FC2ブログ

視線 ~84~

Category*『視線』~完~
 2
天満月での最後の勤務を終えた翌日、私は豊橋の実家に帰ることにしていた。
帰省するのは正月以来だ。
正月が明けてからは、ゼミの発表会や卒業論文の執筆が忙しくて時間がなかった。


両親はその後も転居してきた時と同じ職場に勤め、同じアパートで暮らしている。
詐欺被害に遭ったママの友人達への補償は、双方の取り決め通りに無事終了した。
今は、進の学費と自分達の老後資金のために、二人は真面目に働いている。東京より豊橋が暮らしやすいようで、結局ここに腰を落ち着けるつもりでいるみたい。

進は名古屋市内の国立大に進学し、学部は違うけれど諒子ちゃんの後輩になった。
この春、2年生に進級する。最近サークル内に可愛い彼女ができたらしく、キャンパスライフを大いに満喫している模様。
優しい面差しはそのままに、男らしく成長した進のことを私は誇りに思う。



自宅に帰る前、駅近くのカフェで諒子ちゃんと会う約束をしていた。
彼女とは今も尚、深い交友関係にある。
待ち合わせの午後2時に店の入口のドアを開けて中に入ると、照明は落とされており、お客の姿もなく室内は閑散としていた。カウンターには店員の姿すらない。

…ドアは開いたけれど、店休日なんだろうか。
戸惑いながら外に出ようとした瞬間、次々に何かが弾けていく音がした。


「「「結婚おめでとう!!」」」


たくさんのクラッカーの音と、それに折り重なる声。
ビックリして店内を振り返ると、高校の元放送部の面々が揃って私を見つめていた。
その数、総勢11名。

「どーしたのっ、みんな…っ」
「「「サプラーーーイズ!」」」
「「大成功!」」

たくさんの笑い声が空間を満たしていく。
その中で、ハイタッチをしているのは諒子ちゃんと深幸ちゃん。
二人が主導して、このサプライズ企画を準備してくれたことが分かる。
豊橋在住の諒子ちゃんはともかく、東京在住の深幸ちゃんは今日のために戻ってきてくれたのだろう。


「つくしちゃんが結婚するって言ったら、みんなお祝いしたいって言うからさー。在籍してた当時のメンバー全員に声掛けたんだ」

驚いた?と諒子ちゃんは大きく笑う。
私は何度も頷く。

カフェは3時間貸し切りにしているという。
詳しく聞けば、この店は後輩のお父さんが経営されているお店なのだとか。
バックヤードに隠れていた店員さん達も次々と現れ、あれよあれよという間にテーブルがセッティングされ、軽食が運ばれてくる。
私は誕生日席に誘導され、皆の注目を浴びながらそこに座った。

「ホントに驚いたよ~。まだ心臓がバクバクしてる」
「あはは」
「でも、ありがとう! 皆にお祝いしてもらえて、こんな嬉しいことはないよ」

高校卒業後も、帰省の度に何人かで集まることはあったけれど、当時のメンバーが全員揃うようなことはなかった。皆が綿密に日程の調整をしてくれたことが分かる。

「積もる話もあるよねー! 今日は大いに飲んで騒ごう!」
「…お酒は出ないけどね」

諒子ちゃんの掛け声と深幸ちゃんの突っ込みで祝賀会はスタートした。
私達は昔話に花を咲かせ、それぞれの近況に触れ、バラエティーに富んだとても楽しい時間を過ごした。



諒子ちゃんは名古屋市内の一般企業に就職する。郷土愛の強い彼女は、どうしても地元から離れたくなかったらしく、県外への転勤がない会社を探したという。
現在、高校のクラスメイトだった宮地君と交際中。

深幸ちゃんは、当初の予定通り、大学と並行してアナウンススクールへと通った。その美声と努力が認められ、中部地方のテレビ局への就職が決まった。残念ながら、都内の主要テレビ局への就職は叶わなかったけれど、結果には満足だと彼女は笑う。

同級生の三人も、名古屋、大阪、福岡へとそれぞれに就職先を決めていた。
引越しや入社式を前にして多忙だろうに、こうして私のお祝いのために集まってくれたことへは感謝の気持ちしかない。



祝賀会も終盤に差し掛かった頃、結婚祝いとして、エプロンとメッセージブックとプリザーブドフラワーを贈られた。
心のこもったメッセージに感極まってしまい、ポロポロと涙をこぼしてしまう。
うつむいた私の背を、隣に座る諒子ちゃんが撫でて励ましてくれた。

「泣かないで、つくしちゃん」

だけど、その表情はどこか悪戯っぽい。
彼女のこういう顔をこれまでに何度も見てきた。
黒目がちな瞳が、期待に満ちてキラキラと輝いている。

「実はね…もう一つ、サプライズを準備してるの」
「…えっ」


同じようににこやかに笑んだ深幸ちゃんが、入り口のドアの横に立った。
皆の視線が深幸ちゃんの動向に集中する。

誰か、ゲストに呼んでいるんだろうか?
仲が良かった、放送部の顧問の先生とか?



「それではスペシャルゲストの登場です! どうぞ、お入りください!」

深幸ちゃんが司会者よろしく美声を張り、ドアを内側からオープンする。
外に開けた視界の中に、すぅっと長身の影が入り込む。
そのシルエットに私は絶句した。



どうして、ここに?
フランスにいるんじゃなかったの?



ゲストは微笑を浮かべたまま入店する。きゃあっという黄色い歓声があちこちで巻き起こり、これが夢でないことを知らしめた。
嘘じゃない。夢じゃない。


ここにいるのは、類だ。
紛れもなく、彼だ。


類は、驚愕して立ち尽くした私の元へと歩を詰め、笑いをこらえながら言った。
3ヶ月ぶりに会う私のパートナーは、今日も素敵だ。

「驚きすぎ。口、開いてるよ」
「…なっ、なんで、ここに?」
「ちょっと前に柴田さんから今日のことを知らされて。仕事もうまく片付いたし、リフレッシュ休暇を申請した」

羽田に到着したその足で来た、と事も無げに述べる彼は、相変わらずのマイペース。
この場にいる全員の視線を一身に集めながらも、それをまったく意に介さない。

視界の端でⅤサインを見せるのは深幸ちゃん。
そういえば東京にいる時、念のためにって二人は連絡交換してたんだっけ…。



「つくしが大変お世話になりました。このようなお祝いの会まで催してくださり、本当にありがとうございます。挙式はパリの教会で、ごく内輪の集まりで行いますので、申し訳なくも皆さんをご招待することは叶いませんでしたが、今後とも末永いお付き合いをお願い致します」

類はスマートに挨拶を述べた。
更には、心ばかりのお礼を準備したので帰りの際に持ち帰ってほしい、と言う。

その周到ぶりに驚かされる。
今回のはサプライズ企画だったために、私はお礼なんて準備できていなかった。
類がパリで購入してきたショコラは、日本に輸入されていない有名店の人気商品。
蕩けそうなビターは私もお気に入りなんだ。


類が来てからというもの、場の空気はふわふわと浮き立っている。
彼は私の隣に座らされ、頬を染めた女子達から熱烈な歓待を受けていた。
そうした相手の扱いにも手慣れたもので、類は好意をさらりと受け流す。

類に会ったことがあるのは、諒子ちゃんと深幸ちゃんの二人だけ。
初対面の人はだいたいがこういう反応だ。

社会人になり、類の対人スキルはとんでもなく向上した。
彼は自分の何が武器で、どうすれば相手の心を掴めるかを熟知している。
老若男女問わず、向かうところ敵なし状態だ。




それから30分ほどで祝賀会はお開きになった。
カフェの貸し切りには時間制限がある。
会が終わりに近づくと、しばらくはこのメンバーで集まることは出来ないのだという気持ちが高まって、ひどく感傷的になった。

高校時代、苦悩を抱えたままの私に、安らぎの場を与えてくれたのは放送部だった。
放送室での雑談、部室でのお茶会、放送コンテストの練習―。
在籍した期間は短くても、心温まる時間を過ごさせてくれた。
それが可能だったのは、皆が親切で優しかったから。


おめでとう。お幸せに。
結婚式の写真、ぜひ見せてね。
パリでも元気で。帰国したら知らせてね。


最後のお別れで一人一人と握手を交わすと、やっぱり涙が滲み出てくる。
深幸ちゃん、諒子ちゃんとは、握手だけでは済まずに熱いハグになる。


今まで、本当にありがとう。
離れてしまっても、ずっと友達だから。

いつでも応援しているよ。
この先に続く未来が、実りある成長の日々であるように。
いつか、また、必ず会おうね―。




類が呼んだタクシーに乗り込むと、皆に見送られてその場を去る。
こちらに手を振る仲間達の姿が見えなくなると、私はうつむいた。
類は無言で私の手を握り、昂った気持ちが静まるのを待っていてくれる。


「…もう大丈夫」

涙を拭いて隣を見上げると、自分を見つめる穏やかな眼差しと出会う。

「ああいう場は得意じゃないでしょう? でも、来てくれて嬉しかった」
「あんなに仲がいいのに、式に呼んであげられないのが申し訳なかったし」

パリでの挙式になったのには、花沢のご両親や類の仕事の都合によるところが大きい。諒子ちゃんにも深幸ちゃんにも仕事があり、足を運んでもらうのに海外は遠すぎた。


「それに知りたかった。つくしがどんな人達と高校時代を過ごしてきたのか」
「そう?」
「よく分かった。本当にいい仲間だったんだってこと」
「うん…」

膝の上には、皆から贈られたプレゼントがある。
たくさんの友愛に送り出されて、私は、幸せな花嫁になる。






いつも拍手をありがとうございます。
高校時代は、諒子&深幸とともに放送部に所属していたつくし。
仲間達との結束は固く、かけがえのないものでした。今作では、普通の高校生として、つくしにバイトではなく部活動をさせてあげたかったんです。
関連記事
スポンサーサイト



2 Comments

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/12/22 (Sun) 10:58 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ様

こんばんは。コメントありがとうございます~(*'▽')

つくしと最初に仲良くなったのは、席が隣になった諒子でした。転校直後のつくしは類との別れに深く傷つき、心ここに在らずでどこか寂しそうな雰囲気を醸し出していたでしょう。世話焼きの諒子はつくしを放ってはおけず、深幸とともに自分達のフィールドに引きずり込むことにした、という経緯だったと思われます。

つくしと出会ったことで大きな影響を受けたのは深幸でした。ともに三橋大学に通い、最終的にアナウンサーになる夢を叶えました。縁とはどこで繋がっているか分からないものだと、そうした友情を描きたくて、二人には活躍してもらいました。つくしにとって、二人は本当に大切な友人です。

そして、まさかのサプライズゲスト! 類は、つくしが大切にしたいものを尊重しています。つくしの喜びもひとしおだったことでしょう。

2019/12/22 (Sun) 23:52 | REPLY |   

Post a comment