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Category第1章 紡いでいくもの
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「ね、つくしはさ、…まだ司のことが忘れられないの?」
F3と女性陣で完全に輪が別れてしまうと、滋さんにしてはひどく抑えた声で、彼女はあたしの耳元に囁くように問うてきた。
「し、滋さん…」
これまではあたしの気持ちをおもんばかって、誰もその話題に触れてこなかったというのに、突然切り出された話題にあたしはすごく焦った。そんなあたしに優しい眼差しを向けながら、彼女は続ける。
「…あたしさ、年内には結婚して渡米するじゃない? うちの会社で新しく立ち上げた事業にも参画するつもりだし、すごく忙しくなると思う。…これまでみたいには、つくしと会えなくなる。だから、今日はこの話をすることを許してね…」

アルコールのせいか、滋さんの目元はほんのりと赤らんでいたけれど、瞳の色は真剣そのもので、あたしへの友愛に溢れて見えた。
「つくしのことが心配なんだ…。まだ、一人で苦しんでるのかなって。…ほら、つくしって我慢強いから、つらくてもなかなか気持ちを打ち明けてくれないじゃない?」
「滋さん…」
来月には、道明寺の挙式から1年が経つ。
でも今は、あのときほどの捩れるような痛みや苦しみを感じない。
そんな自分にも気付く。
「そうだね。…もう道明寺のことを思い出さないのかって言ったら、それは嘘になる」
あたしは、滋さんの想いには真摯に応えたいと思った。


かつて、滋さんは道明寺の婚約者だった。親同士が決めた婚約ではあったけれど、彼女自身も彼の魅力に惹かれ、先々の結婚を望んでいた。
けれどあたしの存在を知った彼女は、道明寺とあたしのためになれば、と自らその身を引いてくれたのだ。
…結果論だと分かっていても、どうしても思うことがある。
あのとき、あたしこそが身を引いていれば、滋さんは道明寺と結婚できたはずだった。道明寺だって、滋さんを選んでいたら、お父さんが亡くなったときにあんなに苦労することはなかったのに…。


「…本当にごめんね、滋さん」
あたしは今までは言えなかった謝罪を、彼女に静かに告げた。滋さんは大きな瞳をさらに大きく見開いて、ゆるゆると首を振った。
「やだ…。何を謝るのよ」
「あいつと…成就できなかったこと。あんなに…応援してもらったのに…」
口にしてみれば、やっぱり、あたしの心の傷はじくじくと疼いた。

「…それのどこに、先輩の非があるって言うんですか?」
あたしと滋さんの会話を、固唾を呑んで見守っていた桜子が口を挟んできた。
あたしは弾かれたように顔を上げ、桜子を見つめた。その表情が痛々しい。
彼女もかつては道明寺に心を寄せていた一人だ。そのことを、強く、意識する。
「先輩は…一生懸命頑張ったじゃないですか。…道明寺さんの事情は、本当に時期が悪かったと思います。お父様のご逝去があんなに早くなければ、きっと…」
「そうだね…」

あたしは同意をしたが、それが心からの同意ではないことに優紀はすぐに気付いて、あたしの手をぎゅっと握ってきた。
…優紀。
その力強さと温かさに、涙がこぼれそうになる。
「過去を見るのはもうよしなよ」
「優紀…」
「つくしは頑張ったよ? 高校の時から比べて、すごく素敵な女性になったよ。それって、道明寺さんのおかげだよね?」
優紀の言葉に、滋さんも桜子も頷いてくれる。


彼女達が…、彼女達だけでなくF3もが、あたしを導いてくれた。
あたしが道明寺と添い遂げられるように、その一助となればと労を惜しまず、あたしの内面を磨いてくれた。
彼らと共有した時間は、きっとあたしの財産になるだろう。


「道明寺さんのことを、忘れるようにって言ってるんじゃないよ。…でも、その思い出は大切にしながら、未来に目を向けたらいいんじゃないかなって思うの」
「未来って…」
自分の将来のことを言っているのなら、あたしはしっかり現実に目を向けていたつもりだ。

デザイナーになりたい。
八千代先生の仰るような、トップデザイナーになりたいとは、おこがましくてやっぱり望めない。それでもその技術を習得し、その道で身を立てていくことができるようになりたい―。

「…もう、違うよ。仕事の話じゃなくってね…」
優紀が呆れたように笑うのを見て、あたしはハッとする。
「また口に出してた?」
「うん。出してた。…相変わらず、その癖直らないね」
「それに、相変わらず鈍感ですよね」
桜子がすかさず言い添える。


優紀は、滋さんとは反対側の耳にそっと耳打ちしてくる。
「恋愛のこと」
「…えっ」
「…花沢さん、つくしのことが好きだよ」
「ここにいるみんながそう思ってるよ」
ダメ押しのように、反対側から滋さんにも囁かれて、あたしは身動きが取れなくなってしまった。
正面では桜子がグラスを弄びながら、嫣然えんぜんと微笑んでいる。




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