた。
その様子を見た希和子さんが、あたし達の緊張を解くように言う。

「夕暮れはいい風が吹いて、丘の頂上からの景色がとても美しいですよ。牧野さん、どうぞ散歩を楽しんでいらして」
「はい」

そうして、あたしと圭悟さんは連れ立って屋外へと出た。



圭悟さんはゆっくりと歩を進めていく。
あたしはその背を追いながら、これから交わされるだろう会話に思いを巡らせた。

胸は早鐘のように打ち、息苦しさを感じる。
類との交際については、もう反対されてはいないと聞いている。
それでも、あたしは緊張していた。



建物の裏手に丘陵の頂上がある。
そこに登り着くまで、あたし達の間に会話はなかった。

「牧野さん、あちらを」

圭悟さんが右手で示した方向を目で追う。
あたしはその光景に息を呑んだ。

「どうです。なかなかの景色でしょう」
「……綺麗……」



なだらかな丘の向こうに沈みゆこうとする朱色の夕陽。
見渡す限り、整然と分画されたブドウ畑。
収穫の時を待つ果実の房。
その木々の葉を揺らす風が丘を上り、あたし達の頬を撫でて通り過ぎる。



「先代の社長である父から、最初に託されたのがこの土地でした。私が23歳の時でした。何もなく、荒廃した野畑をどうするか、土地利用の判断をしろと言われました」

圭悟さんが話し出す。

「判断に迷いましたが、私はワインのためのブドウ畑として、ここを育成し直すことにしました。品質の良いブドウが収穫できるようになるまでに10年はかかる、と醸造コンサルタントに言われましたが、一度決めたら迷いはありませんでした。…それから25年が経ち、今ではここも名産地の一つとして認識されています」
「当時の判断が正しかったということですね?」
「えぇ。…でも、これは成功例であって、もちろん失敗例もあるのです」

彼はシニカルな笑みを見せる。


「もっと後になり、フランスでも委託された土地がありましたが、ブドウの品質が思うように向上せず、ワインが出荷に至らない年が続きました。最終的にそこは畑をつぶして別荘地にし、それなりの収益を得ています。……私達の仕事は常にトライ&エラーです。しかも結果を得るまでに、年単位の時間と億単位の資金を要することがあります」
「大変なお仕事ですね…」
「そうです。類とあなたが向き合わなければいけない世界でもあります」

類とあたしを一括りにした発言に、思わず息を呑む。
圭悟さんは、静かに問いかける。

「牧野さんには覚悟がありますか? 時運に恵まれる時もそうでない時も、絶えず類の心の支えとなり続けることへの覚悟が…」



ザザァーッという大きな葉擦れの音がした。
波打つように音は強弱を繰り返して。
ひと際強い風が丘の下から吹き上げ、あたしの髪を乱す。


圭悟さんの問いに答えることには、とてつもない勇気が必要だった。
この広大な土地を、偉大なる彼の父を前にして、淀みなくYESと答えられる人間なら、たぶん、あたしはここまで苦悩することはなかった。


でも、自分を信じようと決めたから。
これまでではなく、これからをどう生きるかで、あたしは変われるはずだから。



だから、答えよう。
17歳の自分が用意できる答えで。




「覚悟は、あります」

無意識のうちに体の前に組んだ手は、小刻みに震えていた。
だけど、寒いわけではない。

「1年前の8月末のことでした。類さんに、一緒にいてほしいと言われたのは。…彼は藤堂静さんのことが好きなのだと思っていたので、私には夢のような申し出でした」

あたしを見つめる圭悟さんの表情は穏やかなままだ。

「その時の類さんの気持ちは、たぶん確たるものではなくて。…私もそれまでの経緯から彼にヒロイズムを見出し、好きというよりは強い憧れを抱いていて。
振り返ってみれば、非常に曖昧な感情に端を成した交際でした。それでも、私達はたくさんの時間を共有し、ゆっくりと恋心を育んでいきました」


そうして、いつしか同じ未来を夢見るようになった―。


「ですが、昨年のクリスマスの夜、母が詐欺に関わっていることを知り、類さんとの交際を諦めることにしました」
「…質問をいいですか?」
「はい」
「どうして、そこで身を引いたのですか? 類が、あなたの家族を助けてくれないと思ったからですか? 私や希和子の存在が、あなたを追い詰めたからですか?」

その口調は決してあたしを責めるものではなかった。
あたしは言葉を選びつつ、類との別れを決意した経緯を説明する。






いつも拍手をありがとうございます。
ようやく最終話の執筆が終わりました! +αの番外編に着手しています。
最後までお楽しみいただければ幸いです。
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2 Comments

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2019/12/13 (Fri) 21:20 | REPLY |   
nainai

nainai  

m様

こんばんは。コメントありがとうございます(*^-^*)

物語は終盤です。最後にこの二人の対話を持ってきました。
今作は一人称形式なので、圭悟の人柄については、読み手側にあえて見えないようにしてきました。つくしは緊張していますが、やる時はやる子なので、しっかり自分の考えを伝えていきます。二人の会話から、管理人はこういう世界観で今作を書いていたんだな~と察していただければ嬉しいです。

年内完結のためには、これから毎日更新に切り替えないと厳しそうです(;^ω^) 頑張れるだけ頑張ろうと思います。最後までお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

2019/12/13 (Fri) 23:51 | REPLY |   

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