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視線 ~83~

Category*『視線』~完~
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春が巡る。
別れと出会いの季節が。



あれから4年の歳月が過ぎ、私はこの春、三橋大学を卒業した。
一足先に社会人になり、昨夏からフランス支社に配属となった類とは、離れ離れの生活を送っている。

だけど、そんな日々も終わりが近い。
月末には私がフランスに渡り、新たな生活をスタートさせることになっている。




「つくしさん、おめでとう」

美しい花束を差し出し、私の門出を祝ってくれるのは大邑道徳さん。
オーナーの友人にして、大邑コーポレーションの名誉会長でもある大邑さんは、私が天満月で接客を任されるようになった日の、最初のお客様だった。

女将さんに接遇を叩きこまれていても尚、緊張でガチガチだった私。
大邑さんはそれを意にも介さず、気軽に話しかけてきた。
「あなたが類君の恋人?」と。
以来、来店された折には、何かと気にかけてもらってきた。


「素敵な贈り物をありがとうございます! 大邑様」
「この歳になって薔薇を贈る楽しみがあるとはなぁ。挙式はパリで?」
「はい。一ヶ月後の予定です」

お祝いの席なので、今日はオーナーに仕立ててもらった京友禅に身を包んでいる。
天満月での接客は和服が基本。これは女将さんの信条だ。
最初は難しかった着付けも、今ではお手の物だ。
店での仕事にも慣れたけれど、私の出務は明後日が最後になる。


大邑さんが瓶から注いでくれるビールが泡立たないように、私はグラスを傾けた。
オーナーのご友人が来店された折は同席し、ご相伴に預かる機会が多かった。
だから、少量のアルコールになら耐性ができている。
私の隣に座るオーナーはその光景を見て、以前を懐かしむように笑った。

「前は全然飲めなかったのに、慣れとは怖いものだな」
「えぇ、皆様に鍛えてもらいました」
「じゃあ、つくしさんの前途を祝して! 乾杯!」

三人のグラスが顔の高さまで揚がり、軽く合わさってチリンと鳴る。
小麦色の液体の風味の違いが分かるようになったのは、ごく最近のことだ。
私達はグラス一杯分を飲み干し、また笑い合った。



「こっちを発つのはいつ?」
「月末です。まだ準備がありまして」
「いやはや、寂しくなるなぁ」
「そう仰っていただけて嬉しいです。これまでのご厚情に深く感謝致します」
「宗像も寂しいだろう。つくしさんが遠くに行ってしまうのは」
「あぁ、娘を嫁に出すような気分だ」
「娘? いやいや、孫だろう?」

大邑さんの言葉にオーナーは淡く笑み、私が継ぎ足したビールを飲む。
類と同じであまり感情を外に出さない彼は、昨秋、喜寿を迎えた。



宗像邸に居候させてもらうようになって4年。
その間、オーナーと女将さんには、あらゆる日本文化について徹底的に指導された。
折に触れて色々な会合に連れ出してもらい、見識を深めてきた。

指導内容を実践する場として、天満月に出務するようになって2年と少し。
出務は私から申し出たことだった。
オーナーと女将さんが厳選したスタッフは皆、真面目で、仕事も丁寧だった。
限られた時間の中で最高のおもてなしをしたい、というプロ意識が素晴らしかった。
的確な指導と接客経験の甲斐あって、教養面の上達は目覚ましかった。


類のフランス勤務は、数年間続く見通し。
だから、卒業後はフランスに渡ること、出国前に入籍をすること、そしてパリの教会で挙式することは半年前から決まっていた。

入籍は、類の帰国のタイミングに合わせて行った。せっかくだから覚えやすい日がいいね、と彼が言い、私の22回目の誕生日を選んで届け出をした。
東京にふわふわとした雪が降ったその日、私は類の妻となり、花沢に改姓した。

内輪だけの挙式には家族と友人を招待することになっている。入籍の公式発表は挙式後に行われる予定で、事実を知るのはまだ一部の人達に留まる。



私は、大学在籍中に花沢物産でインターンシップ研修を受けた。フランス支社では希和子さんの補佐につき、本格的にCSR活動に携わっていくことになる。
類の指導もあり、英語とフランス語はだいぶ上達した。
彼はさらにイタリア語とドイツ語も使いこなすというから、本当にすごいと思う。
新たな生活に期待を膨らませつつ、私は身辺の整理を進めている。





大邑さんのお見送りが終わると、オーナーの後ろに続いて母屋へと戻った。

「やれやれ、大邑は相変わらず長尻だな。余程つくしさんが可愛いと見える」
「大邑様にはよく気にかけてもらいました。引き合わせてくださったオーナーにも感謝しております」
「いや、なに。気を楽に話せる相手ができて、あいつも嬉しかったんだろうよ」

私は微笑み、大邑さんから贈られた花束を抱え直した。
薔薇は赤と白の二色で纏められ、美しく咲き誇っている。

「水切りして活けておきますね」
「あぁ。…儂は先に休むよ。少し飲み過ぎたようだ」
「はい。お休みなさい」

そうしてオーナーは自室へと戻っていった。



半時もしないうちに、店を閉めた女将さんが着替えのために母屋に戻ってきた。
私は自分の和服の手入れをし、薔薇を花瓶に活け終えたところだった。

「女将さん、お疲れ様です」
「お疲れ様。綺麗な薔薇ね。大邑様から?」
「はい」
「月日が経つのは早いものね…。つくしさん贔屓の他のお客様も残念がるわ」
「皆様には大変お世話になりました。明後日までにご挨拶できなかった方にはお手紙をしたためますので、女将さんの方からお渡しいただけませんか?」
「えぇ、任せてください」

女将さんも仕事用の和服を脱いで手入れをし、帰り支度をする。
その支度を傍で手伝いながら、私達は話を続けた。


「父の姿が見えないけれど、もう部屋に引き上げてしまったの?」
「はい。今夜は、お酒を多く召されたようで…」

女将さんはふふっと笑みを洩らす。

「それ、きっとヤケ酒よ? 希和子を嫁がせる時もそうだったもの」
「えぇ?」
「父にとって、つくしさんは娘も同然なのよ。…可笑しいわね。類は孫なのに、その類に嫁がせることを寂しがるなんて」
「オーナーは情が深い方なので…」
「ドレスだけじゃなく、白無垢も着せたいって密やかに準備しようとしていたのよ?」
「し、白無垢!?」
「さすがに阻止しておきましたけれどね。もう、過干渉で呆れてしまうでしょう?」

女将さんの苦笑につられて笑う。
これを聞いたら、類も笑うだろうな。
だけどオーナーが懐深く、愛溢れる人だったからこそ、今の私達がある。





「つくしさん、ありがとう」

ふいに飛び出した女将さんの言葉に、私はキョトンとした。

「あなたがここにいてくれたおかげで、家の中がすごく明るかったわ。亡くなった母も感謝していると思うの。本当にありがとう」
「いえ、そんな…」
「私も楽しかったのよ。娘ができたみたいで。うちは男の子ばかりでしたから、女の子がいたらこんな感じだったんでしょうね」
「お礼を申し上げるのは私の方です。女将さんは第二の母だと思っていますから」
「じゃあ、希和子は第三の母ね」

私達は笑い合う。
この4年間では、日下家とも浅からぬ交流があった。
女将さんのご主人、息子さん達にもとてもよくしてもらった。
本当に、ここには、いい思い出しか残っていない。

「しばらくここは火が消えたみたいになるでしょうけれど、父はああいう人だし、そのうちに気を取り直すと思うの。…向こうでの生活が多忙なのは承知の上ですけれど、ときどき連絡を入れてくれたら嬉しいわ」
「もちろんです」


自宅へと帰る女将さんを見送ってしまうと、邸内はシンと静まり返った。
この広い家屋にオーナーを残して渡仏することには、胸を掻き毟られるような寂寥感がある。出会った頃と同じように矍鑠とお元気ではあるけれど、4年の歳月は確実にオーナーの老いを深めていった。

嫁いだ後も都内にいられればよかったのに。
それなら、これほど後ろ髪引かれる思いをせずに済むのに。
そう思わずにはいられない。




入浴を済ませて自室に戻ると、時刻は午前0時を回っていた。
パリとの時差は8時間。類は今、仕事中だろう。
差し障りがないように、メッセージだけ送ることにする。


『お仕事、お疲れ様。

 今夜は大邑様からお祝いの花束を戴きました。
 赤と白の薔薇の組み合わせだと、花言葉は“温かい心”なんですって。
 
 日本を離れる日が近づいてきたせいか、少し感傷的になっています。
 入籍は済ませているけど、これってマリッジブルーなのかな?』


すると、5分も経たないうちに類から返信がある。
その内容に、思わず笑顔になる。


『俺はつくしロスで、ブルーを通り越してダークになってる』
『早く会いたい』


この半年間で類と会えたのは、10月と、12月の入籍の時だけだ。
いつもPCのネット通信で顔を見ながら話しているから、“会っていない”という感覚は薄い。だけど、相手の温もりに触れられないのはやっぱり寂しいんだ。

その後も何通かメッセージを送り合う。
やがては類の方が時間切れになり、そこでやり取りは終了した。



類に会えるまで、あと1週間。
その日、彼は23回目の誕生日を迎える。






いつも拍手をありがとうございます。
物語は4年後の世界へ。二人はすでに入籍を済ませています。
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4 Comments

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2019/12/21 (Sat) 10:07 | REPLY |   

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2019/12/21 (Sat) 16:12 | REPLY |   
nainai

nainai  

二様

こんばんは。コメントありがとうございます(*^^)v
毎日寒いですよね…。いよいよ令和元年も終わりが近づいてきました。

物語は一気に4年後へ。二人は入籍していますが離れ離れの生活です。
つくしよりも類が寂しがり屋だと思うので、あのような文面に(笑)

ラストエピソードに向けて、どのような展開ならこれまでにないものになるだろうかと悩み悩み、自分の持ち味である人と人との関わりに重点を置くことにしました。第83話では、宗像邸でのつくしの暮らしぶりに焦点を当てました。
今夜の更新もお楽しみくださいませ(*^-^*)

2019/12/21 (Sat) 22:43 | REPLY |   
nainai

nainai  

み様

こんばんは。コメントありがとうございます(*'ω'*)
み様には、いつも数字の記念日をお祝いしてもらっていますね。
地道に記録を伸ばしています。本当にありがたいなぁと思います。

大学時代の二人はね、きっと誰もが羨むような恋人同士だっただろうと思います。糖度が高いばかりでは食傷気味になるだろうと思い、ラブラブ期は一気に割愛しました(笑)
互いに成長を促し合う二人が、どのような未来に向かうのか。方向性を示して物語を終えたいと思います。最後までお楽しみくださいね。

2019/12/21 (Sat) 22:56 | REPLY |   

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