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糸の証 ~11~

Category『糸の証』
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翌朝、目覚めてみれば部屋の外は明るく、陽はずいぶんと高く昇っていた。まだ起きる気配のないつくしの穏やかな寝顔にしばし見入る。それでも、眺めているより早く話がしたくなって、閉じられた瞼に唇を寄せた。
右、左の順に口づけると、彼女はわずかに身動ぎし、ゆっくりと目を開けた。


「おはよ」
「…うん。…ぇっ」
つくしはベッドサイドの置き時計を確認し、小さく驚きの声を発した。
「もう、こんな時間…」
「朝寝坊しちゃったね」
笑いながら彼女の頬を撫で、艶やかな黒髪を指先で梳く。
肩先まで伸びた髪はサラサラと流れた。

少し目線を落とせば白い胸元が覗く。
俺の所有欲の証が赤く散り、その存在を主張していた。

「こんなに寝たの、久しぶりかも」
俺の手の動きにくすぐったそうにしながら、彼女も笑う。
このところ、つくしは忙し過ぎた。



「天気もいいし、たまには外で食べようか」
「いいね。行きたい」
俺はランチデートを提案した。
双方でいくつか店の候補を挙げた後で、練習スタジオの近くにあるカフェレストランに決めた。行ったことはなかったが、ホットサンドと珈琲が旨いと、仙台支社の社員から聞いたことがあった。



外出時に帽子や度のない眼鏡を着用するようになったのは、昨秋帰国してしばらく経ってから。自惚れているわけではないけれど、巷での知名度はそれなりにあるらしく、また高身長や髪色が目立つのか、行く先で声をかけられることが続いたためだ。

俺の音楽活動を応援してくれる人達には、もちろん感謝している。そうした温かな声なくして続けていける仕事ではないから。それでも公私は分けておきたい俺は、プライベートにおける接触を可能な限り避けたいと思っている。つくしが一緒の時は尚更だった。



皐月の空は爽やかに晴れ、やや汗ばむほどの陽気だった。目的のカフェはすぐに見つかった。開店してまだ間もない時刻のせいか、客足は疎らだ。
開放的なテラス席を選び、早々とオーダーを済ませると、俺達は車内から続けている話を再開した。

「それじゃ、その子の立場はあべこべだったってこと?」
「うん…」

つくしは昨夜の帰宅が遅くなった経緯を説明した。虐めの加害者と目されていた子は、実は被害者だったことが発覚したという。家出状態のその子を自宅に連れ帰るための説得に、相当な苦労をしたようだ。
つくしの話を聞きながら、なんとなく自分達の10代の頃を思い出す。

『自宅に帰りたくない』

温かな家庭に育ったつくしには理解しにくいだろうが、俺には共感できるものがあった。中学に上がった頃から、司達とは夜な夜なクラブに繰り出した。それは、友人達と一緒の方が心穏やかでいられたから。



「…でもね、私、あの子が嫌いじゃないんだよ」
丸テーブルに片手で頬杖をつきながら、つくしが言う。
「優しいところもある。彼女はそれをうまく表現できないけど、根はいい子なんだと思う」
「…感情移入しすぎじゃない?」
冷静に返すと、くすっと笑われる。
なに?と目線だけで問うと、つくしは旧友の名を口にした。

「その子と初めて会った時、道明寺に似たところがあるなって感じた」
「…司に?」
「10代の頃のね。“見るな・寄るな・触るな”の敵愾心全開で、偉ぶっていて、だけど孤独が好きなわけでもなさそうで」
「だから、放っておけない?」
「“だから”っていうのは違うかな。でも…」


そこまでを話した時、オーダーの品が届いた。ランチプレートの上には、彩り鮮やかなサラダと、ボリューム満点のホットサンドが乗っている。カップスープからは香ばしさが立ち上り、食欲を大いにそそった。

つくしの気持ちがそちらに移ってしまうのが分かった。
朝食をスキップしていたから、空腹が応えていたのだろう。


「とりあえず食べようか」
「うん! いただきます!」
評判通り、ホットサンドは旨かった。食材の組み合わせが違うから一切れずつ交換して食べ、感想を言い合う。口の端についたケチャップが目に留まり、それを指の腹で拭ってやると、彼女は顔を赤くして辺りを見回した。
「こ、ここっ、外だからっ」
「家ならいいの?」
「子供じゃないから自分で拭かせて!」
その意見は尤もだと思いつつも、笑って聞き流す。
要は構いたいんだよね。つくしに。




「それで?」
「…ん?」
「さっきの話の続き。例の子が司に似てるから放っておけないの?」
カップスープの残りを飲み干して、つくしは笑う。
その要約には語弊がある、と言って。
「道明寺はさておき、あの子を導きたいの。もっと楽な方向へ。今回の案件では、関係者間でいろんな誤解があることが分かってきたから、まずはそれを解いてあげたい」
「…誤解」
「未成年だからね、思い込みの強い部分もあったと思う。…私もそうだったし」


双方の夢を叶えるためだとして、俺との別れを選択した17歳のつくし。彼女は、一方的に、俺達を繋ぐ糸を断ち切ろうとした。当時の彼女が、悩み抜いた末に出した結論がそうだったのだ。そして、俺もそれを受け入れた。

低年齢であればあるほど経験値の低さから視野は狭く、感じる世界の広さは有限だ。今を生きる10代の子達に、20代の俺達が言えることがあるとしたら、見聞きしたものだけがすべてではないということだと思う。

一人で抱え込まずに、素直に胸の内を打ち明けてほしい。そうすれば、物事の新たな視点を示してやることができる。解決の糸口を探ることができる。
つくしは、その子に、そうしてあげたいのだろう。



「うまくいくといいね。全部」
「ありがとう。…類もね」
「俺?」
「公演の成功を祈ってる。あなたの表現したい世界が、もっと自由に広がっていくように」

俺は笑んで応える。
つくしには特等席を準備している。県外で行う公演を見に来てもらうのは日程的に無理でも、今回はゆったりとした心持ちでコンサートを楽しんでもらえるだろう。

「見てて。最高のパフォーマンスをするから」
「うん」
「ラスト一曲は、つくしのためだけに弾くよ」

俺が力強く宣言すると、驚いたように一瞬動きを止めた後で、つくしは眩いばかりの笑顔を見せた。






いつも拍手をありがとうございます。
応援を励みに頑張っていますが、体力的にちょっとヘタレてきています…(^-^;
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4 Comments

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2020/05/25 (Mon) 09:29 | REPLY |   

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2020/05/25 (Mon) 22:30 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ****様

こんばんは。コメントありがとうございます(*'▽')

つくしは、なずなの姿に10代の自分達を重ねて見ています。彼女を正しく理解し、導くにはどうすればいいのか。つくしの奮闘が続きます。
多忙な生活の中でも心を通わせる類とつくし。ランチデートはお気に入りのシーンでした。安定感ばっちりの二人です。


最近は寝ても疲れが取れなくなってきています(^-^; まだ最終話まで書き終えていなくて、夜に執筆しているのでそれが翌日に響いていますね。お気遣いありがとうございます。ほどほどに頑張ります~。

2020/05/26 (Tue) 01:09 | REPLY |   
nainai

nainai  

二******様

こんばんは。コメントありがとうございます(*^-^*)

前半は細やかな設定の説明に終始してしまいまして、やっとランチデートの回にこぎつけました。まだまだ新婚の二人、流れる空気は甘々です。つくしの活躍、そして類の活躍は後半にご期待くださいね(#^^#)

イメージソングは後書きで書くつもりでいたのですが、話の流れを見ながら連載中に明かすかもしれません。中島みゆきさんの「糸」も素敵ですが、今作では別の曲をイメージしています。お楽しみに。

最近、疲労が蓄積しているようで体調がすっきりしません💦 お気遣いありがとうございます。寝不足はほどほどにして、更新&執筆を頑張ります~。

2020/05/26 (Tue) 01:32 | REPLY |   

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