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視線 ~85~

Category*『視線』~完~
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元放送部による祝賀会の後は、二人で牧野家に戻った。類は実家の方にも事前に連絡をしていたらしく、彼の姿を見ても両親が驚くことはなかった。
進はバイトに行っていて、まだ帰っていない。


夕食の準備をするママを手伝っていると、のんびりとした会話が聞こえてくる。

「類さん、少し痩せたんじゃないかい?」
「向こうの仕事が忙しくて。パパさんはちょっと太った?」
「あはは、バレたか。そうなんだよ~」

パパは丸く突き出たお腹をポンと叩き、類の笑いを誘う。

「ヴァージョンロードを歩くまでに、ちょっとダイエットしなくちゃなぁ…」
「いいんじゃない? パパさんはそのままで」
「そうかい? 海外に行くなんて初めてで心配だよ」
「進がいるから大丈夫。サポートとして花沢の社員も案内につけるし。でもパスポートだけは忘れないで」

そのやり取りを、ママと二人で微笑ましく見守る。


やがて進が帰宅し、揃って食卓を囲んだ。
ママ自慢の手料理が並ぶ。お祝いのアルコールも少々交えて。
久しぶりの我が家の味を堪能しながら、とても楽しい時間を過ごした。


入浴が済むと、日頃の疲れや時差の影響もあってか、類はひどく眠そうだった。
もう休むように声をかけると、限界が近かったようであっさりとその言葉に従う。
祝賀会に合わせて帰国するために、いろいろと無理を重ねたらしい。
類は無言実行で私を驚かせることがある。
有言不実行になるのは嫌だから、言わないでおくんだって。


類を先に休ませた後、私達は少しだけ夜更かしをし、思い出話をして盛り上がった。
台紙の端が黄ばんだ古いアルバムをめくり、過去に想いを巡らせる。

同い年の両親は、もうすぐ五十路を迎える。
ふとした瞬間に彼らの年齢を意識することがあり、時の流れを実感する。
日本を離れてしまうことへの躊躇いが再び頭をもたげるけれど、そうした不安は進がフォローを約束してくれている。実に頼りになる弟だと思う。



翌日は類が目覚めるまでのんびりとした朝を過ごし、昼前には自宅を出た。
進は、早朝からアルバイトに出かけてしまっている。
次は結婚式でね、と手を振る両親に見送られ、私達はタクシーに乗り込んだ。

新幹線で東京駅に戻ると、いつもの場所で馬場さんが出迎えてくれた。
長年、花沢家に勤めてくれた馬場さんだけれど、今月末で退職することが決まっている。生まれ育った長野にご夫婦でUターン移住し、セカンドライフを送るつもりなのだという。


「帰る前に寄りたい所がある」
「どこ?」
「それは、行ってみてのお楽しみ」

馬場さんは類の指示を心得ているらしく、いつものようにスムーズに車を発進させた。類は疲れが抜け切らないのか、シートに深く背を預け、軽くひと眠りするようだ。私は流れていく車窓の景色を眺めながら、目的地がどこなのかを推察する。



やがて見慣れた街並みが視界に入り、車がどこに向かっているのかを理解した。
この通りの先には、英徳高校がある。
私と類が出会った場所だ。

馬場さんは大学部のゲートの近くで車を停めた。
春季休業中なので、高等部の正門は開いていないのだ。
類に声をかけると、寝は浅かったようで彼はすぐに目を覚ました。



「…懐かしい…」

高等部の非常階段の上から見える景色は、何も変わっていないように見えた。
でも、よく見れば、違いはある。
私が最後にここを訪れてから、5年以上の月日が経過している。階段近くの常緑樹は枝葉を大きく伸ばし、校舎は老朽化がわずかに進んだように見えた。

「来年度中にここを改築して、新校舎を増設するんだって」

ポツリと洩らされた呟きに、私は類を見上げた。

「改築?」
「そう。最新式の設備を取り入れた校舎ができる。施工は美作系列の会社。新旧の校舎を連結するために、この非常階段は撤去されて、新たに渡り廊下ができるらしい」
「ここ、無くなっちゃうんだ…」
「着工前に連れてきたかった。思い出巡りはあまり好きじゃないけど、ここは特別」

繋いだ手をきゅっと握られる。
それに応えて、彼の手を優しく握り返す。



「今、思い出しても笑える。…つくしの雄叫び」

彼の肩が小刻みに揺れ始める。
このネタで笑い出すとしつこいんだよね、類は。

「もうっ! その話はナシで!」
「なんで。いいじゃん。あの衝撃があったから、俺はつくしを認識できたし」
「階段に誰かいるなんて思わなかったもん。いるならいるって言ってよね」
「そんなの、確認する前に叫んでたくせに」

抗議するために繋いだ手を解こうとすると、強く握り返されて阻止される。
反対の手でさらに抵抗を試みると、その手を押さえられる。
思いがけずの取っ組み合い。子供っぽい攻防に笑いが出て力が抜ける。
やがて類は私の両手を取り、正面から向き合った。




「…つくしと出会えて良かった…」

続けて彼が言う。

静を見送ったあの日、不確かだったけど、自分の中の予感を信じて良かった。
別れも経験したけど、諦めないで良かった。
愛し、愛される喜びを知ることができて良かった、と。



「…私も、類と出会えて良かった…」

私も彼に倣って言う。

あの日、類が差し出してくれた手を取る勇気を持てて良かった。
たくさんの人に支えられ、類とやり直すことができて良かった。
初恋を実らせることができて良かった、と。



互いに距離を縮めて、そっと唇を重ねる。
優しい気持ちを伝え合う、触れるだけのキスに胸が震えた。


幸せだよ。
類と一緒にいられて。


この場所はなくなってしまっても、この光景は私達の中に残っていく。
心のフィルムに焼き付けて、大切にしまっておこうね。






旅立ちは、麗らかな春の日だった。

オーナーと女将さんには、母屋の前で見送られた。
湿っぽいのは嫌だと言われていたので、類と並んで笑顔で挨拶をした。

馬場さんの運転する車に乗るのも、今日が最後。
空港までのラストドライブを楽しむ。

「馬場さん、今日までありがとうございました。どうぞお元気で」
「私の方こそありがとうございました。お二人の末永い幸せをお祈り申し上げます」

深い謝辞と別れの挨拶を交わし合う。
馬場さんの朗らかな笑顔に見送られて、私達はターミナルビルに入った。



空港の出発ロビーには、優紀が来てくれていた。
彼女との付き合いは、実に10年以上に及ぶことにふと思い至る。

「結婚式、楽しみにしてるよ!」

ゲートの前で優紀とハグを交わすと、堪えていた涙がこぼれた。


この日、この時が来るまで、本当にたくさんのお別れをしてきた。
その中には、期せずして、長いお別れになってしまう人もいるだろう。
新しい生活への不安も少なからずある。心は大きく揺れていた。


「何を泣くのよ。以前に比べて世界は狭くなったんだから。またすぐに会えるよ」

そう言って私を叱った親友の瞳にも光るものがある。

「頑張れ、つくし! 頑張れ!」
「ありがとう! 優紀もね!」




長いフライトの間に、日本時間では3月30日を迎える。
ジェットラグ(時差のずれ)で、シャルル・ド・ゴール空港に着くのは29日の夜だ。
類にいつお祝いの言葉をかけるべきか、悩んで問いかける。

「類の誕生日だけど、パリ時間に合わせてお祝いしていい?」
「もちろん」
「プレゼントも用意したから! 楽しみにしててね」


類は笑って頷き、私の耳元で甘く囁いた。
Je te veux.あなたが欲しい”と。

だから、私も応えるんだ。
Bien sur.もちろん”って。






いつも拍手をありがとうございます。
時を経て変わりゆくもの、いつまでも変わらないものを描いてみました。
本編は残り4話です。最後までお楽しみくださいませ(*^-^*)
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