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糸の証 ~1~

Category『糸の証』
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彼女との出会いは鮮烈だった。
年明けから顧問弁護士を務めることになった、和菓子の老舗『千石堂』。
その本社の応接間で、私と彼女は引き合わされた。
四代目社長、千石せんごく大典だいすけ氏によって―。


「へぇぇ。あんたがあのRuiの奥さん? ビックリするほどフツーだね」
ふんわりと巻いた茶髪の毛先を弄りながら、少女は私の外見について直截に感想を述べた。満年齢で14歳。この春、中3になったばかりだ。
娘の無遠慮な発言に驚き、慌てたのは同席していた千石社長だった。
「なんで結婚できたの? あっ、デキ婚?」
「なずなっ! 止めないかっ!!」

父親の一喝にもまるで悪びれた様子は見せず、彼女はにっこりと笑う。
…いや、正しく言えば、それは作り物じみた笑顔で。
口調の明るさとは裏腹に瞳の色はどこか冷たく、年不相応の化粧がその素顔を見えなくしている。

娘の非礼を詫びる千石社長に微笑み、私はなずなさんに向き合った。
真っ向からぶつかる視線。
途端に、勝気そうな少女の瞳に警戒と敵意が色濃く滲んだ。

「初めまして。弁護士の牧野つくしと申します。なずなさんは、私の夫のことをご存じなのですね」
「Ruiを知らない人はいないよ。仙台で公演もやるしさ。…って、あんたは花沢じゃないの?」
「戸籍上はそうです。仕事では、便宜上、旧姓を使用させていただいております」
「あっそ。…ねぇ、Ruiに会いたいって言ったら、会わせてもらえる?」


類はプロのバイオリニストだ。帰国後は『Rui』名義で音楽活動を行っている。
その彼と昨年9月に再会し、結婚してから8ヶ月。
専属契約を結ぶ花沢物産の広報部は結婚の事実を世間に公表していないが、私達はそのことを隠してはいない。

先日、駅前の百貨店で千石社長と鉢合わせた時は、類を夫だと紹介した。彼は、類の素性にすぐ気づいたようだ。だから、なずなさんが私達のことを伝え聞いていたとしても不思議ではなかった。

「申し訳ございませんが、そういったご要望はお断りさせていただいております」
「…ダメ? なんで?」
「仕事とプライベートは混同させないことにしておりますので、仕事を通じての紹介は出来かねます」
「はぁ? 意味ワカンナイんだけど…」
なずなさんは、すぐさま不機嫌な顔つきになった。これ見よがしに大きなため息をつき、そのまま立ち上がる。露出の高い服からは白い素肌が大胆に覗いていた。

「…なら、あんたに用はないよ。それだけが目的だったし。後のことはヨロシク―」
「なずなっ! 待ちなさい!」
「離してっ。この人を金で雇ってるなら、それ相応の働きをさせたらいいじゃん!」
引き留めようとする父親の手を振り払い、なずなさんは足音も荒々しくドアの向こうに消えた。応接間に残ったのは、渋面を作った千石社長と、無表情の彼の秘書と、私の三人だった。


「牧野先生、本当に申し訳ございません」
「いえ。…では、千石社長。今回の依頼内容を確認させてください」
彼女の行動は褒められたものではないけれど、こちらの気分を害するほどでもない。富裕層のティーンが礼儀を弁えないのは、決して珍しいことではなかった。
私が表情を変えることなく本題に入ることを促すと、額に浮いた汗をハンカチで拭いつつ、千石社長は話し始めた。彼のこのような姿を見るのは初めてだった。

「恥ずかしながらご覧の通りです。娘は私どもの言うことなど全く聞かず、問題行動ばかり起こしておりまして…。先生をお呼びしましたのは、先日あの子が起こした同級生とのトラブルが訴訟に発展しそうだからです」
「相手側がその可能性に言及されたのですか?」
「はい…。何度も謝罪に伺ったのですが受け入れてもらえず…」

そうして、私はトラブルの詳細を聞き出してメモを取った。経緯については、秘書の方が予め時系列の文書を準備してくれていたので、それに書き込んで情報を補足していく。千石堂本社から直帰で自宅に戻ったのは、それから1時間半後のことだった。




私の愛車は国産メーカーのコンパクトカー。細い路地もこの大きさなら怖くない。
類は安全面から別の車種を推したけれど、ゴールドドライバーでもビギナーに近い私はそれを乗りこなす自信がなかった。彼と結婚するまでは実家暮らしで、主に公共交通機関を利用していたから。

「ただいま」
マンションの上階にたどり着き、カードキーで解錠して部屋に入ると、類はソファで寛いでいた。眺めていたのは譜面のようだ。
「おかえり。もう準備できてるよ」
「ありがとう」
帰宅時刻は事前に知らせていた。
ダイニングテーブルの上には温められた料理が並んでいる。それらは、類ではなく、花沢家に仕える古河ふるかわミキさんが作ったものだ。
仙台移住を決めて間もなく、類はミキさんをこちらに呼び寄せた。彼女の住まいは同じマンションの別階にあり、私達の生活を全面的にサポートしてもらっている。


類はバイオリニストだ。
演奏の出来を左右する指先のケアには、常に細心の注意を払っている。

私は弁護士だ。
仕事内容によっては日が変わるまで残業が続き、生活が不規則になりやすい。


そうした特殊な職業の私達が、家事分担をどうするのかは非常に重要な問題だった。類は、あっさりと第三者の介入を提案した。双方が相手の仕事を尊重し、かつ自分の仕事もやり遂げるにはそれがベストな方法だと。
内心ではやや抵抗感があったけれど、類の提案には素直に従った。本来なら、彼の音楽活動をサポートするのは妻である私の仕事だ。それができないのであれば、…弁護士を続けさせてもらえるのであれば、反論など言えるはずもない。

それに、ミキさんの仕事ぶりは完璧だった。清掃は部屋の隅々までいきわたり、生活に必要なものは細やかに補充され、食事もとても美味しい。現状に慣れた今となっては、彼女の手助けなしにこの生活水準を保てないことは明白だった。


「…わ、美味しい」
筑前煮を口に入れると、その絶妙な味付けに思わず声が洩れた。
類は微笑んで同意し、問いかけてきた。
「それで、今日はどんな一日だったの?」
「新しい仕事の依頼があったよ」
私は類にその日の出来事を明かす。もちろん守秘義務があるから、個人の特定はできないように多くの情報は伏せて。話し終われば、今度は類が自分の仕事の話をする。
それが二人のルーティンワーク。


彼の笑顔を独り占めできることに、私は心の充足を得る。
私達の間に、まだ子供はいない。
それでも、類との暮らしは穏やかな愛に満ちて、ただただ幸せだった。






新連載、始まりました。
最終話まで応援よろしくお願い致します(*^-^*)
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2 Comments

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2020/05/01 (Fri) 12:25 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ****様

こんばんは。コメントありがとうございます(*^-^*)
復帰作なので、読者様の反応にドキドキしています…。

第一話から登場してもらったのは、今作のキーパーソンであるなずなちゃんです。相手は富裕層のティーン。弁護士3年目のつくしは彼女にどのように相対していくのか。二人の掛け合いを見守ってくださいね。

類とつくしが再会し、結婚して8ヶ月。生活環境が落ち着く一方で、いろいろな問題が浮上してくる時期でもあります。その部分を丁寧に描いていければと思います。

2020/05/02 (Sat) 01:31 | REPLY |   

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