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視線 ~89~

Category*『視線』~完~
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道明寺達とは途中で別れ、私と類は別のルートから会場入りをした。
会場前方に設けられたステージの、その近傍にある控室で待機する。
圭悟さんと希和子さんはすでに準備万端で、身重の私を優しく気遣ってくれた。
開式セレモニーでは義両親だけでなく、類と私も挨拶を述べる予定になっている。



類は数年間の実績が評価され、この夏、専務取締役に就任した。
前任の三藤専務がすでに定年を迎えていたこと、後進に道を譲るため継続雇用を望まなかったことから、6月の株主総会において後任の選出が行われたのだ。
類の役職は、社長、副社長に次ぐNo.3の位置付けだ。



私は現在産休中の身であるけれど、今回の帰国に伴い、フランス支社のCSR活動部門から本社のコンプライアンス統括部門への異動を命じられた。復帰後の配属先はそこになる。

また、たっての希望で特別な役割は与えられてこなかった私だけれど、三藤前専務の退任に伴う人員補充のため、取締役を拝命することになった。
取締役には、社長等の役職を有する『役付取締役』と、役職を有しない『平取締役(平取)』がある。私は後者だ。

こうして、私は、花沢物産の経営陣に仲間入りを果たした。
正直を言えば、大企業の幹部になったという実感は薄い。
だけど拝命したからには、その役目をしっかり全うしたいと思う。




「緊張してるの?」

類が小声で私に問う。
繋いだ彼の手を温かく感じるのは、たぶん、私の緊張が強まっている証拠。

「もちろん、してる。挨拶文が飛んでしまわないかって…」
「大丈夫。つくしはやり切るよ。パリで社外講演をした経験もあるし、自信持って」

ステージの方から、司会者の声が聞こえてきた。
セレモニーが始まったのだ。
私達はステージの袖に移動し、挨拶の時を待つ。



「あんまり緊張しないで。胎教に悪いよ」
「…だよね。私の緊張が伝わったのか、赤ちゃんも静かなの…」
「深呼吸して。できるだけゆっくりと。……どこを見ればいいか迷ったら、会場の手前を見て。きっとあいつらがふてぶてしく陣取って、つくしを応援してくれてるはずだから」
「そっか。それなら心強いね!」

照明の光に満ちる壇上からでも、彼らの圧倒的なまでのオーラは容易く目に留まるだろう。滋さんに至っては、両手を振って居場所を主張してくれるかもしれない。




圭悟さんの挨拶が始まる。彼は深みのあるバリトンで列席者に謝辞を述べ、花沢物産のこれまでの軌跡と今後の展望を滔々と語る。

続けて、希和子さんが挨拶をする。彼女は澄んだ声で欧州におけるCSR活動の成果を報告し、欧州のみならず世界的な経済縮小の流れの中で、この活動を維持できることへの深い謝意を表した。

そして、類の名が挙げられた。
彼は最後に私の頬をひと撫ですると、先に行くね、と微笑んで前を向いた。





類はステージの袖から中央にある演台に進み出た。
社外に向けた就任挨拶が始まる。
意志の強さを窺わせる彼の声が、会場内に凛と響いた。


「ご来場の皆様には、平素より多岐にわたるご支援を賜り、誠にありがとうございます。本日は弊社の記念式典にご臨席いただき、重ねて御礼申し上げます。

私は、先の株主総会において選任され、7月1日付で専務取締役に就任いたしました。三藤前専務の後任を担うこと、そして重責を負うことについては、大変身の引き締まる思いです。

入社後はフランス支社に所属し、社長とともに欧州圏の商談を担当して参りました。しばらくは東京本社に配属となります。皆様方と弊社を結びつける仲介の役割を担いながら、また、本社と支社の連携を強めながら、日本経済の活性化に大きく寄与して参りたいと思います。これからも社会のニーズを的確にとらえた商品提供ができるよう、注力していく所存でございます。

今後は、10年後、20年後を見据えた会社経営が望まれます。昨今のイノベーションに応じ、社会全体が経営戦略の抜本的な見直しを迫られております。その変革期の中にあっては、皆様のご支援は必要不可欠であると強く感じております。
これからもお力添えをいただきたく、改めてお願い申し上げます」


類のスピーチが終わると、会場からは大きな拍手が送られた。
次は、私の番だった。



司会者が、私の名を挙げる。
すぅっと息を吸い、短く吐く。


―行こう!


私は、足を踏み出す。
眩いばかりの光の中、ステージ中央にある演台へと進み出る。


想像以上に会場は広く、さざめきも大きい。
視界いっぱいの暗転した空間。
その薄闇の中から夥しい数の視線が向けられているのを感じ、体が竦む。


ふと、目線だけを下に落とす。
…類の言った通りだ。
ステージ下の一番手前のエリアを、私の親友達が大きく陣取っているのが見えた。



道明寺が、西門さんが、美作さんが、私を見上げて笑っている。
首尾よくやれよ、と言わんばかりに。
滋さんは満面の笑みを浮かべ、胸元で手を振ってくれている。


少し離れた場所には、お祖父様と、友人の大邑会長が並んで立っている。
その近くに、これまで天満月で懇意にさせていただいた方々の姿もある。


さらには、フランスから来日したブロス一家の面々。
ブロス氏にはこの後、来賓挨拶を賜ることになっている。
レナ・ブロスとも目線が合い、にこやかに微笑まれ、励まされる。



私と類を支援してくれるたくさんの人々が、今、この場所にいてくれる。
なんて、心強いんだろう。



私は目線を上げ、真っ直ぐに前を見た。
緊張も恐れも薄れゆく。
もう一度息を吸い、短く吐き、第一声を発した。




「ただいまご紹介に与りました花沢つくしと申します。
本日は、ご多忙中のところ、弊社の記念式典にご臨席賜り、誠にありがとうございます。日頃よりご支援をいただいている皆様と、記念すべき日をともに迎えることができたことを大変喜ばしく思います。

私は、7月1日付で、取締役として就任いたしました。このような大任を仰せつかりまして、責任の重大さに身の引き締まる思いです。株主総会における選任の際は、欧州におけるCSR活動への貢献を大きく評価されました。これまでの活動では、弊社と地域社会を繋ぐ架け橋の役割を果たすべく奔走して参りました」


ここには、今、私の声だけが響いている。
これだけの来場者がいるにもかかわらず、場内は水を打ったような静けさだ。
ともすれば、挫けてしまいそうな心を叱咤し、懸命に言葉を継ぐ。


「出産後は本社に所属し、現場の声に耳を傾けながら、社内の円滑な業務遂行に尽力して参りたいと思います。社員の方々がずっと働きたいと思えるような、また、次世代を担う子供達が将来的に入社を希望してくれるような、そうした会社の在り方を追求していきたいと強く願っております。

今後も、皆様方には、学ばせていただく機会が多々あろうかと思います。その際には何卒、ご指導・ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます」


私の声は、虚空に吸い込まれていく。
シンと静まり返る場内。
間を置いて、一礼する。


次の瞬間、割れんばかりの拍手が湧き起こったように感じた。
それに応えるように、私は再び背を伸ばして前を向き、大きく微笑んだ。





視線は、ものを見るときの目の方向をいう。
当然のことながら、視線そのものを見ることはできない。
人と対象物の間に結ばれるそれは無形で、まして質感も温度も色もないから。

しかし、実際には人の視線というものには質感も温度も色もあって、時に人をひどく苛むものであることを、私はこの身をもって知ることになった。



それでも、私はもう恐れない。
ありのままを受け入れていく。
その覚悟は、類が私に授けてくれたものだ。



マイナスは相乗してプラスに変える、と誓ったあの日のように。
私は、どんな時も堂々と胸を張って微笑んでみせよう。



いつまでも愛してやまない、あなたの隣で。







~Fin~





これにて『視線』の本編終了です。あとは番外編を残すのみとなりました。
余韻を大切にしたいので、番外編の更新は12/29にしようと思います。
12/28はつくしのBDなのに申し訳ございません💦

長きに亘って、応援ありがとうございました。
ここでは“本編読了!”の拍手をいただけると嬉しいです。
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6 Comments

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2019/12/27 (Fri) 00:43 | REPLY |   
nainai

nainai  

二様

こんばんは。連日のコメントありがとうございます(*^_^*)

二様の感想を拝見すると、作品に乗せた私の意図がちゃんと伝わっていたようでとても嬉しかったです。思わず応援したくなるような10代の二人を書いてみたかったのです。表現方法の課題は残しましたが、なんとか完結まで繋ぐことができてホッとしています。

タイトルの『視線』は、つくしの克服すべきものとして命名しました。言葉のイメージとしては不穏さを含むものだったですよね。番外編をUPした後、後書きをUPする予定です。そこでいろいろと私見を述べておりますので、よろしければそちらもお読みくださいね。

今年最後のお話、『番外編』の更新は12/29です。どうぞお楽しみに(*^^)v

2019/12/27 (Fri) 22:44 | REPLY |   

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2019/12/28 (Sat) 21:21 | REPLY |   
nainai

nainai  

j様

こんばんは。初コメントありがとうございます(*^-^*)
今夜は番外編の公開です。楽しんでいただければ嬉しいです。

アドバイスの件ですが、ご丁寧にありがとうございます<(_ _)> なるほど、と思いました。参考にさせていただいてもよろしいでしょうか? 
今のところ当ブログで大きなトラブルは起きていないのですが、今後のことは分かりませんし、未然に防ぐための努力は常に必要かと思います。

お返事はご不要とのことでしたが、j様のお気遣いに感謝しておりますので、今回は返信させていただきました。しばらくブログはお休みしますが、再開の折にまたご訪問頂ければ嬉しいです。

2019/12/29 (Sun) 00:12 | REPLY |   

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2019/12/29 (Sun) 08:02 | REPLY |   
nainai

nainai  

m.w.様

二度目のこんばんはです。
こちらにもコメントいただきまして、ありがとうございます(*^-^*)

今作は、できるだけ原作の世界観を壊さないようにしながら、物語を進めていきました。序盤は処女作の『樹海の糸』に近しい部分もあったと思うのですが、オリキャラの登場でこのような展開へと発展していきました。
私の書く作品には、どうしても悲哀を含んでしまう部分があるのですが、そうした影の部分も払拭できるハッピーエンドへと繋いでいったつもりです。類にもつくしにも幸せになってほしいですものね。

しばらくお休みに入りますが、まだまだ書き足らないので、再開の折には新たなお話をお届けしたいと思います。その際にはぜひご再訪いただければ嬉しいです。

2019/12/29 (Sun) 23:48 | REPLY |   

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