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視線 ~76~

Category*『視線』~完~
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―どうして、類との別れを選んだのか。

道明寺にも同じ質問をされた。
相談してくれればどうにでもしてやれた。
お金を積むことで、事件自体を揉み消すことさえできた、と。


でも、あたしは―。


「類さんに相談していれば、きっと彼は私達を手助けしてくれただろうと思います。あの一件を知ったご両親に、軽蔑されたくないという強い思いがあったことも事実です。ですが…」

あたしは後悔していない。
あの時の自分の判断を。

「申し訳ございません。あの時、私は、何よりも自分の家族の更生を優先したのです。私は両親に深い親愛の情を持っていますが、非常に俗的な考え方をしてしまう部分を恥ずかしくも思っていました。母が私を英徳に入学させたのも、裕福な家庭の方々とお近づきになれたらという下心があったからです。

事件が発覚した時、金銭面での支援を受けていれば、両親はそのことに心から感謝したでしょう。ですが、それは安易な救済となって、自分達の手で家庭を守るのだ、再建させるのだという気概を挫いてしまうと思いました。また、両親の俗的な考え方をかえって増長させてしまう事態になるのでは、と懸念しました。

家族四人のこれからのために、牧野家は生まれ変わらなければなりませんでした。今では両親の意識は変わり、まだ補償の必要はありますが、身の丈に合った生活を確立させています。だから、あの時の選択を、私は後悔していません」

圭悟さんは小さく頷く。



「類さんと一緒にいる時、周囲からは多くの視線を注がれてきました。なぜ、私のような何も持たない人間が、彼の傍にいることを許されるのかを問う視線です。
私自身、自分が彼のパートナーに相応しいのか、絶えず自問してきました。藤堂さんのような方であるべきではないか、と何度思ったか分かりません。コンプレックスは日に日に大きくなっていきました。

…類さんとお別れする時、私はそのことも別れの理由に挙げました。私などに拘らなくても、もっと素晴らしい女性と出会えるだろうと言いました。
本心では別れたくはありませんでしたが、彼の足枷になりたくありませんでした。もう傍にいられない以上、類さんにはよりよい選択をしてほしかったのです。…ですが、その考えは誤りだったと気づきました」


あたしは両手を握りしめる。
強く、強く、強く。
自身を鼓舞するために。


「類さんのベストパートナーは私です。類さんを笑顔にできるのも私です。
私達は数ヶ月間の別離を経ても、お互いの姿を日常の景色に探し続けてきました。心の中には、他の何かでは埋めることのできない、大きな空洞を抱えてきました。再会し、気持ちを確かめ合うと、自分にとって必要不可欠な存在なのだと認識できました。もう、離れたくありません」

目の前の相手が浮かべる微笑。
それに励まされ、最後まで思いの丈を伝える。

「私は今、17歳です。未熟で、発展途上で、人に誇れることはあまりに少ないです。
ですが、5年後、10年後の私に期待をしていただけませんか? 花沢さんが手塩にかけて育成されたこのブドウ畑のように、私も自分自身を懸命に育成していきます。

今後、何か問題が起きた時は、一人で抱え込まずに二人で対処します。二人で解決が難しいときは、周囲の方々にお力添えをいただくこともあるかもしれません。もう二度と、彼の手を離すことはしません。どうか…、どうか、類さんの傍にいることを許していただけませんか?」

あたしは圭悟さんに向かって、深々と頭を下げた。




「…許すも、何も」

圭悟さんの声には笑いが混じる。
そこに冷たい響きはない。

「二人の交際に反対だと、私が明言したことはありません。類には、プロセスが性急すぎるのではないかと苦言は呈しましたが。…あなたが一般家庭のお嬢さんだと聞いて、これから経験させるだろう数多の苦労を思うと、それに耐えられるのかは懸念しました。希和子には本当に苦労させたのでね。

…ですから、あなたに花沢を名乗る覚悟があるのか、その覚悟が真に備わるまで、交際については静観するつもりでした。あの時、年末の顔合わせが実現していたら、見極めのための時間が欲しいと述べるつもりでいたのです」

あたしは、ゆっくりと顔を上げる。
反対はされていなかった。
…最初から。
その言葉を聞くことができてホッとする。



「仮定の話をしましょうか」
「…え?」
「私があなたを認めず、別の女性を類に推したとします。すると、どんなことが起こるかというシミュレーションです」
「は…はい…」

その切り口にヒヤリとさせられる。

「類は非常にこだわりの強い人間です。幼い頃から好き嫌いの傾向が実に顕著でした。その特性を無視して多くを学ばせようとすると、ストレスによる様々な症状を発しました。教育においてアプローチの仕方を誤ったことについては、私も大いに自覚があります。

大半のものに興味を示しませんが、これと決めたことに、類は徹底的に執着します。これまではそれが司君達であり、藤堂さんであり、音楽であったと思います。
ごく狭い範囲で、類は自分の世界を確立させていきました。また私達の息子であるという境遇が周囲にもそれを許し、彼の独自性を助長していったと思います」


頷いて同意を示す。
出会った頃の類は、確かにそうだった。
外界からのアプローチは一切受け付けず、内側に堅牢な壁を作っていた。


「最初は、あなたと交際していても、類のそうした傾向は変わらないように感じていました。表情に変化は見られましたが、相変わらず交際範囲も視野も狭い。後継者候補とするには、その部分が圧倒的に不利でした。
なぜなら、仕事というものは、コミュニケーションなくして成立しないからです。私は会社を類に継いでもらいたいと思っていますが、それは親としての願望であって、社長としての目で類を評価するなら、そこが大きなマイナスポイントでした。

…ですが、類は変わりました。皮肉なことに、あなたとの別れを経験したことによって、今のままではいけないと自覚できたのです。てっきり自分の殻に閉じ籠ってしまうものと思っていましたが、類は殻を破り、大きく前に踏み出しました。学業にも会社の仕事にも非常に意欲的で、私や周囲を驚かせています」


良かった、と思った。
圭悟さんは、類を、見ている。
彼の努力を、意欲を、前向きに評価してくれている。


「類は、あなた以外の女性を受け入れないでしょう。別れを強要すれば反発は必至です。せっかくの意欲も削がれてしまいます。得られるメリットとデメリットを考えれば、ここであなたを許容しない理由など皆無です」
「私の両親のことは…」
「…失礼な物言いになって申し訳ないのですが、牧野さんのご両親のことは、花沢にとってあまり大きな問題にはなりません。交友関係が限定的で、情報のコントロールが容易だからです。

むしろ、政治的な結婚のように、会社の利害が存在する姻族関係の方がより複雑で厄介だと言えるでしょう。結婚により業務提携を結ぶ風潮が当然の如く存在しますが、それは会社を大きくしながらも、双方で企業リスクを共有することでもあります。私はそれを好ましく思っていませんから」






いつも拍手をありがとうございます。
類のベストパートナーは自分だと宣言するつくし。
つくしの覚悟を確認したかった圭悟が、強く待ち望んでいた言葉でした。
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