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Category第1章 紡いでいくもの
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それからの一年はあっという間に過ぎた。
専門学校のカリキュラムに慣れてしまうと、あたしは空き時間に飲食店のアルバイトを入れるようになった。授業はだいたい夕方5時までには終わるし、そのままバイトに行けばちょっとした収入にはなる。
千葉にいる両親からときどき仕送りもしてもらっていたけれど、うちの家計に余裕がないのは相変わらずのことだった。

進は自分の進路を海洋学研究へと定めたようだった。研究者になりたいなんて正直意外だったけれど、そういえば進は幼い頃から自然科学が好きだった。何にせよ、好きなことを仕事に繋げることができるのなら、それに越したことはない。
両親の住むアパートから比較的近くにある国立大学で、フィールドワークを含めた実地研究の盛んなそこへと焦点を絞り、進は塾へ通い始めた。そこが第一志望だが、同じ学部で他の大学を目指すなら、地方に転出しなければならなくなる。
学習塾の月謝は大きな出費だったが、進のためなら、と両親もあたしもこれまで以上に仕事に精を出した。


八千代先生とは、月に1回、あたしがアトリエに顔を出すことを約束していた。
会ったからといって、デザインの指南を受けていたわけではない。互いの近況を話しながらお茶を飲み、雑談に花を咲かせるだけだ。それでも、その穏やかで優しい時間が、あたしは好きだった。


先生とは定期的に会う約束をしていたけれど、他の友人達との交流は学校が違うこともあって、どうしても間遠くなりつつあった。皆それぞれに学業に、家業に忙しくしていたから。
美作さん、西門さん、滋さんは4年生だったし、優紀は看護師になるための看護実習に明け暮れていたし、唯一年下の桜子も卒業後からの起業に向けていろいろな下準備を進めているようだった。

でも、類とだけは頻繁に連絡を取り合っていたし、月に1回は会ってもいた。約束通りアパートに招待もしたし、一緒に食事に出たり、彼の車で遠出したりもした。
メールもあたしよりは類の方が筆マメで、他愛のない話や彼なりの愚痴なんかを書いて送ってくれたりした。あたしも、学校やバイト先での出来事を書いて送った。
…進の言ったことが気にならなかったわけじゃない。
だけど類からは、あたしを強く求めるような、男性としてのアピールを感じなかったし、あたしもそんなふうには彼に接しなかったと思う。


ただ、今の関係を壊したくなかった。穏やかで心地よいこの関係にあえて水を差すような何かを、あたしはしたくなかった。
ふいにかけられる言葉の端々に、あたしを見つめる眼差しに、勘違いしたくなるような優しさが含まれていても、あたしは強いてその正体を見極めようとはしなかった。

あたしの頑なさは、もちろん道明寺とのことがあったからだ。
所詮は、身分違いの恋。
叶うはずのなかった恋。
もう間違えたくない。
…傷つきたくない。
あたしは、自分自身の限界を一番よく分かっている。

それに何より、…あたしは、まだ道明寺のことが忘れられない。



F3とT3のメンバーで再び集まることができたのは、前回のあたしの入学祝いから1年後の三月中旬だった。
今回の会合の名目は、F3と滋さんの卒業祝いだ。
新社会人になる彼らの前途は洋々だ。
西門さんは茶道家として本格的に活動を始めようとしていた。今後は全国にある会派の支部でお弟子さんの指導にあたったり、講演会を開いたりするのだという。そして、いずれは家元を襲名する。
美作さんは学生時分より会社の幹部役員という立場だったから、すでに新社会人ではなかったけれど、今後はアジア圏での渉外活動が主流になるという。

滋さんは、今年に入って行われたお見合いの席で、大河原財閥と比肩するほどの大企業の御曹司と大いに気が合い、なんと婚約が成立していた。相手は滋さんより3つ年上の、アメリカ人と日本人のハーフの男性で、とても優しそうな人だった。
今年11月に挙式する予定だという。結婚後、滋さんは渡米する。

類は1年間に及ぶインターンシップ研修を終え、4月からは専務として本社に勤務することが決まっていた。彼はまだ何も言い出さなかったけれど、花沢物産は欧州圏での渉外活動が中心だったから、きっと彼も仕事で日本を離れることが多くなるに違いない。


「「「卒業、おめでとうございます」」」
あたしと優紀と桜子が、他のメンバーに向けて声を揃えて言うと、皆一様にグラスを高く掲げた。
「「「カンパーイ!」」」
チンとグラスを合わせてアルコールを口にすると、甘く冷涼な感触が喉奥を滑り降りていく。机に置かれた料理はどれも美味しそうで、あたしは皆との歓談を楽しみながら箸を進めた。

あたしはお酒の味は好きだけれど、あまり強くない。
類と一緒に出かけた先で、何度かお酒を口にすることがあったけれど、すぐ真っ赤になるあたしに彼は厳しく言った。
『牧野、弱過ぎ。…酒の席では絶対一杯だけにしな』
『一杯だけって、飲まないのと同じじゃん…』
『ダメ。…あんたは、飲んで強くなっていくタイプじゃないんだから無理しない。…分かった?』
彼の警句を守っていたから、確かにあたしはこれまでお酒による失敗をやらかさずに済んでいた。
でも、今日は親しい友人だけの集まりだったし、ちょっとくらいはいいかな…と桜子の勧めるままに二杯目のオーダーをした。
…アルコールのもたらす酩酊感が嫌いなわけじゃなかったし。


「先輩、どうぞ」
「ありがと」
桜子がオレンジ色のカクテルをあたしに差し出してくれたときだった。向かいの席からすいっと伸びた手が、それをあたしの代わりに受け取った。
「…えっ」
グラスを差し出した桜子も、受け取ろうとしたあたしも、驚いてその手の持ち主を見る。目線の先にはもちろん類がいた。
「だめだよ、三条。牧野はアルコール弱いから」
「…類っ」
あたしは悪戯を見咎められた子供のように背中に汗を掻きつつも、類に抗議した。
「今日はいいじゃない。度数も弱いって桜子が…」
「ダメ。…あんた、もう顔赤いよ。いつも言ってるじゃん」
「…ほんと、頑固なんだからっ」

あたしと類のそんなやり取りに、桜子はにんまりと笑んで口を開く。
「いつの間に、そういうご関係なんですの?」
「…はぁ?」
あたしはあんぐりと口を開ける。
気付けば、全員の視線があたしに集まっていた。
―やだ。違うのに。
「…そういうも何も……本当に何もないよ?」
「へぇぇ? 類を下の名前で呼ぶようになったのに?」
「それは…」
西門さんの突っ込みが入り、あたしはますます居たたまれなくなる。顔がカッと熱くなるのを感じた。


「………俺がそう頼んだんだよ。いつまでもフルネームだったから」
類が小さくため息をついて、あたしをフォローしてくれた。
「牧野が酒に弱いのを知ってるし、呑まれることがないよう注意しただけ。…それだけだよ」
話は終いだと言うように、類は手にした自分のグラスを煽って机に置く。空になったグラスの中の氷が、カランと音を立てて崩れたのが妙に耳に障った。
「…ソフトドリンク頼んでやるよ。何がいい?」
なんとなく気まずくなった雰囲気をとりなすように、あたしに向かって美作さんが声を掛けてくれた。あたしは微笑む。
「えっと…ジンジャエールを」
「OK」




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