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糸の証 ~12~

Category『糸の証』
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食後の珈琲を飲んだ後は長居せず、俺達はカフェを出た。その頃になると席は埋まり始めていて、混み合う前に来店できて良かったと思った。
車はコインパーキングに預けたまま、昼下がりの街中をブラブラ歩くことにする。つくしは照れる様子を見せたが、指を絡ませて手を繋ぎ、心の赴く方へと向かった。道沿いに植えられた街路樹のおかげで、午後の強い日差しは地上まで届かない。


途中、通りに面した小さな雑貨屋に立ち寄る。つくしはインテリアの小物を眺めるのが好きで、雑貨を見かけると吸い寄せられるようにして店内に入ってしまう。今日もそうだった。
最近は、カエルをモチーフにした雑貨を収集しているようだ。それらはつくしの部屋の出窓に飾られている。掃除に入ったミキは、いつの間にか増えているカエル達を数えるのが密かな楽しみなのだという。

カラフルとレトロとグローバルをごちゃまぜにしたような店のコンセプトは、どうやらつくしのストライクゾーンだったようで、彼女は目を輝かせながら店内を巡っている。やがて不思議な顔をしたカエルの小物を発見し、嬉しそうにそれを手に取った。
…俺だったら、絶対に選ばない代物だ。
いろいろと悩んだ末、つくしは最初に目についたそれを購入することにした。



店を出たところで、予期せずつくしの携帯が鳴った。
画面表示を確認した後、彼女は躊躇いがちに応答した。
「はい、牧野です。…サナミさん? どうされましたか?」
電話の直前とは打って変わって、ぐっとトーンを低めた声。
仕事モードの彼女だ。
俺は会話の内容を聞かないように、つくしから少し距離を取った。


―だが。


「ナズナさんが? 分かりました。できるだけ早くそちらに向かいますね」
つくしが別の名を口にする。
決して大きな声ではなかったが、彼女の声は真っ直ぐに俺の耳に届いた。


その瞬間、俺はハッとした。『ナズナ』という名に覚えがあったからだ。
だが、名前の響きから連想できるはずの容貌については、まったくイメージが湧かない。つくしの仕事の関係者に、俺の知り合いがいるとは思えない。彼女は守秘義務の観点から、決して関係者の名を明かさない。


だとしたら、どこで接点が―?




短い通話を終えると、つくしは申し訳なさそうに俺を見上げた。
それは楽しい時間の終わりを意味していた。

「類、ごめん。私、行かなくちゃ」
「例の子?」
「うん。あの子の親友から、迎えに来てほしいって呼ばれたの。体調がよくないみたいで…」
俺達はその場で進行方向を変えた。
歩いてきた道を足早に戻りながら、俺は彼女に問う。

「…あのさ」
「うん?」
「決して他言しないと誓って訊くけど、『ナズナ』という子が依頼者の子供?」
「えっ?」
つくしは、この質問に戸惑ったようですぐには応えなかった。
俺はすかさずフォローを入れる。

「今のやり取りを聞く気はなかったんだけど、聞こえてしまって」
「あぁ、そうだよね」
「『ナズナ』は平仮名だろ?」
「うん。…でも、どうしてそれを?」
「名前に覚えがある。最近のことじゃない。だけど、それがどういう経緯だったのか思い出せない」
「えっ!?」


つくしは立ち止まる。つられて俺も。
やや考えこむようにした後で、彼女はそれに思い至った。
「…あの子、類のファンだって言ってた。類が国際コンクールで優勝した時からだって」

当時は小学生だった女の子。長い間、俺を応援してくれていたという。
ファンが、自分の気持ちを相手に伝えるために取り得る手段としては―。

「「ファンレター?」」

俺達の声が重なった。



そうだ。『なずな』という名を、手紙の差出人で見たことがある。
苗字はまだ思い出せない。
だが、こんな偶然があるだろうか―?



「類は、これまでにたくさんファンレターをもらってるよね」
「まぁ、それなりに」
「全部に目を通すの?」
「いや。専用窓口に送られたものを社員が検めて、問題ないと判断されたら読ませてもらえるんだ」

危険物が同封されていないか。
通念上、不適切な表現が文中に用いられていないか。
念のための検査を実施している、とマネージャーの有馬が言っていたのを覚えている。残念なことだが、明らかに害意のある郵便物も過去に例があったのだとか。


「類が読んだファンレターは、どこかに保管してあるの?」
「花沢本社の一室に取り纏めて置いてあるけど、最近はスキャナーでデジタル化してパソコン管理もしているらしい。専属契約以降は数がさらに増えたから、データ整理や保管方法の問題もあって」
「その中になずなさんの手紙があったかどうか、調べてもらうことはできる?」
つくしは問う。
「あの子との心の距離は近くなったように思う。親友の話で概要は掴めてきた。だけど、まだ本人の口から真相は語ってもらえてなくて。…どんな些細なことでもいいから、過去を紐解く情報が欲しいの」

俺は、携帯電話を取り出した。
そのような依頼ができるとしたら彼しかいない。

「有馬に聞くよ。探してみるように言う。その子のフルネームは?」
「千に石と書いてセンゴク。千石なずなさんと言うの」



あぁ、と思った。
古い記憶が甦ってくる。

亡き母から習ったというピアノ。
コンクールの地方大会での優勝。
いつかステージで俺と二重奏をしたいという願望。
そして、誰しもが突き当たる才能という名の壁―。

彼女に纏わるエピソードが次々と思い浮かんでくる。
以前、つくしから少女のプロフィールを聞いた時に感じた既視感の正体だ。



3コール目で有馬が応答した。俺は端的に用件を切り出した。
「ある人からのファンレターを探してほしい。見つけたらデータを送って」
俺は、少女の名を挙げた。有馬は余計な質問は口にせず、いつまでに、と冷静な対応を見せる。今日は遠方にいて、すぐ本社に行くことはできないらしい。
「可能な限りで早く。明日中にできる?」
「善処します」
有馬はそう述べ、早急の返答を確約してくれた。
あとは結果を待つばかりだった。






いつも拍手をありがとうございます。
類が既視感を覚えるくだりは、第4話より。
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2 Comments

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2020/05/27 (Wed) 16:30 | REPLY |   
nainai

nainai  

ゆ****様

こんばんは。
コメントありがとうございます(*^-^*)

『なずなも春の草』
⇒この部分に気付いてくださってとても嬉しいです♪ 私もその意図を含めて命名したのでした。お母さんは鈴奈(すずな)ですしね。

現在のファンレターは、紙媒体より電子媒体が主流だと思うのですが、2002年という時期に合わせての展開でした。花沢が正式スポンサーですし、そのうち類のオフィシャルファンクラブができそうです。

2020/05/28 (Thu) 00:28 | REPLY |   

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