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糸の証 ~13~

Category『糸の証』
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週明けの月曜日。海藤弁護士事務所にて。
土日の間に得られた情報を整理して、朝比奈先生と佐久間さんに報告する。


本谷紗南さんが証言する、なずなさんと佐竹田真尋さんの本当の関係。
佐竹田さんも幼少期からピアノを習っていた。
二人の因縁は、なずなさんと紗南さんがピアノ教室を移った頃から始まっていた。なずなさんが久芳先生宛ての手紙に書いた、『新しいピアノ教室で、意地悪をしてくる女の子』が佐竹田真尋さんだったのだ。


「じゃあ、加害者と被害者は昔からの知り合いで、その立場は逆だったってことですか?」
報告を聞き終え、佐久間さんが身を乗り出して訊ねてくる。
私は頷き、ボイスレコーダーを取り出す。
「本谷紗南さんの了承を得て、話を記録しています。内容は理路整然としていて、とても客観的で、作り話をしているようには感じませんでした」
「でも、今回の件に本谷さんは無関係なのよね」
朝比奈先生は指摘する。

「はい。本谷さんが証言できるのは、彼女がピアノ教室をやめるまでの事柄です。なずなさんは、久芳先生への手紙に本谷さんがやめれば自分も教室をやめると書いていましたが、実際にはそうはせず、中1の秋のコンクールまで習い続けていました」
「ピアノ教室の関係者の話は?」
「レッスンを担当していた講師は、なずなさんと佐竹田さんの確執については何もご存知ないとのことでした。…ですが、この件についてあまり話をしたくないという様子が窺えました」



「学校関係者にはコンタクト取れた?」
朝比奈先生が佐久間さんの方に目線を振ると、彼女は素早くメモをめくる。
「なずなさんの担任の先生に事実関係の確認をしました。トラブル当日、先生はその場に居合わせておらず、他の生徒からの報告で諍いがあったことを知ったそうです。双方に経緯を確認したところ、なずなさんと佐竹田さんとでは説明が食い違いました。結局は諍いを目撃したという女子生徒3人の話から、なずなさんが加害者側である、と先生は判じたそうです。会話の詳細については教えてもらえませんでした」
「目撃者の3人が、佐竹田さんと口裏合わせをしている可能性は?」
「生徒達の名前は伏せられましたので、佐竹田さんとの関係についてまでは追えていません」
ふむ…と朝比奈先生が唸る。



「…どうして、なずなさんは、真相を話そうとしないんでしょうか」
私は、ずっと疑問だったことを問いかけてみる。
「中学校の話し合いの場では自己主張できていたのに、あとは一貫して黙秘の姿勢です。昨日も話をしてくれたのは本谷さんの方だけです。そして、本谷さんも学校の一件は詳細を知りません。…私の接し方がよくないのでしょうか」
「そんなことはないと思うけど…。年頃の女の子は身内でも厄介だからねぇ」
朝比奈先生が苦々しく笑う。
先生にも中学2年の娘さんがいるので他人事ではないのだろう。



「…大人を信じられないから、じゃないでしょうか」
神妙な面持ちで呟いたのは佐久間さん。
「これまでの経緯を見てきて、なんとなくですが、なずなさんは人間不信に陥っている印象です。その最たる対象は、父親の千石社長ではないかと…」
「社長が公佳さんと再婚してしまったからですか?」
「おそらくは。ステップ・ファミリーは難しいんですよ。再婚相手がどんなにいい人でも。…私の実家でもそうでしたから」
さらりと自分の過去を明かして、彼女は笑う。


「上手くいかない時期は普通の家庭にだってあると思います。今でこそ、それが分かるんですけど。…でも、当時は、ああだったら、こうだったらと、“あったかもしれない未来”をいつも考えていました。たぶん、逃げ道を作りたかったんですよ」
「…逃げ道」
「それがあれば自分は悪くないって思えるからです。一種の現実逃避だったのかな、と」

佐久間さんの話はすんなりと頭に入ってきた。
だとしたら、なずなさんの素行不良も華美な外見も、そうした『逃げ道』の沿線にあるものなのだろうか。

「…で、佐久間さんはグレちゃったわけね?」
「その点については黙秘しますよ、先生」
朝比奈先生の突っ込みを、佐久間さんは軽やかに躱す。


「なずなさんは、最初から牧野先生に興味を示していますよね。夜、突然会いに来たり」
「それは、私の夫が彼だから…」
「まぁ、それもあるんでしょうけどね。…でも、昨日も一昨日も、先生が本谷さんの自宅を訪ねても、なずなさんは拒絶しなかったんでしょう? 久芳先生の手紙も受け取ってもらえたんですよね?」
「そうですね。手紙を読んでホッとしていた様子がありました。それに、憎まれ口は叩いていましたが、昨日帰るときは大人しく車に乗ってくれました」


昨日のなずなさんには覇気がなかった。
化粧にも服装にも派手さがない。年相応と言えばそうなのだが。
いつものように自宅を抜け出してきた彼女は、来た時から顔色が悪かったという。紗南さんが促すとすぐ眠り始めた。最近、よく眠れていないらしい。


なずなさんが起きるまでの間に、紗南さんは私を別室に呼び出し、複雑な心の内を明かしてくれた。
ずっとなずなさんの味方でいたいし、彼女のことを信じているけれど、自分では何が最善策なのか分からない。変わっていく彼女のことが心配だけど、そうした変化が怖くもあって、誰かに相談したいと思っていた、と。
彼女は自分にできることの限界を正しく理解していた。聡明な子だと思う。


「試しているんですよ。先生を」
佐久間さんは断じる。確信的な口調で。
そうね、と朝比奈先生が同意する。
「先生が本当に信頼できる相手なのかどうか。腕の見せ所ですね?」
「…応えてみせます。なんとかして」




その時だった。背後から澤田先生の声がかかった。
「牧野、そろそろ行くぞ」
振り向くと、準備を整えた彼の姿がある。補佐役の的さんは司法試験が近いのでお休み中だ。私は頷いて応じ、机に置いていた鞄を手に取った。

今日はこれから家庭裁判所で離婚調停に臨む。相談者は妻。夫に対し、親権と慰謝料を請求している。この案件は澤田先生と共同で担当してきた。主導は彼だ。まだ私が離婚関連の案件に慣れていないことから、澤田先生の補佐について勉強するよう海藤先生に指示されている。
「行ってらっしゃいませ!」
事務の宮川さんに元気よく送り出され、私達は家庭裁判所に向かった。




概ねこちらの要求を通してもらう形で離婚調停が済み、安堵した表情の相談者と挨拶を終えた後のことだった。サイレントモードにしていた携帯電話に二度、千石社長からの着信が入っていたことに気付いた。留守番メッセージを再生する。

『牧野先生、お世話になっております。先ほど裁判所から訴状が届きました。今後の対応を話し合いたいので、ご連絡をお持ちしております』

私の表情を見て、良くない知らせだと悟ったのだろう。
メッセージを聞き終えた私に、澤田先生が問う。
「誰から?」
「千石社長です。相手側から正式に訴えられたという報告でした」
「やる気なんだな。相手は」
好戦的な笑みを浮かべて彼は言う。面白い、とでもいうように。


正式な訴状が届いたとしても、裁判所に呼び出される期日までに、訴えを取り下げてもらえればいい。だが、まずは答弁書の作成を行わなければ。
デッドラインが定められたここからが、本当のスタートだ。






いつも拍手をありがとうございます。
今回の案件は民事裁判です。訴状が届いてもすぐに裁判が始まるわけではありません。呼び出し期日までには約1ヶ月ほどの期間が設けてあります。
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