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視線 ~77~

Category*『視線』~完~
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「自分の選んだ相手と添い遂げられることは、実に幸せなことです。私と希和子の場合、双方の親から結婚を反対されました。父は宗像家の家柄を問題視し、義父は希和子の苦労を案じ、両家が折り合いをつけることができませんでした。…結婚を認めてもらえるまでには3年もの歳月を要しました。それでも、諦めずにいてよかったと思っています」

潤んでいくあたしの瞳を見て、圭悟さんは言う。

「あぁ、泣かないでください。あなたを泣かせたとあっては、類にますます嫌われてしまいます。それでなくても、ジリジリしながら私達の帰りを待っているでしょうから」
「…類さんは、花沢さんのことを嫌ってはいないと思います。ただ、自分の気持ちを表現するのが苦手なだけで…」
「あなたは希和子にもそう仰ったそうですね。どうして、そのように思われるのですか? 私と類の関係は、常に、ある種の緊張を保っています」



今でも、瞼を閉じれば浮かんでくる。
眩い光の洪水。
あの夜、類と見たイルミネーション。
かつては、圭悟さんが類に見せた光の地図。



「昨年の冬、類さんと一緒に、花沢物産のスカイラウンジからイルミネーションを見ました。高層ビルの上階から見る夜景は本当に綺麗でした」
「秘書長の楢橋からも報告を受けています。類から頼まれて、ラウンジのセキュリティーキーを貸与したと」
「はい。…その時、類さんは私に思い出話をしてくれました。幼い頃、お父さんと二人でここから同じ光景を見たと。花沢さんがなんとお話ししたかはもう憶えていないそうですが、その夜の思い出が、類さんの中の原風景になったのではないかと私は思います」

憶えていますか?と問えば、小さな頷きが返る。
類は憶えていたんですね、と呟くので、あたしも頷きを返す。
圭悟さんは目を細めて過去を語る。


「…体調不良に陥り、帰国した類と会うのは半年ぶりのことでした。今日は二人で出かけようと言うと、最初は怯えた表情を見せましたが、抱き上げて話をしていく内に緊張は解け、類がふわりと笑う瞬間がありました。
その時、こんな小さな子に苦しい思いをさせて済まないと思う気持ちと、それでも、いつかはすべてを乗り越えてほしいと願う気持ちが入り混じって、親としてどうあるべきか苦悩しました。義父とは、教育方針を巡って大喧嘩しましたしね」

あたしは頷く。
圭悟さんとオーナーが不仲になった経緯は聞いている。

「類には、イルミネーションを見せながらこう言いました。いつか、類と一緒に仕事がしたい。同じ景色を見て、同じ目標を持って、いい会社を作っていきたい、と。
幼いあの子は首を傾げていましたが、僕はお父さんと一緒に仕事ができるようになるの?と訊き返してきました。そうだと私が答えると、だからたくさん勉強をしないといけないの?と。…難しい問いでした。何と答えるべきかを迷いました」


あぁ、と思う。
圭悟さんには、圭悟さんなりの深い苦悩があったのだ。
夫妻の唯一の子供となった類と、どう向き合っていくべきなのか。
最初から子育ての正解が分かっている人はいないから。

こうあってほしいという願望。
でも、思うようには進まない現状。
その狭間で、圭悟さんの心も大きく揺れていた。


「結局、私は、そうだと答えました。たくさん勉強をしなければ、私と一緒に仕事はできないと。類は、分かったと頷きました。…そして、私の期待に応えてくれました。メンタル面の不安は抱えながらも、学業においてあの子は優秀でした。

それでも、あの時の私の答えはやはり誤りだったのではないか、と思うことが何度もありました。無理はしないでいい、伸びやかに育ってくれさえすればいいと、ただ率直に、健やかな成長を願う回答ができていたら、私達親子の関係性はもっと違うものになっていたのではないかと…」

あたしは、圭悟さんの人間味に触れるにつれ、彼のことが好きになっていった。
大企業の社長だからと、どこか超越した冷血なイメージを抱いていたけれど、実際に話してみれば、彼はどこを切り取っても類の父親だった。
そのことがとても嬉しい。



「類さんは分かっています。…分かっていて、ずいぶん早くに親離れをしてしまったんだと思います」
「…親離れ?」
「そうです。親は親だ、子は子だという独立した考え方です。類さんは、私に、家族に関する不満を述べたことはありません。幼少時より、ご両親が負わなければいけない責務を正しく理解していたからだと思います。ですから二人の関係は、親子というよりは同志に近い間柄なのではないでしょうか。

花沢さんの跡を継ぐ意志を示すのは、見せかけのパフォーマンスではなく、彼の本心です。いつか一緒に仕事をしようという、花沢さんの言葉はもう覚えていなくても、その瞬間に感じた自分の針路を彼は今も忘れていないのでしょう。…そうでなければ、類さんはあのように頑張れないと思います」



圭悟さんはゆっくりと空を仰ぐようにした。
つられて、あたしも顔を上げる。

天空には藍色が広がり、星々が姿を見せ始めていた。
地上の光が少ないこのエリアでは、きっと夜空の方が明るいのだろう。



「子離れできていないと指摘されたのは初めてです…」
「…申し訳ございません。生意気なことを申し上げました」
「いや、あなたは小気味よい。…ご指摘はその通りだと思います」

牧野さん、と改まって声を掛けられ、あたしは圭悟さんに向き直った。

「貴重な時間をありがとう。あなたとこうして話ができて、本当に有意義でした」
「私の方こそ、ありがとうございました」
「私と希和子はもうシエナを発たねばなりません。明朝はミラノで商談があるのです。日程的にハードなスケジュールとなりましたが、あなたにはどうしてもこの場所を見てもらいたかったので、皆に無理を通してもらいました」

圭悟さんが差し出した右手を、あたしは両手でそっと握った。
温かく、大きな手だった。

「類を、頼みます」

はい、と応えると、今度こそ熱い涙が頬を伝った。



彼の意図が理解できたから。
ここを指定された時から、あたしのことは圭悟さんに許容されていた―。






類と希和子さんが待つ場所に戻る頃には、すっかり陽が落ちて暗くなっていた。
あたしの瞳が潤んでいたのを目ざとく見つけ、類の表情が険しくなる。

「素晴らしい夕景でした。貴重なお時間をありがとうございました」

先んじて頭を下げ、類の抗議を封じる。
すでに身支度を整えていた希和子さんが、優美に微笑んだ。

「こちらこそ深く御礼申し上げます。受験勉強、頑張ってくださいね」
「はい!」



いつの間にか、あたしと類はシエナの中心街のホテルに一泊する手筈になっていた。ここからは車で15分ほどだという。

建物の前には、二台の車が待機していた。
これから空路でミラノに直行するという花沢夫妻とは、挨拶をしてその場で別れる。
夫妻を乗せた車は途中で分岐した道を進んでいき、あっという間に見えなくなった。



「…見て、類。星がすごく綺麗…」

車窓から見えるのは、空を埋め尽くすかのような無数の星々。
白い帯のように見えるのはミルキーウェイ。

「一緒に星空を見に行く約束、叶っちゃったね」
「…こういう形じゃなく、改めてちゃんと連れて行くから」

不機嫌を隠さない声に、あたしは小さく笑う。
たぶん、その約束が“ついで”に叶ったようで気に入らないのだろう。

「楽しみにしてるね」
「ん」

繋いだ手をきゅっと握られる。
同じように握り返しながら、この手を離さないでいられることに深く感謝した。






いつも拍手をありがとうございます。
類が父との思い出を語るエピソードは第35話より。

今まで伝聞でしかお互いを知らなかったつくしと圭悟。
印象は様々だったのでしょうが、類を大切に思う気持ちは一緒でした。
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2 Comments

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2019/12/15 (Sun) 16:50 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。いつもコメントありがとうございます(*´ω`*)

圭悟が包み隠さず胸の内を明かしたのは、つくしが精一杯の言葉で自分の覚悟を伝えたからです。圭悟は、つくしが苦しい状況下でも家族のために冷静に行動したことを評価し、また、つくしは、圭悟が長年抱えてきた葛藤を理解しました。
圭悟とオーナーが不仲なのは、それまでの経緯や行き違いが大きく影響してしまったのですが、類を大切に思う根っこの部分は同じだったのです。
つくしは、話し上手で聞き上手。圭悟とも良い関係を築いていくのでしょう。

今夜は類視点でお送りします。どうぞお楽しみに(*^^)v

2019/12/15 (Sun) 22:18 | REPLY |   

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