FC2ブログ

視線 ~81~

Category*『視線』~完~
 0
週末の牧野家には類の姿があった。
あたしと進の合格祝いをするため、手土産を持って訪ねて来てくれたのだ。


類の隣には、深幸ちゃんと諒子ちゃんが並んで座っている。深幸ちゃんから類の話を聞いた諒子ちゃんが、自分も是非とも会ってみたいと熱望したからだ。

「あの…っ。は、は、初めまして!」

類と対峙した諒子ちゃんの緊張度は、深幸ちゃんよりも数段上だった。放送コンテストの本番でもほとんど緊張しないという彼女が、ここまでアガるのを初めて見た。
類は、諒子ちゃんに自己紹介をした。
そして、二人に向け、高校生活の中であたしを支えてくれたことへの感謝を述べた。


少し遅れて都さんも駆けつけ、総勢8名での祝賀会になる。
狭い部屋で身を寄せ合いながらのホームパーティーは、本当に楽しかった。
卓上には皆が持ち寄った料理が溢れ、雑話が飛び交い、笑顔が絶えなかった。

こういう騒がしい場は苦手だろうと思っていた類の対応は、驚くほど柔らかかった。
質問が集中しやすいのは彼だったし。
だけど、対人スキルの向上に努めているとの言葉通り、彼はたくさんの質問にも丁寧に受け答えをし、微笑を湛え続けた。

出会った頃の彼からすると、なんだか別人みたいに見える。
類のような人がこんな対応をしたら、もはや最強なんじゃないだろうか。
…って、それは、あたしの欲目かな?



祝賀会は、諒子ちゃんのお母さんが、二人を迎えに来たタイミングで終了となった。
諒子ちゃんと深幸ちゃんとは、来週、最後のクラス会に行くことになっている。
だから、見送りの際に交わした言葉はライトだった。


都さんとはしばらく会うことがないから、どうしても別れ際に話し込んでしまう。
彼女はあたしの右手を包み、あたしと類の未来が明るいことを祈ってくれた。
一番苦しかった時、牧野家を支えてくれたのは都さんだった。
そのことを、ずっとずっと忘れないでいようと思う。

「東京でも頑張って! こっちに帰ってきたときは連絡してね」
「都さん、これまでありがとうございました。お仕事、頑張ってくださいね」
「えぇ。花沢さん、つくしちゃんをお願いしますね」
「はい」




その夜、類は牧野家に宿泊した。
布団の配置はどうなるだろうと思ったけれど、案ずることはなかった。
二部屋に男女別れて寝ることになったと説明した時、類は楽しそうに笑ってくれた。

「布団で川の字で寝るの、俺、初めてかも」

並べた敷布団の上で、男三人がトランプに興じる姿はちょっと滑稽で微笑ましい。
やがて、パパの全敗で勝負がついたようだ。


ママと同室で眠るなんて、いつ以来の事か分からない。
部屋の明かりを消して横になると、常夜灯の下でママの小声がした。

「いい人ね。類さんって。…偉ぶってなくて、日だまりみたいに温かくて」

うん、とあたしは頷く。

「…今、考えてもゾッとするの。…私が二人の仲を裂いてしまうところだったなんて。…もう絶対、そんなことにはならないようにするから…」

ママの声が震えて、小さくなる。
あたしは、暗がりの中、手を伸ばしてママの手を探った。
触れた手は冷たく、ガサガサして固い。仕事で清掃業務に携わるようになり、手はますます荒れがちだ。でも、それは、ママの頑張りの証だった。


「もう、いいんだよ。…ママの気持ちは分かってるよ」
「つくし…」
「祈っててね。あたしが東京で上手くやれるように。…だって難題は山積みなんだよ?」

これから習得すべき事柄の多さを思えば、苦笑が洩れ出る。
ママはあたしの手を握り返す。強く。

「つくしなら、出来るわ」
「ママ…」
「パパと私の子供とは思えないくらい、あんたはいい子だもの。面倒見が良くて、優しくて、努力家で…。どこに出しても恥ずかしくない、自慢の娘だもの」

声音の力強さに、目頭が熱くなる。

「私達もつくしに負けないように頑張るからね」
「離れていても、いつでも『ホウ・レン・ソウ』してよ?」
「えぇ」
「絶対だよ? 隠し事はなしよ?」
「はいはい」

あたし達はクスクスと笑い合う。
そうして、春の夜は静かに更けていった。




3月最後の土曜日。
私物はすでに宗像邸に郵送済みだ。

今日の服装は、昨年の夏、類から贈られたニットワンピース。
オフホワイトの柔らかな風合いがお気に入りなの。
首元には、ネックレスのアイオライトが控えめに光る。

「頑張って」
「元気でね」

18年間共に暮らした家族に温かく送り出され、あたしは東京に向けて一人、旅立つ。



東京駅のプラットホームでは、類が笑顔で出迎えてくれた。
「おかえり」の言葉に、「ただいま」を返す。

東京を離れて1年3ヶ月。
あたしは、やっと、類の元に帰ってきた。
指先を絡めて手を繋ぎ、あたし達は歩き始める。

「服、よく似合ってる」
「ありがとう。すごく着心地がいいんだよ」
「そ? 良かった」


リムジンの運転手は今日も馬場さんだ。
彼は満面の笑みであたし達を出迎え、車内へと誘う。
車は、宗像邸でも、花沢邸でもない方向へと走り出した。

「…類? あの…」
「今日は二人きりで祝いたい」
「え?」
「ジーさんの承諾済み。…ね? いいよね?」

ぎゅっと強く抱き寄せられ、耳元に落とされた彼の声に、あたしの胸は急速に高鳴った。体温も一気に2℃くらい上昇した気がする…。


「今夜は、会えなかった時間を埋め合わせるからね」
「…半年分?」
「そう」
「…む、無理だと思う…」

線が細く、嫋やかにすら見える彼が実はタフなことは、イタリア旅行中に知った。
彼の愛にしっかり応えたいけれど、ここで安易にYESと頷くのは無謀な気がする。
あたしの返答に彼が笑う。

「ずいぶん慎重だね。…でも、俺、自信あるから」
「…何の?」
「つくしを、その気にさせる自信」


瞬間的に火照り始めた頬に、耳に、柔らかな感触が押し当てられる。
立て続けのリップ音。
「会いたかった」と掠れ気味に囁かれながらの熱い抱擁―。


彼を愛しいと思う気持ちは、あっという間に限界を超える。
あたしは両腕で彼の広い背を抱き、その首筋に顔を埋めた。


あたしも、会いたかったよ。
もう、離れたくない。






いつもご訪問&拍手をありがとうございます。
12/18にカウンターが170,000を超えました! とても嬉しいです(*^-^*)
関連記事
スポンサーサイト



0 Comments

Post a comment