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糸の証 ~9~

Category『糸の証』
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本谷紗南さんの自宅は、閑静な住宅街の中にあった。
玄関脇には『ハンドメイド教室』の陶器看板が掲げてあり、紗南さんのご家族が自宅でカルチャー教室を開いていることが分かる。
インターフォンを鳴らすと、すぐ応答があった。その声は若い。突然の訪問に驚かれるだろうと思っていたのに、私が素性を明かすと、訪問の目的を話すよりも前に玄関扉がガチャリと開いた。

中から顔を覗かせたのは、高校生くらいの女の子。背が高く、利発そうな顔立ちをしている。その反応の速さに、こちらの動向を読まれているという印象を受けた。


「初めまして。弁護士の牧野と申します。本谷紗南さんですか?」
「はい、そうです」
「不躾な質問を許していただきたいのですが、本谷さんは千石なずなさんのご友人だと伺いました。なずなさんが昨日からご自宅に帰っていないようなので、もしかしたら行先をご存じないかと…」
「…お一人ですか?」
「えぇ」
「ここの住所はどうやって知ったんですか?」
「久芳加寿子先生にお訊ねしました」

紗南さんの目が大きく見開かれる。彼女は私の背後に素早く視線を走らせた後、私の腕を軽く引き、玄関の中へと誘導した。急いで鍵を閉めると、確認するようにこう訊いてきた。


「加寿子先生と連絡が取れたんですか?」
「はい」
「先生の体調はどうなんですか?」
「病気の治療は続けていらっしゃいますが無事退院され、今は岩手県の一関市内にお住まいです」
「あぁ…そうなんですね。…良かった」

紗南さんは安堵の息をつくと、おもむろに階上を振り仰いだ。それにつられるようにして顔を上げると、こちらを見下ろしている一対の瞳と目が合う。
いたずらを見つけられた幼子のように、なずなさんは笑っていた。


「あ~ぁ、見つかっちゃった。あんたって思ったより優秀だね。怪我は治った?」
「えぇ、どうにか」
「先生の病気はどうなの? もう元気なの?」
「実際にお会いしたのは事務所のスタッフですが、お元気そうだったとのことです。私は先ほど電話でお話ししましたが、なずなさんのことをとても心配しておられました」
「…そう」
「久芳先生からなずなさん宛ての手紙を預かってきています。受け取ってくれませんか?」


私は鞄から淡いグリーンの封筒を取り出して、頭上にかざす。
彼女の表情に、初めて、はっきりとした動揺が表れたのを見て取る。
「なずなさん、今日こそちゃんと話をしませんか? 学校で起きたのがどういうトラブルだったのか、あなたの口から説明してくれませんか?」
「…………」
「このまま何も主張しないままでいいんですか? 相手に言いたいことはないんですか?」
なずなさんは応えない。ただ、ひどく迷っている様子が窺えた。
紗南さんは私達のやり取りを黙って見守っていたが、おもむろに口を開いた。



「牧野先生は、なずなの話を信じてくれますか?」



私は紗南さんの瞳をじっと見つめ、よく考えた上で言葉を返す。
子供相手とはいえ、不確定なことは言いたくなかった。
「申し訳ございませんが、『信じる』という確約はいたしません。でも、依頼者の主張はしっかりと聞きます。裏付けも取ります。公正を期し、真相を探るための努力をさせていただきたいと思います」
「…えぇと。つまり、言ってることが本当かどうかを詳しく調べるってことですね?」
「そうです。その中で事実誤認があれば訂正をしたいと思いますし、できれば裁判まで発展させることなく、話し合いでトラブルを解決できればいいと思っています」


紗南さんは、なずなさんをもう一度見上げた。
「なずな、話してみようよ」
「さなちゃん…」
「だって、本当のことを調べてくれるんでしょ? 私達がどんなふうに言おうと、牧野先生はそれを検証するって言ってくれたんだから、そうしてもらったらいいじゃない」
「…………」
「私達は嘘は言わない。全部、本当のことだよ」
「…………」


長い、長い沈黙があった。やがて、なずなさんが無言で頷いたのが見えた。
それを確かめてから、紗南さんが言った。
「先生、どうぞ上がってください。…なずなも下りておいで! まずはお茶にしよう」
紗南さんがハキハキとした口調で場を取り仕切ると、観念したような表情でなずなさんが階段を下りてきた。二人の間に強い信頼関係を見た、と思った。




「お口に合うか分かりませんが…」
「ありがとうございます。いただきます」
紗南さんが準備してくれた緑茶からはいい香りが立ち上る。
訪問客用の湯呑の内側を覗き込めば、茶柱が立っているのが見えた。

「縁起がいいですね」
「…迷信でしょ?」
「いいことがあるかも、と前向きになれたら、ちょっとお得だと思いませんか?」
「思わない。そういうの、全然」
なずなさんは、相手が私だから反発しているのではないように思う。
ただ単に、彼女がそのように思うから思うままを述べている。そういう印象だ。


私はなずなさんに微笑み返し、緑茶をいただいた。
お茶はほどよい温さで、茶葉の甘さが際立っている。
「美味しいです。紗南さんはお茶を淹れるのが上手ですね」
「ありがとうございます。静岡の新茶なんですよ」
紗南さんはにこやかに笑み、良かったら、とお茶請けの和菓子を勧めてくれる。

紗南さんの印象は知的で冷静。まるでカラーの違う二人だけれど仲がいいことはよく分かる。なずなさんは紗南さんの隣にぴったりとくっつき、車で送った時のように膝を抱え込んで座っている。



紗南さんのご両親の所在を確認すると、遠方に住む友人の家族に不幸があったために昨日から不在で、帰宅は夜になるとのことだった。昨夜はなずなさんを泊めたのかと訊くと、短く同意が返る。

「…先生の手紙、見せて」

求めに応じて、なずなさんに手紙を手渡し、久芳さんの3年間について掻い摘んで説明した。彼女は話を聞きながら便箋を開き、真剣な表情で手紙を読み始めた。
じっくりと2回読み直し、彼女は大きな溜息を吐いた。
私も見ていい?と紗南さんが問うと、なずなさんはそれを無造作に差し出した。


「…加寿子先生が癌だったなんて知らなかった。手紙にはそんなに悪いとは書いてなかったから」
「なずなさんに心配をかけたくなかったんだと思いますよ。…でも実際は、治療が上手くいかず、抗癌剤の副作用もあって心身ともにつらい時期にあったようです。その後、別の治療が上手くいき、まだ治療中ではありますが通常の生活に戻られたようです」
「……嫌われたと思ったんだよね。……先生から、手紙が来なくなった時」
なずなさんが呟く。声に力はない。

「……あたしが暗い事ばかり相談するから、いい加減ウンザリしたんだろうって」
「だから、そんなことないよって言ったでしょう? 先生はそういう人じゃないって」
項垂れたなずなさんの肩を抱き、紗南さんが優しく励ます。
「…良かった。…加寿子先生に嫌われてなかったって分かって」
「うん。良かったね…」

なずなさんは立てた膝の間に顔を伏せ、そのまま顔を上げなかった。
もしかしたら、泣いているのかもしれなかった。



紗南さんが意を決したように私を見る。その瞳には強い光が宿っていた。
彼女は、なずなさんの代弁者となろうとしていた。

「…全部、逆なんです」
「え?」
「なずなの方です。真尋まひろに嫌がらせされてきたのは…」
佐竹田さたけだ真尋さんのことですね? 今回のトラブルの相手の」
「そうです。…私達三人は、同じピアノ教室に所属していました。なずなは今の中学校で真尋に再会したんです」


そうして、紗南さんは、彼女となずなさんが認識している真実を語り始めた。後々の検証のため、許可をもらってボイスレコーダーに記録をとらせてもらうことにする。
彼女が明かした内容は、こちらの想像を大きく超えるものだった。






5/18にダブルで嬉しいことがあったのでご報告いたします。
訪問カウンターが190,000HIT、拍手総数が80,000を超えました!
とても嬉しいです。ありがとうございます(*^-^*)

今作はちょっと小難しい話になっています。登場人物も多いです。
最終話まで辿り着いた時、“あぁ、なるほど”と思っていただけるような展開を綴っていきたいです。最後まで応援よろしくお願いいたします。
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2 Comments

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2020/05/20 (Wed) 09:02 | REPLY |   
nainai

nainai  

み****様

おはようございます。
コメントありがとうございます~(*^-^*)
み****様のお祝いの言葉、いつも嬉しく思っています。

週3回の更新には自分も慣れていなくて、カレンダーで日時を確かめながら記事をセッティングしています。まだ最終話を書き終えておらず、更新と執筆を並行している状況です。家族はステイホームですし、なかなか自分だけの時間を確保できなくて…💦

物語は複雑かつ糖度薄めのまま進んでいますが、類らしさ、つくしらしさを押し出しながら、中盤~終盤を纏めていけたらと思っています。最後まで楽しんでいただけましたら幸いです。

2020/05/21 (Thu) 08:46 | REPLY |   

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